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46. 外堀を埋めるセシル

 セシルを部屋に入れた時もそうだったけれど、ユーリが不慣れな大人の男性をこんなにもあっさりと受け入れてくれるとは思わなかった。バハロらとは全然違うセシルの容姿や雰囲気が、ユーリに警戒心を持たせなかったのだろうか。それとも、親子の間だけの、何か特別なものを感じ取ったのか。

 セシルに抱っこされたまま、自分と同じ色の彼の瞳をジッと見つめるユーリの表情はキラキラと輝いている。まるでこの状況が楽しくてたまらないかのようだ。

 そんな息子を抱き上げたまま相好を崩し、しばらく息子の頬や頭を撫でたり見つめたりしていたセシルが、こちらを振り返って言った。


「さあ、じゃあ早速荷物を移そうか、ティナ。向こうの家具は備え付けのものだろう? 君たち二人の荷物だけなら、大した手間でもなさそうだ。指示してくれたら、俺が全部箱詰めして運ぶよ」


 そう言い放つと、セシルはユーリを片腕に抱えたまま、部屋を出て行こうとする。私は慌てて言った。


「ま、待ってセシル! 今日は私、ノエル先生の訓練に行く予定なのよ。最近参加できないことが多かったから、今日は絶対に行くつもりで……」

「ああ、そうか。じゃあ君は心配しなくていい。ユーリは俺が見てるよ。荷物も運んでおくから。行っておいで」

「……へっ!?」

「大丈夫だ。ユーリ、ママがノエル先生のところに行っている間、パパと一緒にいよう。前のおうちの片付け、手伝ってくれるか?」

「あいっ!」


 勝手にそんなことを言い出したセシルに、なぜだかユーリも嬉しそうに同意する。


「セシル……。ほ、本当に大丈夫なの? あなた育児したことなんてないでしょう? 数十分で帰ってくるわけじゃないのよ。あなた一人じゃ……」

「ユーリは首も据わっていない赤ん坊じゃないんだから大丈夫だ。怪我をさせたりしないよう、充分注意するよ。……もう行くんだろう? 送っていくよ」

「……」

「終わるのは何時だ? 迎えにも行くから。エイマー術師にも、一度きちんと挨拶をしなくてはな」


(……なんだか……あっという間に外堀を埋められていっている気が……)


 セシルから「絶対に私たちのそばを離れないぞ」という強固な意志をビシバシ感じる。戸惑う反面、訓練中ユーリを見ていてくれるのならすごくありがたいという思いもあった。待っている間いつもユーリは一人で退屈そうだし、息子を見ていてもらえれば、私ももっと訓練に集中できる。

 少し悩んだ挙げ句、私はセシルにユーリを任せてみることにした。


「じゃあ……お、お願いするわ。ユーリ、大丈夫? 本当にパパと二人で待っていてくれる?」

「うんっ!」

「……寂しがるようだったら、ノエル先生のお宅に連れてきてね。絶対に無理はさせないで」

「ああ。大丈夫だ。な? ユーリ」

「……。この子はやんちゃなことはしないけど、外で目を離したりは決してしないで。それと、もしも火を使うことがあったら、この子を近づけないように気を付けてね。熱いお茶とか……」

「ティナ、分かってる。俺だって大事な息子に怪我をさせたくはないんだ。育児に不慣れな分、一層気を付けるよ」


 セシルはまるで私をなだめるように、ユーリを抱いていない方の手で私の頬をそっと撫でた。


(そうは言っても……ソフィアさんやコレット先生に預ける時とはやっぱりワケが違うわ。大丈夫かなぁ……)


 預けてみようと決めたものの、楽しそうな男二人を前に私の不安は拭いきれなかった。


 けれど、いざノエル先生の訓練に参加するとこれまでとは段違いに集中することができて、時間があっという間に過ぎてしまった。今までは時折話しかけてくるユーリの相手をしたりなだめたりしながらの訓練だったけれど、今回は時間いっぱい治癒術の上達にだけのめり込んだ。


「ありがとうございました、ノエル先生」

「はい。お疲れ様でした、レイニーさん」


 訓練が終わり、他の人たちが帰っていく。ご自宅を後にする前に先生にそう挨拶すると、ノエル先生は私をジッと見つめて言った。


「……何かいいことでもありましたか?」

「えっ? ど、どうしてですか?」

「いえ、なんだか今日のレイニーさんは今までになく表情が明るい気がするので。それに、今日はユーリ君もいませんね」

「っ!? あ、えっと……それが、その……」


 どこから説明しようかと思った、その時。


「ままぁっ!」

「っ! ユーリ……ッ」


 玄関の方から突然現れたユーリが、満面の笑みで私の方へと駆け寄ってくる。ひしっと足に抱きついてくる息子を受け止めていると、その後ろからセシルがヌッと顔を出した。


「迎えに来た。……勝手に入り、申し訳ありません。息子が飛び込んでいったものですから」


 私に声をかけたセシルはノエル先生に向き直ると、畏まった口調でそう言った。先生はキョトンとした顔をしている。


「いえ。……おや? あなたは以前……、……ん? 息子とは?」


 レドーラ王国の王太子殿下がご訪問した際セシルが護衛の一人としてその場にいたことを、先生は覚えていらっしゃったのだろう。何か言いたげに私の方を見る。

 けれど私が説明するより先に、セシルが先生に言った。


「ユーリの父の、セシル・リグリーと申します。事情があってこれまで二人とは一緒にいられませんでしたが、今後は共に暮らすことになりました。世話していただいた従業員寮も退去し、今後は近くのアパートで三人一緒に暮らします。いろいろと()()が良くしていただいているようで、感謝申し上げます、エイマー術師」

「……なんと。これは驚きました」


 セシルの言葉を聞いたノエル先生は、あっけにとられた表情で再び私の方を見る。何とも言えない気まずさと気恥ずかしさに、私の頬はじわじわと熱を帯びた。自分で言葉を選びながらじっくり説明しようと思っていたのに……。しかもセシルの瞳やその口調には、なぜだかノエル先生に張り合っているような色が透けて見えて、ますます恥ずかしい。一体何をそんなにムキになっているんだか。


(他の人たちには絶対に先に説明しておかないと……。この分だとセシルは、誰彼構わずこの調子で自分の存在をアピールしそうだわ)


 すっかり彼のペースに翻弄されながら、私は真っ赤になった顔を伏せたのだった。






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