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59. ビクトール王太子殿下との謁見

 王太子宮の謁見室へと通され、殿下の訪れを三人で待つ。場慣れしているセシルは普段通りの落ち着いた様子だけれど、私は極度の緊張で心臓がバックバクだし、ユーリはユーリでフカフカのソファーの上でお尻をピョコンピョコン跳ねさせてみたり、立ち上がって大きな花瓶のそばに行き、花を見ようとしたりする。


「ユーリ、こっちに来て」


 私が呼ぶと、ユーリはくるりとこちらを振り返りトコトコと素直にやって来る。そんなユーリの手を握り、私は息子の瞳を見つめて言った。


「いい? 今からここへやって来る方は、この王国の王子様なの。とても高貴なお方なのよ」

「おうじしゃま!」

「そうよ。いい子だから、お行儀よくしててね。ユーリはいつもとってもお行儀のいいお利口さんだけど、今日は今までで一番お利口にするの。……分かった? できるかな」


 祈る思いでそう伝えると、ユーリは満面の笑みで答える。


「うんっ! ゆーり、せかいでいちばんおりこうにする!」


 素直なその返事に、私は少しホッとした。どうか何事もなく、無事に謁見が済みますように……。

 私の顔色を見たセシルが、安心させるように優しく微笑み、私の頬を撫でた。


「ティナ、何も心配はいらない。殿下には事前に君やユーリのことは手紙で伝えてあるし、ユーリは特別利口な子だ」

「……セシル……」

「それに、こんなに可愛い子が多少の無礼を働いたところで誰が怒るというんだ。大丈夫大丈夫。気を楽に持て」

「ま、またそんな能天気なことを……」


 そんな会話をしていると、扉が開き声がかかる。


「ビクトール王太子殿下、お越しでございます」


(っ!! き、来た……っ!!)


 セシルと共に立ち上がり、ユーリの肩にそっと手を添える。ほどなくして、金髪碧眼の美しい王太子殿下が近衛たちと共に颯爽とその姿を現した。

 すると、殿下が口を開くより先に、ユーリの弾んだ声が室内に響き渡った。


「わぁぁ! おうじしゃまだ! かっこいーい!」


(〜〜〜〜っ!? ユ、ユーリ……ッ!!)


 全身にドッと冷や汗が噴き出し、私は慌ててユーリの口を塞ぐ。ふごっ? と妙な声を漏らしたユーリに向かって、ビクトール殿下が笑いかけてくださった。


「ははは。こんな愛くるしい坊やに褒められてしまった。嬉しいな。御機嫌よう」

「……ぷはっ。こんにちあ! ゆーりでしゅっ! しゃんしゃいですっ!」

「ほお。三歳か。随分利口な子だ。先が楽しみだな」


 口を塞ぐ私の手から逃れ、ユーリが元気よく挨拶をした。まるでノエル先生やソフィアさんにでも自己紹介をしているような気さくさだ。それに応えてくださる王太子殿下のお言葉を聞き、フッ、と一瞬気が遠くなる。私の馬鹿。「王太子殿下から何か話しかけられるまでは、決してお喋りをしてはいけないわよ」などと、もっと具体的に指示をしておくべきだった……っ! 何せ実家のことや自分の謁見の準備で、もう頭がいっぱいで……!


「息子が失礼をいたしました。殿下、ご無沙汰しております。本日は謁見の許可をいただき、誠にありがとうございます」

「ああ。久しぶりだねセシル。元気そうでよかった」

「殿下、こちらが俺の妻となる女性、ティナレインです」


 暴走気味の息子に一切動揺することなく、セシルが殿下に挨拶し、あっという間に私の番が回ってきてしまった。半年間在籍していた貴族学園で多少習った程度の不慣れなカーテシーを披露しながら、私はカチコチになり挨拶と謝罪の言葉を口にする。


「御機嫌麗しゅう、ビクトール王太子殿下。ティナレインと申します。む、息子が大変ご無礼をいたしました。申し訳ございません。何分、貴族教育など一切受けぬまま本日まで……」

「構わない。セシルからの手紙である程度の事情は聞いていたよ。……ふ。とても利発で愛らしい子だ。セシルによく似ていて驚いた。……あなたと会うのは、私がエイマー術師の治療院に視察に行った時以来だ。まさかあなたが、セシルの長年の想い人だったとはね。運命的な再会もあるものだ」


 こちらの緊張を和らげようとするかのような穏やかな口調でそう言ってくださった王太子殿下は、私たちに座るよう指示し、ご自分も真向かいの豪奢な椅子に悠然と腰かけた。私はユーリを自分の真横に座らせ、片手でしっかりと抱き寄せる。万が一にもピョンピョコ飛び跳ねだしたら大変だ。

 セシルはその後すぐに本題に入った。レドーラ王国騎士団を退職し、私やユーリと共にセレネスティア王国で生きていく決心をしたこと。そして、先日私の父シアーズ男爵からの手紙が届き、これから対面し話し合いを行う予定であること。

 殿下は時折小さく頷きながらセシルの話を聞いていた。


「結局不義理を働く形になってしまいました。お許しください、殿下」

「私にとっては残念なことでもあるが、仕方ないさ。まぁ、私の周りには優秀な近衛が多くいる。こちらのことは心配しなくてもいい。君を拘束する権利は私にはないしね。君は君にとって一番大切な家族を、これからしっかり守っていくといい」

「ありがとうございます」


 そう答えるセシルと同じように、私も彼の隣で目を伏せる。すると王太子殿下は、ご自分のことをジーッと見つめ続けているユーリに向かって、なんだか面白そうな表情で話しかけた。


「父君や母君と暮らす毎日は楽しいかい? ユーリ」

「あいっ! とってもたのしいでしゅっ!」

「ふ……、そうか。何をしている時が一番楽しい?」

「あのね、ぱぱとままとおふろにはいること!」


(っ!!)


 ユーリがその言葉を発した瞬間、私は全身から火を噴く勢いで真っ赤になった。息子の口を塞ぎたい。けれど、殿下はユーリと会話することをお望みだ。ここでしゃしゃり出て遮るのは、不敬に当たる……?

 息子がこれ以上余計なことを言わぬようにと祈りながら見守っていると、殿下はさらに質問を重ねた。


「ははは。そうか。君たち家族はとても仲が良いようだ。素晴らしい」


 ユーリの表情がぱあっと輝く。「なんだか王子様に褒められた」と理解したのだろう。息子は得意満面で語りはじめた。


「うんっ! ぱぱとままはね、しゅっごくなかよしなの! ぱぱはね、いちゅもままにきれいっていってるの。ぎゅーして、ちゅーして、あいしてるよーって」

「ユーリッ!!」


 私は耐えきれず、ついに息子の口を手で塞いだ。全身が燃えるほど熱くなり、このままどこかへ走って逃げ出したかった。


 セシルは少しバツが悪そうな顔で座っており、殿下は手で顔を覆って肩を震わせていた。







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