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62. 義母との再会

 しばらくそのまま待っていると、義母が姿を現した。応接間に入ってくるなり私を一瞥し、敵意に満ちた目で睨みつけてくる。そしてツン、と顎を上げ視線を逸らし、私たちの向かいのソファーまで歩いてきた。義母が身につけている真っ赤なドレスは、昔からよく着ていたものだった。表のレースが数ヶ所ほつれ、だらしなく糸が垂れ下がっている。

 義母の後ろから、まるで義母を盾にするかのように猫背になった父が入ってきた。


「まぁ。おめかしなさって、随分と急な来訪だこと。でもね、ティナ、訪問日は普通先触れを出しておくものなのよ。ああ、あなたはそんなマナー、知らなかったかしらね」


 私を横目で見てそう嫌味を言った義母は、セシルに微笑みかけるとふわりと膝を曲げた。


「リグリー侯爵家のご令息、セシル様。ようこそ我がシアーズ男爵邸へお越しくださいました。歓迎いたしますわ」

「先触れがなくてすまない。だが、あなた方の耳には我々の帰国はすでに入っていただろう。昨日帰国し、つい今しがた王太子殿下との謁見を済ませてきたところだ」

「さようでございますか。それは大変お疲れ様でございました。ええ、たしかに、つい先ほどリグリー侯爵家からは使いの方がお見えになって。セシル様が帰国なされたことは耳に入ったばかりでしたのよ。もっと早めに知らせていただければ、お出迎えの準備も整えましたのに」


 悪びれた様子もなく悠然と微笑み、そう答える義母。その隣で父は生気を失ったように光のない目を伏せ、黙って床を見つめている。情けなさと失望で、私は深く息をついた。

 義母と父が目の前のソファーに座ると、ユーリは顔を背け、黙ってセシルの首に抱きついた。いつものユーリとは全然違う。ゆーりでしゅ! と元気に挨拶をする様子はない。ただ静かに、怯えたようにセシルの首元に顔を埋めた。

 セシルはそんな息子の背をしっかりと抱きしめたまま、父に問いかけた。


「それで、シアーズ男爵。ティナへの突然の手紙の真意は一体何だったのでしょうか。失礼ながら、私も拝読いたしましたが、今のあなたからはあの手紙にあったような実の娘への思いは微塵も感じられない。後悔だの謝罪だの、我々の息子に一目だけでも会いたいだの。これから先の我々の幸せな生活を守ってやりたいだの。そんな情熱は、あなたにはどうやら全くなさそうだ。……いかがですか?」


 セシルが問い詰める間、父はせわしなく視線を動かしていた。セシルを見、床を見て、隣に座っている義母の手元へと視線を移し、また床を見る。そしてセシルの言葉が止むと、ンンッと空咳をした。

 すると、まるで父の代理とでもいわんばかりに義母が口を開く。その様子は堂々としたものだった。


「セシル様、夫も私も、とても動揺しているのですよ。本当はこうして、娘の無事な姿を見られたことも、そして娘の産んだ愛らしい孫の姿が見られたことも、感無量ですの。ねぇ? 可愛い坊や。お顔を見せてごらんなさいな」


 そう義母に話しかけられても、ユーリはそちらへ顔を向けようとはしない。ますますセシルに強く抱きつき、無言のままジッとしている。


(ユーリ……)


 義母はそんなユーリを見てクスリと笑った。


「ま、大人しくて恥ずかしがり屋さんね。可愛らしいこと。あなたも子どもの頃からこうだったものね、ティナ。とても口数が少なくて、隅の方で何か言いたげにジッとこちらを見つめてくるばかり。快活で聡明なアレクやマリアとはまるっきり正反対の子どもだったわ」


(……私やユーリが、愚鈍で暗いとでも言いたいのね)


 ふざけないでと言ってやりたかった。私を会話に入れようとしなかったのはあなたでしょう。私が家族のそばに近付こうとすると、鋭い視線で私を制していたくせに。ユーリだって、普段は明るくて素直で、皆から可愛がられてる。こんな風に拒絶する態度を見せたのは、あなたたちが初めてよ。きっと見抜いているのね、あなたたちの人間性を。

 腹の中でそう罵倒している間も、義母は澄ました表情で話し続けている。


「セシル様、この娘が何の断りもなく勝手に姿を消したことで、私共は本当に困りましたの。その頃、あなた様も一度我が家を訪ねておいででしたわね。あの時、ダルテリオ商会会長は、ひどくお怒りで。それはそうですわよね。会長と娘の結婚を前提に諸々の契約を整えましたし、娘は数年間商会に通い仕事を学んでもおりましたの。それが突然、本当に何の説明もなく、娘は消えたのですから」

「それはあなた方にも多大な責任がある」


 義母の言葉を遮るように、セシルがはっきりと言った。






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