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34. 高慢な婚約者(※sideセシル)

 嫌々結んだ婚約以来、俺とナタリアの仲は一向に進展も改善もされることはなかった。王国騎士団の一員として、俺は死にもの狂いで日々自己研鑽に励んだ。訓練に打ち込んでいる間だけは、ティナへの狂おしいほどの渇望に苦しまずに済んだから。それが功を奏し、俺は着実に力をつけていった。

 やがて俺の剣技がビクトール王太子殿下の目に留まり、直々に「私の近衛騎士になってくれないか」とお声をかけていただくことができたのだ。


 そしてほぼ惰性で行っていた婚約者同士の茶会は、次第にその頻度が減っていき、今ではせいぜい二ヶ月に一度ほど、俺から彼女の元を訪問するだけに留まっていた。そして会えば会うたびにナタリアの口数は多くなり、そのほとんどは俺に対する怒りと憎しみを丸めて投げつけてくるような露骨な嫌味ばかりだった。


「……王太子殿下の近衛騎士になったですって……? ふん、よくもまぁ、あんな無能な男に選ばれたなどと、嬉々としてこの私に報告できますこと。程度が知れるわ。それくらいのことで子どものように喜ぶのはお止しになったら? 見苦しいですわよ」

「……別に子どものように喜んでなどおりませんが。被害妄想が過ぎるのでは? ナタリア嬢。自分を婚約者に選ばなかったビクトール王太子殿下に対する逆恨みでしょうが、そのような不敬極まる発言を俺の耳に入れないでいただきたい。不愉快だ。殿下のお人柄は素晴らしいと、俺は思っております」


 ある日の茶会で彼女の放った辛辣な言葉に俺がそう返すと、ナタリアはその金色の目で俺をギロリと睨みつけた。……今日は珍しく目が合ったな、などと俺はぼんやりと思った。

 彼女は苛立ちを隠しもせずに、俺に高慢ちきな態度をとる。


「……あなた、いい加減身の程をわきまえたらいかがかしら。なぜ私があなたとの結婚を拒み続けているか、お分かりになって? あの男の近衛騎士に選ばれたくらいで満足されては困るのよ。グレネル公爵家の娘として、どこぞの侯爵家出身の王太子近衛騎士などの妻の座に納まるというのは、とても不名誉なことだわ。恥ずかしくて、社交界の皆さんにとても顔向けできない。せめて王国騎士団長になり、大臣職にでも就いていただかなくてはね」

「……ナタリア嬢、」

「私はあなた程度の妻になどならないわ。もっと上を目指しなさい」


 ……会えば会うたびに精気を吸い取られていくようだ。偉そうに。ならば自分が満足する相手を父君にねだればいいだろうと思うのだが、こんな気位の高い公爵令嬢が満足する相手など、もうこの王国には残っていないだろう。というより、この女は王太子殿下の婚約者の座にしか興味がなかったのだから。相手が他の誰であっても、納得いかないのだ。


 ナタリアの高慢な性格は、ビクトール殿下が彼女を選ばなかった理由の一つでもあった。


「私がピアソン公爵令嬢を選んだ皺寄せが、君に行ってしまったようだね、セシル。申し訳なく思うよ」


 近衛騎士となってしばらく経った頃、ビクトール殿下からそう言われたことがあった。


「何を仰いますか殿下。殿下が将来の王太子妃として最も相応しいお相手を選ばれただけのこと。何も間違ってはおられません。まだ婚約者のいなかった俺とグレネル公爵令嬢が婚約させられたのは、仕方のないことです。父は諸手を挙げて喜んでおりますよ」


 俺がそう答えると、殿下は困ったような顔をして少し笑った。


「君は本当に彼女のことが、嫌でたまらないのだね。……君の気持ちは分かるよ。グレネル公爵令嬢は家柄も知識も完璧な人ではあるけれど、国民のことを最優先と考え、私の隣で民のためにその腕を振るってくれる女性だとは、どうしても思えなかった」

「俺もです、殿下」


 間髪入れずにそう返事をすると、殿下は今度こそ声を出して笑った。


「……君と夫婦になり、共に月日を重ねる中で、どうにか彼女の性質が穏やかで謙虚なものに変わっていくといいのだけれど。そして君と睦まじく過ごしてくれればと、願わずにはいられないよ」

「まぁ、無理でしょうね。俺には今のところ、その可能性は微塵も感じられません」


 殿下はもう笑うことなく、黙って俯いてしまった。




 そうして数ヶ月が経ち、ビクトール殿下が隣国セレネスティア王国へと視察に行くことが決まった。俺は近衛の一人として、殿下に同行することとなった。そして、あのエイマー術師の治療院で、レイニーと呼ばれていたティナと再会することになったのだ。

 






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