64. 義母との対話
「我々も扉の外で待たせていただく」
セシルはそう言うとスッと立ち上がった。義母は何も言わずにツンと顔を背けると、応接間を出ていく。父がその後を追うように続いた。
私も立ち上がり、セシルに耳打ちした。
「ユーリから片時も目を離さないで」
「もちろんだ。いいか、ティナ。出されたものには一切口をつけるな」
「分かってるわ」
「何かあれば大声を。ある程度時間が経ったら、問答無用で中に入る」
「ええ」
すばやくそんな会話を交わしていると、セシルに抱き上げられたユーリが不安そうに私を見た。
「……まま……」
「うん。大丈夫よ。あのおばさまと少しお話してくるわね。すぐに終わるから。パパとちょっとだけ、待っていてね」
私はそう言って笑顔を浮かべると、息子の頭をそっと撫でた。
護衛たちを引き連れ全員で二階に上がると、客間の一室の扉を開けて待っていた義母が苦笑した。
「ま、物々しいこと。いらっしゃい、ティナ」
扉の前で佇む父の前を素通りし、私は義母が誘う客間へと入った。何の気配もない気がして振り返ってみると、ちゃんとサイラスさんが私の真後ろにいた。目が合うとニッコリ微笑んでくれる。心強くて少しホッとした。
扉を閉めると、室内は私と義母、そしてサイラスさんと、すでに控えていたメイドの四人だけになった。
「申し訳ないけれど、義娘と二人きりで話したいの。下がっていていただける?」
義母がサイラスさんにきつい目線を向けそう言った。するとサイラスさんは飄々とした態度で、
「承知しました。自分は扉の前に控えておりますので!」
と言って足音もなく離れていく。中央に置かれたテーブルを前に、私と義母は向かい合って腰かけた。
「お茶を」
「かしこまりました奥様」
義母が短く命じると、メイドが恭しく返事をし、部屋の隅に備え付けられた給湯所で茶器を並べ、湯を沸かしはじめた。少し喉は渇いていたけれど、私は絶対に出された紅茶に口をつけないことを固く心に誓った。
私を見据えたまま身動きひとつせず、言葉一つ発さなくなった義母の代わりに、私が声を上げた。
「……それで、お義母様。実の母の残した品物というのは……?」
すると義母は、あっけにとられるほど淡々と答えた。
「ああ。その話? もちろんないわよ、そんなもの。セシル様があなたにベッタリとくっついて離れそうもないから、口実に言っただけよ。考えたら分かるでしょう」
(……やっぱりね)
予想した通りだった。ほんの少し心が重くなったのは、かすかな期待をしていたからだろうか。
そこへ、手早く紅茶を用意したらしいメイドが、私たちの元へカップを運んできた。私が子どもの頃からここにいる、年配のメイドだ。使用人が随分減ったようだけれど、彼女はまだいたのか。シアーズ男爵邸には元々年若いメイドは一人もいない。私の実の母と父のことがあってからなのかもしれない。
メイドが手慣れた動きで、義母と私の前にカップを置く。
「お飲みなさい。疲れたでしょう」
「……ありがとうございます。ですが、今は結構です。お話を」
平静を保ったまま私がそう答えると、義母は馬鹿にするように鼻で笑った。
「まさか毒でも入ってると思ってるの? 失礼ね。相変わらず可愛げの欠片もないのだから、あなたって子は。……あなたに聞きたいことも、そして話し合いたいことも山ほどあるのよ。変なものなど入れるはずがないでしょう。時間をかけて、今後のことをじっくりと話し合いましょう、ティナ」
義母はそう言うと、まるで私の警戒心を解くかのように自分の目の前のティーカップを手に取り、ゆっくりと口をつけた。
しばらくして、優雅な動きでティーカップをテーブルに戻した義母は、不愉快そうにこちらをジッと見据えた。その顔には「私のことが信用できないのか」とくっきりと書いてある。
(……一口だけでも飲んだふりをしないと、話が進みそうにないわね)
私は渋々自分のティーカップを手にし、カップを傾け飲んだふりをした。軽く目を閉じ、カップの縁に口をつけ、数秒後そっとソーサーに戻した。
そして何気なくカップの中を見た私は、目が点になった。
(あれ??)
傾けて飲んだふりをしただけのカップの中の紅茶が、半分以上減っているではないか。もうほとんど残っていない。
(……?? え? どうして……)
おかしい。ついさっきまでは、なみなみと紅茶で満たされていたはずなのに。無意識に飲んでしまった……? まさか。そんなはずがない。口の中に茶葉の風味さえ残ってはいない。
チラリと私のティーカップに目を落とした義母は、満足げな笑みを浮かべると、今一度自分のカップを手に取り紅茶を口にした。
「さぁ、お話をしましょうか、ティナ」