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39. 新たな救いの手

 仕事帰りの私を待ち伏せしているセシルと顔を合わせるたびに「家まで送らせてくれ。君はどこに住んでいるんだ」としつこく問い詰めてくるセシルをごまかし続けることにも疲れたし、ソフィアさんの言う通り、もっとしっかりと話し合う必要もある。

 けれど私にはユーリがいるし、セシルと話をする時間を作るなら、やはり週末しかない。そうなると、その場に連れて行くことができないユーリの預け先が問題となってくる。

 ソフィアさんは「何度でも預かる」なんて言ってくれたけど、まさか本当に週末ごとに預かってもらうなんて、できるはずがない。母親って大変なのだ。一日中我が子の面倒を見るだけでもクタクタで、よその子を預かるどころか、本当なら誰かに我が子を預かってもらいほんの一、二時間でもいいから一人の時間が欲しいと思ってしまうもの。私の事情でソフィアさんにこれ以上負担をかけ続けるわけにはいかない。


(ソフィアさんの旦那様はお休みが不規則で、週末仕事で不在のこともよくあるから大丈夫よ、なんて言ってくれてたっけ。こないだユーリを預かってくれた日もそうだったし。……でもむしろ、そんな日こそいつものお礼に私の方がララちゃんを預かって、ソフィアさんに週末の一人時間をプレゼントしてあげるくらいのことはしなきゃいけないのに。それに……セシルと会うならそのたびにノエル先生の訓練も休まなきゃいけなくなる。先生の訓練を受けられるのも、私には週末しかないし……。ああ、時間の確保って本当課題だわ……)


 その日もユーリを保育園にお迎えに行き、帰り支度をさせながら、頭を悩ませていた私は思わず深いため息をついてしまった。

 するとそばにいた保育士さんが、私に声をかけてくれた。


「大丈夫ですか? お母さん」

「えっ……? あ……」

「毎日、お疲れですよね。……何かお困りごとでもあるんですか? ユーリくんのお母さんがそんなに深くため息をつかれるなんて、珍しいから」

「コレット先生……」


 コレット先生はこの保育園にいる数少ない保育士さんの中で、おそらく一番年配の先生だ。年配といっても、決しておばあちゃんではない。夕焼けのようなオレンジがかった栗色の髪にはところどころ白髪が交じっていて、きっとノエル先生と同じくらいの歳なのだろうと思う。笑うと目元に優しげな皺が少し見える、穏やかで安心感のある先生だ。ユーリが一番懐いている人でもある。


「私で何か相談に乗れることがあれば、遠慮なく言ってくださいね。……なんて、ちょっと厚かましいかしら。ふふ」

「……先生……」


 目の前のコレット先生はそう言って、自分の言葉に照れたように笑う。私たちがそんな会話を交わしている間に、ユーリは帽子を被ってカバンを肩に下げたけれど、大人同士が話している隙にとでも思ったのか、まだ教室に残っている子どもたちの元へとトテトテ走り寄っていき、一緒に遊びはじめた。

 コレット先生の温和な雰囲気がそうさせたのか、私は思わず自分の抱えている悩みについて、少し打ち明けてしまった。週末に用事が立て込んでいるけれど、ソフィアさんに甘え続けるわけにもいかないし、どうしたものかと頭を抱えている、と。

 すると私の話を聞いたコレット先生は「あら」と声を上げ、サラリと言った。


「なんだ。そういう悩みだったのね。それでしたら、私がユーリくんを預かりますよ」

「……え? いえ、でも……、週末のことですし、保育園は……」


 コレット先生の返事に私が戸惑っていると、先生はいつもの優しい笑みを浮かべて言う。


「ええ。園自体はお休みですけど、私は独り身で、週末もアパートで一日ぼんやり過ごしているだけですし。ここでユーリくんの遊び相手をするくらい、全然負担じゃありませんもの。というか、私もユーリくんに週末遊んでもらえるなら嬉しいくらい。よければ預からせてくださいな。何のお気遣いもいりませんから」

「ほ……本当ですか?」

「ええ! ユーリくんはお利口さんでとっても可愛いし、私大好きなんですよ。あ、もちろん、他の子たちも皆大好きですけどね。ふふ」


 そう言ってくれるコレット先生の顔色を注意深く窺ってみたけれど、とても社交辞令で言っているようには見えない。そもそも本当は嫌なのだったら、わざわざこんな申し出はしないだろう。しかもユーリが大好きな優しい先生だ。私の心はグラリと揺れた。

 厚かましいのは百も承知で、私はおそるおそる口にする。


「では……あの……、本当に今週末……お願いしても、いいですか?」

「はいっ。ぜひ」


 コレット先生の満面の笑みが天使のように見える。するとそこに、ユーリがトコトコとやって来た。


「なぁに? まま。こえっとしぇんしぇい。なんのおはなししてるの?」


 ユーリがそう尋ねると、コレット先生がユーリを抱き寄せてそっと耳打ちをする。


「あのね、今度の週末、先生と二人きりでここで遊ぼうか。ママがご用があるみたいなの。先生と一緒に、ここで遊んで待っていよう。ね? でも、皆には内緒ね」

「~~~~っ!? ~~~~っ!!」


 コレット先生の言葉に、ユーリは目をキラキラと輝かせると、突然無言で手足をクネクネと揺らし踊りはじめた。内緒と言われた以上大声で喜ぶわけにもいかないが、よほど嬉しいのだろう。頬はピンクに染まっている。


(私って本当に、人に恵まれてる……)


 お腹のユーリと共にこの王国に渡ってきて以来、一体どれだけの人にこうして助けてもらっただろう。

 アンナさんやアパートの他の住人、大家さん。ノエル先生に、治療院の同僚。ソフィアさんをはじめとするママ友さんたち。そして今度は、コレット先生。


(こんなにユーリが懐くなんて、普段からどれほど可愛がってくださっているかがよく分かる。その上お休みの週末にまで、ユーリを見ていてくださるなんて……)


 まるで身内のように優しい瞳で、踊り狂うユーリを見守ってくれているコレット先生に深く感謝しながら、私は週末二人のためにサンドイッチを作って持ってこようなどと考えていたのだった。





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