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7. 情報収集

 アンナさんとの会話で王都へ行くことを意識しはじめたあの日から、私は魔術、主に治癒術を使った王都での仕事や、魔術の訓練所、そして王都の物価や家賃に付いて片っ端から調べていた。

 やはり多少なりとも魔術を使うことのできる人は、皆こぞって王都に集まり、それぞれ腕を磨いているらしい。そして見事開花して強い魔術を使えるようになれば、アンナさんが言っていたように王宮などで高級取りの仕事に就くこともできるようだ。

 宿屋の清掃の仕事中、ペアになって客室の掃除をしているおばちゃんが、手際よくベッドメイキングをしながら教えてくれた。


「魔術っていってもねぇ、もう昔に比べりゃ使える人の数もどんどん減ってってるからねぇ。いずれはこの世界からなくなってしまう力なんだと思うよ、あたしはね」

「そう……なのでしょうか」

 

 テーブルを片付けながら、私はそう答えた。


「そっか、あんたレドーラ王国から来たんだよね。魔術のことはよく知らないのか。……攻撃魔法を使える者なんて特に、ほんの一握りだよ。王宮の特殊能力部隊で働いている人たちぐらいなんじゃないかねぇ。間違ってもこんな田舎の街には、そんな貴重な人材はいやしないさ」

「……治癒術を使える人も、ですよね」

「そうだねぇ。あたしが子どもの頃は近所のばあちゃんが一人使えたんだよ。転んで怪我したりしたら、子どもたちは皆そのばあちゃんちに駆け込んでたねぇ。優しい人だったよ」

「そうなんですか……」


 私がそう呟くと、おばちゃんはフフンと得意げに笑って言った。


「でもね、実はあたしの甥っ子が一人、その治癒術を使うことができるんだよねー」


 どうだい? と言わんばかりのその表情を見て、私は自分の言うべき台詞を悟る。


「……わ、わぁ! すごいですね! 治癒術が使える甥っ子さんなんて!」

「だろう?」


 誇らしげな表情を見るに、どうやら私の反応は正解だったらしい。私も使えますよと言ったら、アンナさん以上に驚愕しそうだ。


「だから甥っ子は今王都の治療院で働いてるんだよ。本当は国からの補助金が出る上に本格的に学べる“王立魔術訓練所”に行かせたかったんだけどさ、入所試験に落ちちゃってねぇ」

「に、入所試験があるんですか……?」

「ああ。治癒術使いのレベルもピンからキリまでらしいからね。そもそもが一定のレベルに達していないと、将来的に大した治癒術師になる見込みは薄いってことで、落とされるみたいなのさ。残念だったけど、甥っ子は腐らずに頑張ってるんだよ。魔力を高めるために直接指導してくださる治癒術師の先生の元で、働きながら訓練もさせてもらっているのさ」

「っ! そんなことをしてくださる治癒術師の方がいらっしゃるんですか……!?」


 おばちゃんはウンウンと頷きながら、ベッドシーツをピーンと張っている。


「結構いるらしいよ。自分のところの治療院で雑用係なんかで働いてもらう代わりに、空いた時間に治癒術の指導をしてくださる先生がね。んで、無事力をつけて資格試験に受かれば、その子も治癒術師として独り立ちできるってわけさ。規模が大きい治療院だったら、そのままその教えてくださった先生の院で治癒術師として働かせてもらうこともあるんだと。あとは、自分の治療院を開業したりする人もいるみたいだね。もちろん王立魔術訓練所を出ていなくても、資格さえ取ることができれば王宮で雇用してもらえることもあるみたいだよ。あたしの甥っ子はそっちを目指して頑張ってるのさ」

「……なるほど……!」


 いい情報を聞けて、私の胸は躍った。

 私もきっと、その王立魔術訓練所に入ることができるレベルではないだろう。擦り傷を治す程度なのだから。だとすれば、私も王都で治療院を営む先生の中から、働きながら魔術の勉強や訓練を手助けしてくださる方を見つけるしかないってことか。

 ふと、産みの母のことが頭をよぎった。


「……あの、たとえばその、微弱な治癒術を使える方々で、そのまま能力が開花しなかった人っていうのは……」

「ん? そりゃもうどっかで諦めて普通に生活してるんじゃないかい? 治療院で雑用係を続けたり、一般の人たちと同じように働いたりさ」

「……ですよね」


 私の産みの母も、微弱であったとしても治癒術が使えたのだ。それでもわざわざ隣国でメイドとして働いていたということは、母もその“開花しなかった人”の一人だったのかもしれない。


 その後も私は様々な場所で王都についての情報を集めた。王都はこの辺りに比べると家賃も物価も割高のようだが、その分労働賃金も悪くないみたいだった。


(……家賃も物価も安いけれどお給金も少ないこの辺りと、条件はさほど変わらないかもしれないな)


 できるだけ目立たぬように、万が一にも母国のシアーズ男爵一家や()()()()()()()()たちに見つからないようにと、私は西側の母国からより離れたこの南東の小さな街に居住することを決めた。けれど。


(身一つでこのセレネスティア王国に来た時だって、なりふり構わず頑張ってどうにか生活していけるようになったんだもの。わずかだけど、一応貯金もある。最初は苦しい日々になるかもしれないけれど……頑張ってみようか。この先のユーリとの人生のために……!)


 私は覚悟を決め、ユーリと二人で新天地を目指すことにした。




 それからおよそ二ヶ月後。自分なりに準備を整え、退職やアパートの解約手続きも済ませた。そしてアンナさんたちとの別れを惜しみ、保育園の先生方にも最後の挨拶をする。


「今まで本当にお世話になりました」

「こちらこそ。ユーリくんはお利口で可愛くてとってもいい子ですから、きっとどこに行ってもすぐにお友達ができますよ。ね? ユーリくん。保育園でもたくさんお友達ができたものね」

「うんっ! ゆーり、しぇんしぇいもみんなも、だぁーいしゅきっ!」

「ふふ。ありがとう。先生もよ」

 

 担任の若い女の先生に微笑みかけられたユーリは、元気いっぱいにそう返事をした。先生は嬉しそうに頷くと、私に向かって一枚の画用紙を差し出した。


「これ、先日までユーリくんが描いていたママの絵です。とっても上手に仕上がっていますから、どうぞお持ちください」

「あ、ありがとうございます……!」


 ワクワクしながら受け取ったその画用紙には、いびつな丸の集合体があった。どーん! と大きな丸の中に、二つの黒い丸。その二つの丸のちょうど真ん中あたりから少し下に、また小さな丸。その下には長く赤い線がうにょーんと引かれていた。そしてどーん! と大きい外側の丸を囲うように、栗色のクレヨンがグニョグニョと塗られている。どうやらこれが私の髪の毛のようだ。


「まま、まま、どお? じょうじゅ? ままのえ、じょうじゅ?」


 私の足元に絡みつきながら、ユーリがこちらを見上げてアメジストの瞳をキラキラさせている。嬉しさと愛らしさでヘラァとだらしない顔になりながら、私はユーリに言った。


「すーっごく上手よ! ママってこんなに可愛かったっけ? ありがとうユーリ!」







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