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32. 状況を探る

 セシルの言葉に一瞬息が止まり、またクラリとめまいがした。壊れてしまうのではないかと思うほどに、ずっと高鳴り続けている胸の鼓動。全身が火照り、頭が混乱する。


「……何を言っているの、セシル。そもそも、あ、あなたには……奥様がいらっしゃるでしょう?」

「……? いいや? まさか。誰のことを言っているんだ?」

「え? だ、だから……。もちろん、グレネル公爵令嬢のことよ。学園を卒業してから、あなた、グレネル公爵令嬢とご婚約なさったはずよ。そう聞いていたわ」


 私がそう確認すると、セシルは「ああ」と、まるで「なんだ、そんなことか」とでも言わんばかりのテンションで呟くと、サラリと言った。


「たしかに、グレネル公爵令嬢とは婚約していた。だがもう、それは解消した」

「か、解消……?」

「婚約破棄、と言った方が正確かな。当然だろう? 君を見つけたんだから。嫌いな女との婚約を続ける理由などどこにある」

「な……」

「ああ、理由ならあるか。リグリー侯爵家のためだな。元々そのためだけの婚約だった。……だが、残念ながら父と母には諦めてもらうしかない。命じられた婚約を渋々受け入れたのは、君を失い、他に選択肢などないと思っていたからだ。けれど、こうして君を見つけた。俺は今度こそ君を手放さないと決めたんだ。両親にももう、そう話してあるよ」

「……そ……、そんな……」


 気が遠くなりそうだった。……嘘でしょう? この人、私と偶然再会したという、たったそれだけの理由で、筆頭公爵家のご令嬢との婚約をあっさり破棄してしまったというの……? 私がこの人の求愛を受け入れるとも限らないのに?


(……落ち着いて……。とにかく、リグリー侯爵家の事情をもっと正確に聞き出さなくては……)


 セシルに婚約者がいない上に、彼は私を愛していると言ってくれている。それならば遠慮なくその腕に飛び込もう、なんて簡単に決めていいはずがない。

 ユーリがいるから。あの子と引き離される可能性が少しでもあるのなら、私はこの人のそばにはいられない。

 セシルのことは、今でも大好き。けれどいつだって、私にとって一番大切なのはユーリなのだから。


「セシル……、ちゃんと教えてほしいの。今のあなたの周りの状況を。ご両親に私のことを話してグレネル公爵令嬢との婚約を破棄しただなんて、そんなことあなたのご両親が簡単にお許しになるはずがないでしょう? 私はレドーラ王国の貴族家の中では末端に位置する、貧しい男爵家の不義の娘。しかもとうにその家も飛び出して、他国で平民として生きている人間なのよ? もちろん、お相手のグレネル公爵家も、あなたからの一方的な婚約破棄をご納得しているはずがないわよね。一体今、あなたの周りはどうなっているの?」


 私は表情を引き締めながらセシルにそう問いかけた。すると彼も神妙な面持ちで答える。


「そうだな。言葉足らずだった。君を見つけたから婚約破棄、と言っても、元々向こうも俺との婚約には全く乗り気じゃなかったんだ。グレネル公爵家のナタリア嬢は、格下の侯爵家の次男である俺との婚約が不服であることを隠そうとはしなかった。婚約期間中、俺と彼女はずっと不仲だったんだ」

「……」

「殿下の近衛騎士としての職を休職し、両親に国を去るという話をした後、俺はグレネル公爵邸に赴き彼女に婚約を解消したいと話したよ。怒り狂っているのは明らかだったが、向こうはプライドの塊のような女性だからな。当然、俺に嫌だと言って縋りついてくることもなかった。せいせいしているのかもしれないな。後はもう、リグリー侯爵家とグレネル公爵家の問題だが……。今の俺にできることはない」

「……な……」

「ティナ、君次第だよ。君がやはりこのセレネスティア王国で治癒術師としての腕を磨いていきたいのか、それとも、俺と一緒にレドーラ王国へ帰ることを選ぶのか……。今度こそ、君の話を聞かせてくれ」

「わ、分かったけど、ちょっと待って」


 食い入るように私を見つめそう問い詰めるセシルを、慌てて制す。もう一点、どうしても確認しておかなければならないことがある。


「あなたのお兄様……、クレイグ様は、その……今どうなさっているの? お、お元気なのかしら」


 セシルには二、三年上の兄上がいた。幼い頃、セシルと同じようにリグリー侯爵邸での茶会で彼と顔を合わせてはいたものの、彼はセシルと違って私に話しかけてくることなど一度もなかった。だから私はクレイグ様と親しかった時期はない。リグリー侯爵家の嫡男で、学園を卒業してからすぐにご結婚していたはずだけれど、たしか体があまり丈夫ではなかったはずだ。

 セシルは私の質問に、少し目を伏せて答えた。


「ああ……兄か。元気にしているよ。結婚生活も、まぁ順調みたいだ。ただ、いまだに子ができずに、父と母の頭を悩ませてはいる。兄は元々病弱だったから、やはり難しいのかもしれないな」


 その言葉を聞いて全身が強張り、心臓がまた大きな音を立てた。指先がすうっと冷たくなる。……そうか。つまりリグリー侯爵家には、まだ後継ぎとなる子どもはいないんだわ。






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