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5. 過去 ── 別れ

「……お前のせいで、大恥をかいたわ」


 義母は私を睨みつけたまま、握りしめた拳を震わせそう言った。共に帰ってきたアレクサンダーとマリアローザは、何事かと興味津々の様子で義母と私を見ている。私はぶたれた頬を手で押さえ、呆然と義母を見つめていた。


「大勢のご婦人方の前で、リグリー侯爵夫人にお説教をされたのよ。ご子息のセシル様が、お前に入れ込みすぎていて困っていらっしゃると。『血は争えませんことね。末のお嬢さん、()()()がおありの娘さんでしたでしょう? まだ幼いのに、うちの次男のセシルに魅力を振りまいているようですわよ。()()()()()()()、容姿はとてもお可愛らしい子ですものね。でも、お立場は弁えていただかなくてはね』……ですって。あまりにも恥ずかしくて、私、どんな顔をすればいいか分からなかったわ」


 義母の怒りの理由を知ろうと、幼いなりに私は必死で耳を傾けた。そして、どうやらセシルと自分が仲良くしていることが悪いらしいと悟った。

 そばにいたアレクサンダーとマリアローザが、勢いよく会話に割り込んでくる。


「ぼくも気付いていたよ、お母さま! セシルさまは皆にやさしいけれど、ティナだけはいつもとくべつ扱いしていらした!」

「ええ! 皆この子のことはあいてにしないのに、セシルさまだけはいつも話しかけてたわ! ティナがゆーわくしたのよ、ゆーわく!」


 普段私のことを冷たく見下している家族たちから一斉に糾弾され、私の心は完全に萎縮した。私がセシルと仲良くするのは、そんなにも悪いことだったの……?

 だけど、誰からも相手にされず、話し相手さえいない生活の中で、会うたびに優しく接してくれるセシルは、私のたった一人の大切なお友達なのだ。

 それが、そんなにもダメだったの……?


 義母は私に一歩近付くと、再びその右手を振り上げた。身構えた瞬間、私の左頬にまた強烈な痛みが走る。


「……家庭が円満であること、そして正妻の産んだ子ではない末娘にも、私たちが分け隔てなく接していることをアピールするためにも、お前を上の二人と同じように社交の場へ連れ出すように。お父様からはそう言われていたけれど……、お前は今後、もう絶対にどこにも連れて行かないわ。身の程を弁えなさい! 恥知らずの、卑しい娘が……!」


(────っ!!)


 義母は罪人でも見るような目つきで私を睨みつけると、その場を去ったのだった。

 アレクサンダーとマリアローザはこちらを見てニヤニヤ笑いながら、母親の後をついていった。


 その時から、私は本当によそのお茶会などに連れて行かれることはなくなった。もちろん大好きなセシルにも、もう二度と会えなかった。唯一の心の支えだった友達を、初恋の人を、私は失ってしまった。

 その事実は、私をひどく苦しめた。ほとんど食事の時にだけしか顔を合わせない家族とは、特別会話もなく、いつも一人ぼっちで部屋で過ごすばかりの日々。

 寂しくて寂しくて、私は何度もセシルのことを恋しく思い出していた。

 そんな毎日の中で、一度兄のアレクサンダーが大怪我をして帰宅したことがあった。凄まじい泣き声に驚き、私はおそるおそる自分の部屋を出て階段を降り、玄関ホールに向かった。

 そこには仰け反って泣くアレクサンダーと、オロオロする従者や使用人たち、そして両手で口元を覆った義母がいた。


「い……一体何があったの!? なぜこんな……!」

「乗馬の練習中に落馬なさったのです。その際、柵の尖った部分に脛を引っかけ、このような……」

「は、早く医者を呼んでちょうだい! あぁ、アレク……! 可哀想に……」


 従者と義母の狼狽える会話に、顔中を涙と鼻水と涎まみれにして泣き喚く兄。右足の脛に巻かれた布は、鮮血で真っ赤に染まっていた。


「……」


 放っておくことなどできずに、私は無意識のうちに彼らに近付いた。そして使用人たちの隙間から進み出ると、兄のそばにしゃがみ込む。


「……何をしているの、ティナ。あなたには関係ないわ。部屋に戻りなさい」


 頭上から義母の冷たい声が聞こえてきたけれど、私は無視し、兄の脛に右手をかざした。

 自分に不思議な力があることには、少し前から気付いていた。転んで怪我をしても、些細な傷で私を心配してくれる人など、この屋敷にはいない。部屋で一人、痛みを堪えて自分の傷口を手で庇いながら、早く治って、治って……と祈っていると、金色の光が自分の手からふわりと発せられ、それが傷を小さくしてくれたことが何度かあったのだ。

 私はいつもよりずっと真剣に祈った。兄の脛を見つめ、グッと精神を統一するように集中し、力を込める。すると、いつもより明るい金色の光の粒が私の手のひらから現れ、兄の脛に吸い込まれはじめた。

 ひっ、と義母が息を呑む音が聞こえ、しばらくすると、兄の泣き声が止んだ。そして目を丸くして私のことを見ている。

 布の巻かれた上からでは傷口は見えないけれど、たぶんだいぶ楽になったのだろう。私は兄に話しかけた。


「い、いたみは治まりましたか?」

「……なに? 今の。すげぇ」


 呆然と呟く兄の様子を見て、少しは傷が塞がったのだと安心した私は、ふいに異様な気配を感じて上を見上げた。


 私を見下ろす義母の顔は、これまで見たことがないほど醜く歪み、そしてその目には私への憎悪がはっきりと宿っていた。歯を剥き出し、チッと露骨に舌打ちした義母が言った。


「やっぱりあの女の娘ね。……気持ち悪い」









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