最終話. 未来への夢
それから一年ほどの間、私はエイマー治療院で治癒術師として働きながら、日々腕を磨き続けた。ソフィアさんたちもノエル先生も、私たち家族のことを相変わらず温かく見守ってくれている。保育園のコレット先生が私の実の母だと伝えた時には、皆さすがに口をあんぐりと開けていたけれど。
これまでさんざんお世話になったソフィアさんにご恩返しをするべく、時々ララちゃんを我が家で預かったりもするようになった。ユーリと同じ年とは思えないおませなララちゃんに、セシルがたじたじになることもよくあった。
「ララね、おおきくなったらゆーりくんとけっこんするの。いーい? ゆーりくんのパパ」
「えっ……? け、結婚? そういう話は……まだ早いんじゃないか」
「あら、いいおとこははやくつかまえておかないと。すぐによそのおんなのこにとられちゃうわ。これ、ママがいつも言ってる」
「君のママが……?」
「ええ」
「……そうか。分かった。いずれその時が来たら、君のご両親とじっくり話し合うことにするよ」
四歳の女の子を上手くあしらうこともできず、さらにちょっと緊張しているセシルの姿が何だかおかしくて、私はひそかに笑った。
ノエル先生にも、時折差し入れを持っていくことがあった。何せこれまで休日返上で訓練に付き合ってくださっていたのだ。そのおかげで私は一端の治癒術師になれた。これくらいのご恩返しをしたってバチは当たらない。
けれど、私が手料理や焼き菓子を作って持っていこうとすると、セシルが露骨に不満顔になる。
「またノエル先生に手料理か」
「ええ。……またって言っても、差し入れは一週間ぶりよ。治療院でサッと渡すだけだし。他の人たちも時々してるのよ」
「他の人たちがしてるなら君はしなくていいじゃないか」
「や、してもいいじゃない別に。すっごくお世話になったんだもの。先生独身だし、お忙しいし。お料理とか貰ったらきっと楽で助かると思うわ」
「……」
「いつも喜んでくださるのよ」
「そりゃ君の手料理が食べられるのなら、誰でも喜ぶだろう」
(……全く……)
明らかにいじけているセシルが、可愛らしい気もするけれど少々面倒くさい。キッチンで忙しくしていた私は束の間その手を止め、夫の機嫌を取ることにした。
セシルの肩に手を乗せ、思いっきり背伸びをすると、彼の頬にチュッとキスをする。途端にセシルの表情が柔らかくなった。
「ここにいられるのも、あと少しだもの。最後まで気の済むようにさせて。ね?」
「……ああ」
セシルは少し頬を染めるとそう返事をし、ようやく納得したのかキッチンから離れていった。
私はいくつかの試験を受け、王宮勤めの治癒術師になることが決まった。家族三人と、そして母も連れて、もうすぐ王宮の近くに引っ越すことになる。
それまでの残り少ないここでの日々を、私たち家族は大切に過ごした。
そしてセシルと私は、ついに結婚式を挙げることになったのだった。母国でのことが全て片付き、私の試験も無事に乗り越えたタイミングでの、門出の式となった。
よく晴れた暖かい休日。結婚式にはノエル先生をはじめとする治療院の皆や、セシルの同僚たち、そしてセシルのお兄さんのクレイグ様や、なんとサイラスさんまで、わざわざレドーラ王国からはるばるやって来てくれたのだった。
「なんて美しい花嫁だろう。ティナレイン嬢、どうか弟をよろしく頼みます」
「こちらこそ……! これからは家族の一員として、どうぞよろしくお願いいたします、クレイグ様」
初めて会話を交わしたセシルのお兄様は、とても温厚で柔らかい雰囲気の方で、
(あんな恐ろしいことを企んでいたリグリー侯爵夫妻のご子息とはとても思えないな……セシルもだけど)
などと、内心ひそかに思ったものだった。
王都の大聖堂での結婚式は、私の人生最大の思い出として、生涯記憶に残ることとなった。純白の衣装に身を包んだセシルと私。そして私たちとお揃いの真っ白な衣装を着た、可愛いユーリ。着飾って参列し、口々に祝いの言葉を言ってくれた皆。幸せそうな顔で涙をこぼしながら、ユーリを膝の上に抱いてくれていた母。
私は全ての瞬間を、心の奥深くに刻んだ。誓いの言葉を紡ぐセシルの声。ベールを上げてくれる優しい指先。私を見つめるアメジストの瞳。唇が重なり合った瞬間の、割れんばかりの大きな拍手の音────
幸せの全てが、ここにあった。
◇ ◇ ◇
あれから三年の月日が経った。
今私は王宮お抱えの治癒術師として働きながら、七歳の息子と、二歳の男の子と女の子の双子の母として、夫婦力を合わせて子育てにも励んでいる。もちろん、大張り切りしている頼もしい母の力も存分に借りながら。そしてもうすぐ、再びの育児休暇を申請しなくてはならない。大きく膨らんだ私のお腹には、今四人目の宝物がいる。
私には、まだ大きな夢がある。
今はありがたいことに、こうして勤務時間やお給金など、労働条件の良い王宮に勤めているけれど、いつか子育てが終わり、それぞれがセシルと私の元を巣立っていった後。
私はいつか地方の街で、大勢の人々のために自分の治療院を開きたい。
ここよりも、もっと治癒術師が足りていない地域で、富裕層ではない平民たちのためにも、自分の腕を振るいたい。
そのためにはしっかり子どもたちを育て上げて、お金もたくさん貯めておかなくちゃね。
(……なんて。気の早い話よね。まだ一番下の子は産まれてもないっていうのに。ふふ)
この子が一番下になるかどうかも、まだ分からないしね。
(……あ。セシルだ)
王宮の中庭を歩いていると、向こうの方に騎士の隊服を着たセシルたちが歩いていくのが見えた。王宮は広大だ。同じ職場に勤めているとはいえ、こんな風に姿を見かけることはあまりない。
(……格好良いなぁ)
なんて改めて思いながら、騎士服姿の夫を遠くから盗み見る。
すると、なぜだか急にセシルが、こちらを振り返った。
(……っ!?)
こんなに離れているのに、どうして分かったんだろう。たまたまかしら……。
私の姿を見つけたセシルが、満面の笑みを浮かべこちらに向かって手を振っている。何だかたまらなく幸せな気持ちになり、私も笑顔で手を振り返した。胸がドキドキする。
その日の勤務を終え、家へと帰る。ここに引っ越してきてから、広めの一軒家を借りた。一緒に暮らそうと提案してくれたセシルの言葉を断った母は、すぐ近くのアパートに相変わらず一人暮らしだ。けれど優しいユーリは母を気にかけ、しょっちゅう彼女の元を訪れてくれている。今日は私もセシルも遅くなる日だから、母が家に来てくれているはずだ。
玄関の扉を開け、愛する人たちに声をかける。
「ただいまー! 皆いい子にしてたー?」
「あっ! ママ帰ってきたよ、おばあちゃん。お帰り、ママー」
母にそう声をかけながら、真っ先に玄関までお出迎えに来てくれたユーリ。あんなに小さくてほわほわと丸いほっぺをしていた息子は、もうすっかり“少年”になった。七歳にしては背がスラリと高く、とても大人びて見える。けれど私たちにとってはいつまでも、あの頃のままの可愛らしく愛おしいユーリだ。
私は両手を広げ、そんな息子を思いっきり抱きしめた。
「ただいま! ユーリ」
ーーーーー end ーーーーー
最後まで読んでくださった皆様、ありがとうございました。
面白かったよ!と思っていただけましたら、ぜひブックマークしていただいたり、下の☆☆☆☆☆を押していただけますと、この上ない創作の励みになります。
よろしくお願いいたします(*^^*)