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60. 不思議な護衛兵

 その後はしばらく、セシルとビクトール殿下との会話が続いた。そして一段落した頃、ふいにセシルが殿下に言った。


「殿下、早速ですが、我々はこのままシアーズ男爵邸へ出向こうと思います」

「ああ。早い方がいいだろうね。もたもたしている間に、いろいろと余計な小細工を整えられても面倒だろう」

「ええ。つきましては非常に厚かましいお願いではあるのですが……非番の護衛兵を、何名かお貸しいただけないでしょうか」


 セシルのその言葉に、殿下は承知しているとばかりに静かに頷いた。


「構わない。サイラスも連れて行くといい。彼がいれば心強いだろう」


 殿下がそう言うと、その背後にズラリと並んでいる近衛の中で特に細身の男性が、目を丸くして殿下の方を見た。


「俺ですか?」

「うん。お前、午後は休みを出す。セシルと共に行っておいで」


 ビクトール殿下は首だけ後ろに向け、歌うような軽い口調でその男性に告げる。


「殿下……。お心遣い、感謝いたします」


 そんな殿下に対し、セシルは丁寧にお礼の言葉を述べていた。




 ビクトール王太子殿下の前を辞した後、ユーリを片腕に抱き王太子宮のだだっ広い回廊を歩きながら、セシルが私を気遣うように言った。


「ティナ、疲れているだろうが、このまま君の実家、シアーズ男爵家に向かう。万が一向こうがよからぬことを企んでいる場合を考えて、できるだけ準備を整えさせたくはない」

「ええ、分かっているわセシル。私は大丈夫よ。ありがとう。このまま行きましょう」

「そうですね。行きましょう行きましょう」

「ひゃっ!!」


 突然背後から聞き慣れない男性の声がして、私は思わず声を上げ、振り返った。そこには先ほど殿下からサイラスと呼ばれた護衛の方が、ニコニコしながら立っていた。パープルグレーの髪は癖っ毛なのか、あちこちの方向にピョンピョン跳ねている。人懐っこそうなヘーゼルの瞳が印象的な青年だった。近くで見るとうっすらとそばかすがあって、どことなく可愛らしい雰囲気だ。王太子殿下の近衛をしているなんて、一見した限りでは信じられないほど飄々としていて、おまけにすごく痩せている。けれど……。


(い、いつの間に私の後ろにいたんだろう。謁見室を出る時は、たしかに三人だけだったのに……)


「サイラス。ティナが驚いているだろう。近くに来たのなら普通に声をかけろよ」


 セシルが呆れたようにそう声をかけても、彼は悪びれた様子もなくフフンと笑った。


「普通に声をかけたつもりだけど? ……はじめまして、奥様。セシルの同僚の、あ、もう元同僚か。サイラスと申します。以後お見知り置きを。今日はどうぞ、よろしくお願いしますね。それは俺からの、ほんのお近づきのしるしです」

「は、はい。こちらこそ、よろしくお願いします……。え? お近づきの、しるしって……?」


 何のことだろう。

 訳が分からないけれど、サイラスさんの視線に誘導されるように、私は自分の体を見下ろしてみた。すると。


「えっ!?」


(い、いつの間に……っ!?)


 私の左手首に、草花を編んで作られた可愛らしいブレスレットが着けられていた。その手首を顔の前に上げ呆然と見つめていると、セシルの腕に抱かれたユーリがキャッキャと手を叩いてはしゃいだ。


「わぁっ! ままいいなー! かわいいねまま!」

(……んっ!?)


 そうはしゃぐユーリの耳の上にも、まるで髪飾りのように草花が飾られていたのだった。

 はしたなくも口をあんぐりと開けたまま、私はサイラスさんを見つめる。この人は一体何なのだろう。手品師か何か……?

 

「ティナ、この通りサイラスは身のこなしが尋常じゃなく速いんだ。剣術の腕前も含め、そばにいてくれれば心強い。今日はこいつにも、君とユーリの護衛をしてもらうつもりだ」

「はい。そういうことですので、どうぞ俺にお任せを。奥様とお坊ちゃまには、誰にもかすり傷一つつけさせないとお約束いたしますよ。では、行きましょう行きましょう」

「……」


(この風貌で剣術の腕前も確かなのか……すごいわね)


 不思議な人だけど、なんだか頼もしい……気がする。

 そんなサイラスさんをはじめとする五名ほどの護衛兵と馬車を一台、ビクトール殿下からお借りし、私たち一行はシアーズ男爵家へと向かったのだった。







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