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66. 腰を抜かす父

「シアーズ男爵夫人……! しっかりしろ! 一体何事だ!」


 勢いよく廊下に飛び出すと、ユーリを抱き上げたセシルが、倒れもがいている義母に駆け寄り、必死に声をかけている。そして私の姿に気付くと、義母から離れ私の元へとやって来た。


「ティナ!! 無事か!?」

「え、ええ。私は平気よ。それより……」

「ああ」


 セシルは私の顔をまじまじと見つめ、私の全身に視線を走らせた後、幾分ホッとした様子で護衛たちの方を振り返る。彼らのうち二人が小さく頷き、階下に走っていった。


「あ……あな、た……」


 喉元を掻きむしりながら、義母が震える手を伸ばす。その先には、腰を抜かして真っ青な顔でへたり込んでいる父の姿があった。


「あな……、お、おねがいよ……。は、はやく……げどくざい、を……! はや、く……っ!」


(────解毒剤……!?)


「やはり毒か。馬鹿な真似を……!」


 咄嗟に私の脳裏に浮かんだのと同じ言葉が、セシルの口から漏れる。ユーリはまばたきもせずにジッと義母の姿を見て固まっている。


「シアーズ男爵、この毒は何だ! 解毒剤があるのなら、すぐに持ってくるんだ。この苦しみよう、放っておけば命にかかわるぞ!」


 セシルが父にそう声をかけるけれど、父はセシルと私、そして義母を交互に見ながら、一層蒼白になった顔でただガクガクと震えているだけだった。


「わ……私は、しらない……っ! 何も知らん……! わ、私は……関係ない……っ!」

「っ!! あなた……っ! た、たすけ……て……!」


 義母は信じられないといった表情で、ひどく充血した目で父を見つめる。その時だった。

 ユーリが突然、セシルの腕の中でバタバタと暴れ、飛び降りた。


「っ! ユーリ!」


 セシルが呼び止めても、ユーリは見向きもしない。そして倒れている義母のそばにトコトコと駆け寄ると、その小さな両手を義母にかざす。


「おばしゃん、くるしいの? ゆーりがたしゅけるっ! がんばれ! がんばれ!」


(────っ!!)


 すると信じられないことに、ユーリの両の手のひらから、うっすらと金色の光が現れたのだ。それはかすかな、とても弱々しい光ではあったけれど、この子が治癒術を使える魔力を持っていることを如実に表していた。


(……っ! わ、私ったら……何を呆然としているのよ!)


 セシルと共に呆然と息子の姿を見ていた私はハッと我に返り、慌ててユーリの隣に座り込む。そうだ。解毒剤なんかなくても、私の術で解毒すればいいんだわ。

 息子と同じように義母に手をかざし、私は一気に集中力を高め、治癒の力を義母の体に送り込んでいく。


「まま! がんばれ! がんばれおばしゃん!」


 頼もしい声援を送ってくれながら、ユーリも小さな手をかざし続ける。


 ところが。


(……おかしい……。術が全然義母の体に入っていかない……!)


 ノエル先生の訓練によって、私はすでにいくつもの毒に対する治癒術を身につけていた。この大陸に存在し、時折中毒患者が出るような毒物の多くに対して、ほぼ全て浄化することができる。それなのに、義母の体には私の術がほとんど効いていないのだ。

 それでも多少は毒の回りを遅くできているようで、義母はまだ意識を保っているし、苦しげな呼吸を続けている。むしろ中途半端に治癒術が効いているからこそ、ますます苦しみが長くなってしまっているようだった。かといって、私が術をかけるのを止めてしまえば、義母はすぐにでも息絶えてしまうかもしれない。

 終わらない苦しみにのたうち回りながら、義母が涙目で喘ぎながら、私の手首を強く摑んだ。


「はぁっ、はぁっ……! ティ……ティナ……おねがい……っ! もっと……もっと、まりょく、を……! く、くるし……」


 そんな義母の姿を見た途端、哀れみよりもはるかに大きな怒りがこみ上げてきた。うるさい。この毒で私を殺すつもりだったくせに。こっちだって必死にやってるわよ。何なのよ今さら。小さい頃、私がアレクサンダーに治癒術をかけて傷を治した時、あなたゴミを見るような目で私を見ながら「気持ち悪い」って言ったわよね。その私に、今度はそうやって縋りついてくるわけ? 自分が死にかかっているから? 何て都合がいいのかしら。


(……ダメよティナ。集中しなさい!)

 

 ついイライラして集中力が途切れてしまい、義母が口の端から泡を吹き、ますます苦しみだした。深呼吸して気持ちを整え術をかけ続けながら、私は隅の方で尻もちをついて震えている父に怒鳴った。


「お父様! 解毒剤があるのでしょう! 早く持ってきて! 今度はお義母様のことまで見捨てるつもり!?」







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