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57. レドーラ王国への帰国

 それからおよそ二週間後。私はノエル先生に一時帰国の事情を話し、しばらくの間仕事をお休みさせてもらうことにした。


「分かりました。こちらのことはご心配なく。諸々片付くといいですね。お気を付けて」

「はい! ありがとうございます、ノエル先生」


 夫と共に母国でいろいろと片付けなくてはいけない諸用ができてしまって……と、要領を得ない説明をした私を深く追及することなく、ノエル先生はいつもの穏やかな笑みを見せてくださった。

 午後の休憩時間に、仕事仲間たちへも帰国を伝える。


「じゃああの眩しい旦那様のお顔もしばらく見られないのね? あぁん寂しくなるわぁ〜! ……あ、違うわよレイニーさん! レイニーさんにしばらく会えないのも、もちろん寂しいのよ? ほ、本当よ?」

「レドーラ王国の特産品って何だったかしら? お土産楽しみにしてるわね! うふふ」


 キャッキャと騒いでいる同僚たちを尻目に、ソフィアさんが言った。


「ユーリくんにとっては初めての家族旅行みたいなものね。……頑張って。無事に帰ってきてねレイニーさん。待ってるからね」

「はいっ。ありがとうございます、ソフィアさん」


 何かしら事情があることを察しているのだろうソフィアさんの、深くは尋ねてこない気遣いとその優しい言葉に、私は自然と微笑んで答えたのだった。




  ◇ ◇ ◇




 ユーリにとって馬車での長旅は、これで二度目。最初の旅は私と二人で、南東の田舎町から王都ビスリーに出てきた時だった。そして今回はセシルと三人、隣国レドーラ王国を目指す。自分たちの馬車など当然持っていない私たちは、辻馬車や乗合馬車を乗り継ぎながらの移動となった。

 馬車の小窓から見る景色が変わっていくのを、ユーリは目を輝かせて見つめていた。窓に張り付く勢いだ。前回私とビスリーに出てきた時よりも、明らかにテンションが高い。セシルがいることが嬉しくてたまらない様子だ。


「ぱぱ! みて! あれみて! ねぇ!」

「うん、見てるよユーリ。街からだいぶ離れたからな。この辺りはのどかだ」

「ううん! ちがうっ! あれみて! あれなぁに? ぱぱ。あれ」

「はは。分かってるよユーリ。あれは水車っていうんだ。田んぼに水を送ったりするんだよ」

「しゅいしゃ」

「水車だ」

「しゅいしゃ」


 乗合馬車の中ではしゃぐユーリを膝の上に抱き直し、セシルがずっと相手をしてくれている。前回の旅とは疲労度合いが全然違う。荷物もユーリも抱えてくれて、ありがたいことこの上ない。自分の体を運ぶだけでいい私は、ことあるごとにシアーズ男爵一家のことを考えてしまう。今回の帰国のことを、事前に実家には知らせてはいない。リグリー侯爵家と連絡を取り合って、何かよからぬことを企んで待ち伏せされるのを防ぐためでもあったけれど……。彼らはすでに住居や息子のことまで知っていたのだ。この帰省の旅も、事前に耳に入る可能性はある。


(……お父様は私を見て、何と言ってくるのだろう。あの手紙の文面に溢れていたような後悔をあらわにして、私に謝罪するのかしら。それとも……)


 私はおびき寄せられているだけなのだろうか。

 でもそうだったとしても、真実を知りたい。父の本音を聞きたいし、私も……コレット先生の言うとおり、これで最後になるのならば、せめて一度くらいは真っ直ぐに、自分の思いをぶつけてみてもいいんじゃないかという、開き直りにも似た気持ちが湧いてきていた。

 ふと、隣に座っていたセシルが、私の髪をそっと撫でる。ハッと我に返り、私はセシルの顔を見上げた。


「またボーッとしてた」

「うん……。ごめんね」

「謝ることじゃない。……何も心配するな、ティナ。君には俺がついてる」

「……ええ」

()()が君を傷つけるような真似をすれば、悪いが俺は容赦しない。目の前で父親の体が屋敷の窓から外に飛んでいくかもしれないが、許してくれよ」

「ふふ……」


 シアーズ男爵夫妻を()()と呼ぶセシルのその言葉に、私は彼がバハロたち四人を完膚なきまでに叩きのめしたあの夜のことを思い出した。大男四人がボロボロになって地面にのびていたあの姿に父の顔が重なり、思わず笑ってしまう。

 するとセシルが嬉しそうに微笑み、私にそっと顔を寄せる。

 彼の唇が頬に触れ、私は咄嗟に少し離れた。


「も、もう。こんなところで……」

「誰も見てないさ」


 いたずらっぽく口角を上げたセシルは、またユーリの相手に戻った。

 ふう、と息をつき顔を上げると、通路を挟んだ向かいの席に座っていた若い女性と目が合った。ぽわんとした表情でこちらを見ていた彼女は、私と目が合うと途端に狼狽し、真っ赤な顔でそっぽを向いたのだった。


(……セシルも罪な男ね……)





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