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73. コレット先生の過去

 大袈裟に反応してしまった私に、コレット先生は苦笑した。


「使えるといっても、本当に大したものじゃないのよ。私にはごくわずかな魔力しかないわ。……家族に失望されるほどにね」


(……え……?)


 その最後の一言が気になって先生の顔を見つめたけれど、先生はユーリの元へ行き、「さ、ママも来たことだし、そろそろお着替えしましょうね、ユーリくん」と声をかけている。はーい、とお利口な返事をするユーリ。


「レイニーさん、朝ご飯食べていくでしょう? パンとオムレツくらいだけど、いいかしら?」

「あ……、はい。すみません。ありがとうございます」

「うん。一応ユーリくん、見てみてね。もう大丈夫そうだけど」


 先生にそう言われ、私はモタモタとお着替えを頑張る息子のそばに寄っていく。コレット先生はキッチンに行き、パンや卵を取り出している。

 ズボンを履き替えさせてやり、全身をくまなく確認する。……うん。熱くない。顔色も普通。いつも通りの元気なユーリだ。

 頬や首筋をペタペタと触って瞳を覗き込むと、ユーリはエヘヘと嬉しそうに笑い、私に抱きついてチュッと頬にキスをしてくれた。

 着替えが終わったユーリがおもちゃで遊びはじめると、私はコレット先生のそばに行き朝食の準備を手伝った。そして三人で食事をしながら、ユーリの話を聞く。昨夜コレット先生に読んでもらった絵本の内容、新しく保育園にやって来たお友達のこと。楽しそうに話すユーリを、先生はとても穏やかな眼差しで見守ってくれていた。

 けれど私は、さっきの話がどうしても気になる。

 コレット先生がここで一人で暮らしていることや、こんなにも子ども好きで優しいこと。まるで家族のように、私たちに親身になってくれること。


(前にお子さんのことを尋ねた時も、“そばにはいない”と仰っていたっけ……)


 そこには、どんな深い事情があるのだろうか。


 朝食の食器を片付けて、再びリビングの椅子に座る。そろそろ帰るよとユーリに促すべきだと思ったけれど、なんとなく、あんな言葉を聞いた後で、コレット先生を一人にしたくなかった。


「これ、しぇんしぇい! じょうず?」

「あらー、すごく上手よ。ユーリくん、どんどん絵が上手になるわねぇ」

「エヘヘ」

「今度は騎士様のユーリくんの絵が見たいな」

「うんっ! じゃあかくね」


 コレット先生に褒められてますます気持ちが乗ってきたらしいユーリは、リビングの奥にある低いテーブルの前に座り、夢中でお絵かきをしている。

 悩んだ末、私はコレット先生におそるおそる尋ねてみた。


「先生、その……。先生の魔力と、ご家族のこと、何かご事情がおありなんでしょうか。不躾で申し訳ないのですが、気になってしまって……」


 するとユーリを見つめていた先生が、ハッとした顔でこちらを向き、困ったように笑った。


「ごめんなさいね。……そうよね。家族に失望された、なんて、私が余計なことを言ったものだから。気になっちゃうわよね」


 コレット先生はそう言うと、小さく息をついて話しはじめた。


「……そうなの。実は私ね、この王国の、一昔前に治癒術で財を成した、とある一家に産まれたの。元は平民だったけれど、その魔力と功績で男爵位を与えられたほどに、魔力の強い一族だったわ」

「……そうだったんですね……」


 突然のその告白に、私は息を呑んだ。まさかコレット先生が、そんなすごい生まれの人だったなんて。驚いて見つめる私の方は見ずに、コレット先生はどこか遠い眼差しをしながらゆっくりと語った。


「けれどそんな一族の中で、初めて魔力の弱い娘が生まれた。それが私よ。幼い頃から、毎日毎日気が遠くなるほど厳しい訓練を受けさせられたわ。けれど、私は結局開花しなかった。両親はそんな私を疎み、十六になる頃、私はついに家を追い出されたの。「一族の恥だ。お前は魔術が使えない自分を恥じて、失踪したことにする。この国を出てどこか遠くへ行け」と言われて」

「そんな……ひどい」


 思わず呟くと、コレット先生は苦笑した。


「その頃、一族は多くの人々から崇め奉られていたのよ。民たちからは尊敬の眼差しを向けられ、王家からの覚えもめでたく、一族の誰もが華々しい仕事に就いて、ますます財を成していった。そんな家で、落ちこぼれの私は恥でしかなかったの。私自身も、家族から向けられる冷たい目とプレッシャーに耐えきれなくなっていった。言われたとおりに家を出たわ」

「……先生……。そんな苦しい過去をお持ちだったなんて、思いもしませんでした」


 悲しそうに、寂しそうにそう語るコレット先生の姿が痛ましくて、私は思わずそう口を挟んだ。先生は私の方を見て、まるで労るように優しく微笑む。


「両親に逆らうことはできなかった。国を出ろと言われた以上、出るしかないと思ったの。一人になってしまった自分に何ができるかなんて全く分からなかったけれど、私はひとまず、この国を離れた。馬車を乗り継いで、隣国レドーラ王国を目指したわ」


 ────レドーラ王国……。


 突然出てきた母国の名前に、私は息を呑んだ。先生は「あなたの国よね」と言って、話を続ける。


「レドーラ王国を目指したのに、深い理由はないわ。ただ、大したお金も持っていない、外の世界のことを何も知らない私は、一番近い国に逃げただけ。途方に暮れながら数日間彷徨っているうちに、パンを買うために立ち寄ったお店で、とある男爵家がメイドを募集していることを知ったの」






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