47. セシルの甘やかし
ユーリを腕に抱いたセシルと一緒に、今日から突然の新居となった例の広いアパートへと帰る。
「わぁ……すごい。この数時間でこんなに荷物を運んでくれたの?」
「ああ。向こうの部屋はもう空っぽになったから、これで全部のはずだ。大事なものがなくなっていないか、確認してみてくれ」
「まま! しゅごいんだよぱぱ! ゆーりとおててつないで、かたっぽのおててでこーんなにいっぱいもちゅの! こーんなにおおきいはこ!」
ユーリは興奮しながら、セシルがいかに大きな箱を片手で抱えて運んだかを懸命に説明している。小さな両手をぐいーんと広げてこんなに! こんなに! と目を輝かせる。
「ふふ。本当、すごいよね。パパはとっても力持ちだから」
なんせ王国騎士団の騎士様だし。休職中だけど。
(……そういえば、セシルはこっちでの仕事について、何か考えているのかしら)
これだけ私たちを守ると言ってくれているのだ。まさか無職でいようと考えているはずもないし。
そのことも話したいと思ったけれど、ふと、大量に運び込まれた荷物たちの隅っこに、見慣れない綺麗な紙袋がたくさん置いてあることに気が付いた。色とりどりの大きなそれらは、ざっと十袋はある。……何だろう。
楽しかったなユーリ、荷物を詰めるのたくさん手伝ってくれてありがとうな、などと言いながら、ユーリに高い高いしているセシルに問いかける。
「セシル、あそこの紙袋には何が入っているの? あなたの荷物?」
するとセシルはユーリを抱きしめたままこちらを振り向き、サラリと言った。
「いや、違う。俺の荷物はあっちのボストンバッグの中だ。あれはさっき大通りで買い物してきた、君たちの服やユーリの靴なんかだよ。な? ユーリ。格好良い靴がいっぱい見つかったな」
「うんっ! あおいくちゅ、はやくはきたいっ!」
「ハハッ。ユーリにすごく似合っていた。ママに見せなきゃな」
「あいがとお、ぱぱっ」
「ああ。……ユーリはちゃんとお礼が言えるのか。偉いな。ママの育て方が素晴らしかったおかげだ」
(え……ええっ!?)
すっかりパパの存在に慣れた順応性の高い息子を嬉しそうに撫で回しているセシルの言葉に驚き、私は慌てて紙袋に駆け寄った。だってすごい量だ。まさか……これ全部買ってきたの……!? 大通りに並ぶ高級店で!?
私はそれらの紙袋の中身を、一つ一つすばやく確認していく。ぎっしりと入ったユーリの服、ユーリの靴、私のものと思われるワンピース数着、それにたくさんのおもちゃ、さらには何が入っているのか分からないが、箱自体がすでに高級そうな小箱……。
丁寧な装飾の施された、質の良い服や靴の数々に、私は一瞬気が遠くなった。一体どのくらいお金を使ったのだろうか。
「セ……セシル……」
「ワンピースを広げてみてくれ、ティナ。君に似合いそうだと思うものが目につくたび買ってしまった。好みに合わなかったらすまない。だが、こうして君に自由に贈り物ができるようになったことがあまりに嬉しくて、ついな。気に入るものがあればいいのだが」
「あっ! ぱぱ、あれも! あれもみしぇてままに!」
突然ユーリがそう叫ぶと、足をバタバタさせてセシルに降ろすようせがむ。セシルがその小さな体をそっと床に降ろすと、ユーリは楽しそうな顔でこちらに向かって駆けてきた。そして紙袋の中をゴソゴソとあさり、さっき私が見つけた小箱を両手で差し出してきた。
「はいっ。これ、ままにぷれじぇんと」
「えっ……」
戸惑いながら受取ると、そばにやって来たセシルが言った。
「ユーリが選んだんだよな」
「うんっ! みて、まま。みて」
「う、うん……」
これ以上ないほど目を輝かせながら間近に迫ってくるユーリの圧に押され、私はおそるおそる小箱を開けた。すると中からは、キラキラときらめく美しい髪飾りが。
「君の瞳の色と、俺たちの瞳の色。どちらの髪飾りがいいか迷ってユーリに尋ねてみたら、こっちを選んだんだ。分かってるなぁユーリは」
「えへっ。ゆーりとぱぱのおめめのいろ、ままちゅけてね。まま、これしゅき? かわいい?」
「……う、うん! なんて綺麗なのかしら。あ、ありがとうユーリ! ママ嬉しいなー」
(アメジストとパールが、こんなについてる……)
あまりに高価な贈り物に思いきり怯んだ私だけれど、息子を悲しませるわけにはいかない。精一杯取り繕って笑みを浮かべると、ユーリはキャッキャとはしゃいだのだった。




