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25. 自覚する想い(※sideセシル)

 顔を合わせ会話を交わすたびに、俺はティナにますます好感を持つようになった。大人しく利口で、控えめで優しい。周りにいた誰とも違うティナの雰囲気は俺を安心させ、同時に説明できない胸のざわめきを覚えた。

 彼女たちの母親であるシアーズ男爵夫人は、上の二人の子どもと比べて明らかにティナに向ける目だけが冷たかったし、シアーズ一家が来ていない茶会などでは、婦人たちが様々な噂話をしているのを耳にもした。


『シアーズ男爵夫人、末の娘さんをお茶会に連れて来るようになりましたわね、リグリー侯爵夫人』

『あの子が、そうなのでしょう? 例の、夫人の娘さんではないとかいう……』

『随分綺麗な子でしたわね。ですが、なさぬ仲の子ともなると、ねぇ……。何かと大変でしょうね』


 婦人たちの言葉に、母は薄く笑って答えていた。


『あのお宅は何かとご無理をなさいますものね。私たちの茶会にも、ぜひとも参加させていただきたいと仰ってはやたらとうちに贈り物などしていただくから、なんだか申し訳なくて時々お誘いしていますけれど、正直うちの好みではない品物やお菓子などいただいても……。シアーズ男爵夫人は、領地も近いことだし今後ともぜひとも懇意に、などと仰って、うちの息子たちをどこの学園に入学させるのかと何度も聞いてこられるのよ。ですが、貴族学園の学費をあのお宅に払えるのかしら。よそのことながら心配ですわ』


 母の言葉に、周囲の婦人たちは失笑したり同意したりしていた。


『シアーズ男爵夫人はリグリー侯爵夫人に心酔していらっしゃいますものね』

『ご無理をなさっているのは、私たちから見ても明らかで、痛々しいほどですわ。夫人もお子さんたちも、お召し物も何度も着回していらっしゃいますし……ねぇ?』

『資金繰りもよろしくないそうですわよ。身の丈に合った生活をなさればよろしいのに。わざわざあの末の娘さんを連れてまでこのリグリー侯爵邸での茶会にやって来るのも、きっと見栄の一環ですわ。家庭が順風満帆であることや、金銭的にお困りでないことをアピールしたいのでしょうね』


 彼女たちの意地の悪い笑いは、子どもの俺から見ても不愉快なものだった。自分の母親や取り巻きの女たちに辟易しながら、俺はあの大人しいティナが屋敷でどんな風に過ごしているのかを考え、胸が痛んだ。


 それからしばらくして、そのシアーズ男爵夫人がティナだけを茶会に連れて来なくなった。俺はそのことを母に問うた。すると母はため息をついて、うんざりしたような顔で俺を見た。


「原因はあなたよ、セシル。お母様が気付いていないとでも思ったの? あなた、あんな男爵家の娘なんかに目をかけて……。人目を盗むようにしてあの子に話しかけているあなたのお顔、だらしなくて嫌だったわ、お母様」


 頬がカッと熱を帯びた。恥ずかしさと怒りで固まり震えていると、母は俺の目の前にしゃがみ込んで視線を合わせ、俺の両肩を抱いてきっぱりと言った。


「あんな子のことはもう忘れなさい。あなたはあなたに相応しいお友達を作るの。良い家柄の、品のある賢いお友達よ。分かるでしょう?」




 ティナに会えなくなってからの日々は寂しく、味気ないものだった。あの子だけが特別だったのに。俺に媚びることも、上辺だけの笑みを浮かべて近寄ってくることもなかった、穏やかで可愛らしいティナ。

 彼女のことが、たまらなく恋しかった。


 およそ八年後。学園に入学してしばらく経ち、シアーズ男爵家の息子が下位貴族の校舎にいると知った時は、期待に胸が震えた。翌年に上の娘が入学してきた時はなおさら。

 どうか神よと柄にもなく祈りながら、俺は翌年の入学式を指折り数えた。

 そしてその日。式の途中、ズラリと並んで座る新入生たちに目を凝らし、ティナの姿を見つけた瞬間、俺の心臓は痛いほど大きく跳ねた。一瞬で彼女だと分かった。喜びのあまり頭が真っ白になり、式が終わった後、気付けば俺は彼女に駆け寄りその手を摑んでいた。大きく目を見開いて俺の顔を見たティナの、美しい翡翠色の瞳。互いにあんなに幼い子どもだったのに、会えなくなってから今日まで、ずっと忘れられなかった。そして十年経って再会し、この瞬間確信した。

 俺はこの子を愛しているのだと。


 けれど現実は、あまりにも残酷だった。

 どうにかしてティナを得ることができないだろうか。両親を説得し、彼女と結婚させてもらえないだろうか。俺がそんなことを悩んでいるうちに、入学から半年足らずで、ティナは退学が決まってしまった。その日校舎を出て、馬車を待たせてるところまで歩いていると、彼女の兄であるシアーズ男爵家の息子アレクサンダーが、「うちの下の妹は今日で退学するんだよ」と友人と話しているのを聞いた。その先の絶望的な言葉は聞こえなかったふりをし、俺はティナの教室へと駆け戻った。

 教室にはティナだけが残っていた。彼女自身の口から、どこぞの商会の会長と結婚することになったという現実を突きつけられ、俺はその場で気持ちを固めた。


 

 

 




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