31. セシルの情熱
店員さんがチョコレートムースとミルクティーを運んできた時も、セシルは私から目を逸らさなかった。彼女が席を離れると「ひとまず食べよう」とセシルが言うものだから、私はおずおずとムースをスプーンですくって口に運ぶ。
……すごく美味しい。でも、まだ緊張が続いていて、なかなか喉を通っていかない。
「ふぅん。……甘いな。ティナはこういうものが好きなのか。女性は甘いものが好きというのは本当なんだな」
セシルがようやく私から視線を外すと、自分のチョコレートムースを食べながらそんなことをボソリと言う。
「……ええ、そうね。甘いものは大好きよ」
私がそう答えると、セシルはこちらを見てクスリと笑った。
「そうか。……こうして小さなことでも、君のことを知れるのは嬉しい。俺は昔から、時間さえあれば君のことばかり考えるほど君に夢中だったが、一緒に過ごせた時間はほとんどないんだよな。だから君に関しては、知らないことばかりだ。治癒術が使えるなんていう重大情報さえ知らなかった。……これからは、ティナのことをたくさん知っていきたい。どんな些細なことでも、ティナの全てを知り尽くすまで」
(~~~~っ!?)
思わずチョコレートムースを噴き出しそうになった。こ……この人……突然何を言い出すの……っ!?
私の全てを知り尽くしたいだなんて、そんなの、まるで……。
動揺した心臓が激しく暴れはじめたのを無視して、私は目の前のムースをパクパクと食べた。そんな大胆なことを言われても、どう返事をすればいいか分からない。
ついにムースが空っぽになってしまったので、私は軽く咳払いをしてミルクティーを一口飲むと、おずおずと口を開いた。
「……えっと……。それで、あ、あなたはどうして今、このセレネスティア王国にいるの……? 三ヶ月前はあなた、レドーラ王国王太子殿下の近衛じゃなかったかしら……?」
さっきのセシルの言葉は追及せず、私は自分が知りたい情報を得ようと試みた。
セシルはケロッとした様子で少し微笑みながら、サラリと答えた。
「ああ。俺は学園を卒業して、王国騎士団に入った。それから数年かけ順調に出世して、殿下の近衛騎士になったんだ。でも、先日きゅうしょくした。君を見つけたからね」
「……」
ん? 今何て言ったのかしら。この人。
きゅうしょく……給食……求職……?
……休職!?
「今、休職って言ったの!?」
セシルの放った単語を理解した途端、私はここがオシャレなカフェの中であることも一瞬忘れ、思わず大きな声を出してしまった。けれどセシルは私を咎めることもなく、軽く頷くと淡々と話を続けた。
「当然のことだ。俺が毎日、どれほど君を渇望しながら生きていたと思う。もう二度と会えない人なのだから諦めるしかない。そんな風に思い切ることは、俺にはできなかった。そんな君と、三ヶ月前に運命的な再会を果たした。迷いはなかったよ。王太子殿下には本当は退職を申し出たのだが、殿下がご配慮くださったんだ。……国に戻るかどうかは、君次第だがな、ティナ」
そこまで話すと、呆然とする私の前で、ふいにセシルが真剣な表情をした。
「俺の気持ちはこれで伝わっただろう。それで、ティナ。そろそろ君の話を聞かせてくれないか」
「……えっ……」
「あれから一体、何があったんだ。なぜ君は、誰にも黙ったまま国を去った。あの商会の男との結婚を拒んでくれたことだけは、俺にとって……、……いや、だが俺はずっと後悔していた。二人で過ごしたあの夜、どうしてもっとちゃんと話をしなかったのかと。……まぁ、俺はかなり酔っていたから、話なんてできる状態じゃなかったんだが」
「……っ、」
「でも、あの日君の温もりを感じながら、人生で最も幸せな眠りに落ちていく瞬間、たしかに思っていた。朝目が覚めたら真っ先に伝えようと。君を愛していると。俺が君を守るから、信じてついてきてくれと。もう絶対に、君を手放さないと」
「セ……セシル……」
「だが目が覚めた時、部屋はもぬけの殻だった。俺は焦って、何度も君に手紙を出したよ。けれど、君からの返事はなく……。意を決してシアーズ男爵邸を訪れた時には、君はもういなかった」
「……っ! シアーズの屋敷に、行ったの……?」
「ああ」
セシルの口から突然出たその名に、私はハッと我に返った。シアーズ男爵一家の顔が次々と頭に浮かぶ。
「そ、それで……、シアーズ男爵家の様子は、どうだった……?」
「男爵夫人が応対してくれたが、君が突然去ったことを焦り、随分怒っておられるようだった。数日後には結婚の書面を交わす予定であったし、契約だってあるのに、と。……恐らくは、君を差し出す代わりにダルテリオ商会の会長から金銭的な援助を受ける予定があったのだろう?」
「……っ、」
やっぱり、彼らは激怒しているわよね。それはもちろん、分かっていた。分かった上で、私は逃げたのだから。
お腹に宿ったユーリの命を守り、二人で生きていくために。
「嫌だったんだろう、ティナ。商会の成金男なんかに嫁ぐのは。あの夜、君は俺に縋りつき泣いていた。よほどひどい相手なのだろうと悟ったよ。そして、そんな野郎に君を絶対に渡すものかと決意した。……ティナ、」
そう言うと、セシルは真っ直ぐに私を見つめ、再び口を開いた。
「俺は君を愛している。幼い頃からずっと、俺の心にいるのは君だけだ。……俺と一緒に生きてくれ。今度こそ、もう二度と離れずに」




