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50. 衝撃の事実(※sideシアーズ男爵夫人)

 以前は頻繁に訪れていたリグリー侯爵邸。けれど今では訪問を許可れることや、まして侯爵夫人の主催する茶会に参加を許されることなど全くなくなってしまっていた。全てはあの憎らしい小娘のせいだ。

 それなのにある日突然、リグリー侯爵家の使者が我がシアーズ男爵邸へと現れた。侯爵夫妻が私たち夫婦の訪問を望んでいるとのこと。夫と共に招かれたことなど、過去一度もない。嫌な予感がした。

 ビクビクと怯えながら夫婦でリグリー侯爵邸を訪れる。すると通された応接間には、リグリー侯爵と夫人が二人揃って我々を待ち構えていた。

 私たちの挨拶もまともに聞かぬまま、侯爵は無言で、分厚い書類を目の前のテーブルに乱暴に投げ置いた。戸惑いながらその書類を手にする夫の隣から、私もそれを覗き込む。そして、夫婦揃って息を呑んだ。

 それは、リグリー侯爵家のご令息、セシル・リグリー様の動向に関する調査報告書だった。無我夢中で目を通していくと、どうやらセシル様は今、隣国セレネスティアに滞在しているらしい。そして、なんとティナレインと一緒にいると。その上……、


「こっ……、子どもが……」


 隣の夫が震える声を漏らす。なんとティナレインは子を産み、隣国で育てていると記してあるのだ。

 子は男児で、推定三歳くらい。ティナレインは隣国の王都ビスリーにある大きな治療院で働きながら、その一人息子を育てているとのこと。そしてセシル様は今、ティナレインとその子どもと一緒に暮らしていると書いてある。

 血の気が引き、めまいがした。私はゴクリと喉を鳴らし、おそるおそる顔を上げた。


「……っ、」


 凛とした佇まいでテーブルの向こうに座っているリグリー侯爵夫人の、氷のようなその冷たい瞳が、私のことを捕らえていた。冷え切った怒りの視線に、体が萎縮していくようだ。恐ろしさに思わず目を逸らす。

 リグリー侯爵が重々しく口を開いた。


「記してあるとおりだ。報告によるとその子どもは、そなたたちの娘と同じ栗色の髪に、我が息子セシルと同じアメジスト色の瞳をしているという。……珍しい瞳の色だ。偶然と考える方が不自然だろう」

「……ま、まさか……」


 狼狽える夫と同じく、私も激しく動揺していた。まさか。

 推定三歳くらい……。あの時突然姿を消したティナレインは、妊娠していたというの? セシル様の子を……?

 そしてその子を育てるために、私たちの元から逃げ出したと……?

 腹の底から沸々と怒りがこみ上げる。あの小娘……なんてふしだらで自分勝手な子なの……! 身の程知らずにもまたセシル様に近付き、育ててきてやった恩も忘れて私たちを裏切り、逃亡し、隣国で一人自由に生きているだなんて……!


「私はもうずっと以前から、あなたに忠告しておりましたわよね、シアーズ男爵夫人」

「っ!!」


 ずっと黙っていたリグリー侯爵夫人が、突然口を開く。私は反射的に彼女の顔を見た。

 侯爵夫人は、私の心臓を凍りつかせるほど冷酷な視線で、こちらを見据えていた。


「そちらのお嬢さんを、うちのセシルに近付かせないようにと。幼い頃もそうだったでしょう? お宅のお嬢さん、息子を上手に誑かしておいでだったわ。息子の様子が変わっていくのを見て、私、嫌な予感がしていたのよ。万が一にもこんなことにならないようにと、そう思ってあなたに早くから釘を差していた。それなのに……」

「こ……侯爵夫人……」


 夫人の声は怒りによって震え、私を睨みつけるその視線には滾るほどの激しい憎悪が滲んでいた。隣の夫が額の汗を拭う。

 リグリー侯爵も、そんな私たちを射抜くように睨みつけている。


「セシルはグレネル公爵家のナタリア嬢と、近日中に結婚する予定だったのだ。それなのに、突然我々に盾突き、この屋敷を飛び出した。こうして人を使って息子の調査を続けてみれば、この有り様だ。そなたたちの娘は、このレドーラ王国の筆頭公爵家の顔に泥を塗り、侮辱した。グレネル公爵家を怒らせたのだ。どれほどの一大事か、理解できるか。そなたたちは今後、王国の筆頭公爵家に睨まれ続けることになる」

「私たちだって、名誉に多大な傷をつけられたわ。大切な息子を、そちらの()()()()お嬢さんに奪われ、まさか子までなすことになるなんて……。セシルの不在については誤魔化し続けているけれど、このままの状況が続けば、じきに社交界にも知れ渡ることになるでしょうね。わがリグリー侯爵家にとっては耐え難い醜聞だわ。どれほど追い詰められているか、お分かりになって?」


 それはこちらだって同じことだ。あの小娘のせいで、シアーズ男爵家は今追い詰められているのだから。

 ティナレインの失踪を知り、ダルテリオ商会の会長ハーマンは怒り狂った。引き延ばしてきた結婚の目前になって、花嫁が姿を消したのだから。

 契約はなかったことにする、支払っていた前金も全額返せと喚き散らし、私たちは「必ず探し出して嫁がせるのでしばらく待ってほしい」とあの商人風情に頭を下げ、ティナレインの行方を血眼で探し回った。

 けれど結局ティナレインは見つからず、激昂したハーマンとの契約は白紙に戻ってしまった。今さら見つかりましたと言ったところで、ハーマンはもう別の後妻を娶ってしまっている。何せあれからもう四年も経っているのだ。

 当てにしていた金は入ってこなくなり、領地の経営も上手くいかない。夫もそうだが、長男のアレクサンダーも全く商才がないのだ。そのアレクサンダーの婚家と、娘のマリアローザの婚家とのいくつかの取り引きで、どうにかやりくりしているという状況。家計は常に逼迫していた。

 あの小娘さえ大人しくハーマンと結婚していれば、こんなことにはならなかったのに……!

 





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