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24. ティナとの出会い(※sideセシル)

 息が止まった。何の心の準備もなかった。まさかこんなところで、突然目の前に彼女が現れるとは。

 会いたくて会いたくてたまらず、日に何度も思い浮かべ、恋しさのあまり毎夜夢にまで見ていた、その姿。

「レイニー」と呼ばれ現れた俺の愛おしい人は、その懐かしい翡翠色の瞳で呆然と俺のことを見つめていた。

 



 これでもかと引き伸ばしてきた俺の婚約は、ついに二十歳になる頃、父によって強引に決められてしまった。

 相手はこのレドーラ王国の筆頭公爵家である、グレネル公爵家の令嬢、ナタリア。失望感でいっぱいだったが、どうしようもないことは分かっている。正式に婚約の書面を結ぶ前、俺はグレネル公爵邸に挨拶に出向いた。応接間で向かい合った瞬間、ナタリアが俺のことを軽んじているのはありありと伝わってきた。

 目の覚めるような鮮やかな長い赤毛は丁寧に結い上げられ、濃く整えられた化粧は彼女の無機質なまでの美貌を一層冷たく見せていた。そしてその金色の瞳は一度も俺の姿を映すことなく、長い睫毛によって隠されていた。

 ため息を押し殺し、俺は絶対に口にしたくもない言葉を放った。


「このたびのご縁、大変光栄に思います、ナタリア嬢。あなたの良き夫となれるよう尽力いたしますので、どうぞよろしくお願いします」


 我ながら心がこもっていなさすぎて笑える。しかし向かいのナタリアは少しも笑えないらしい。相変わらず俺から視線を逸らしたまま、不機嫌そうに自分の前に置かれたティーカップを見つめている。俺が黙れば、室内の空気は凍りついたように静かになる。

 もう撤収したいが、さすがにまだ早いだろう。何か話さねば。小さくため息をつき、俺は渋々笑顔を作り直すともう一度口を開いた。


「……俺は今現在、王国騎士団の一員として日々腕を磨いております。まだ若輩者ではありますが、いずれは騎士団を率いる立場に立ちたいと思い、文武ともに研鑽に努めております。あなたの夫として恥ずかしくないよう、励むつもりです」


 筆頭公爵家の令嬢を立てるつもりでそう言った。いつまでも嫌だ嫌だとごねていてもどうにもならないことは分かっていたから。心の中にいるたった一人の愛おしい人への裏切りのような気がして、苦い思いが込み上げるが、俺はそれを必死に押し殺していた。

 しかし目の前の令嬢は、俺の言葉を聞き、フンと鼻で笑った。そしてたった一言、こう言ったのだ。


「……騎士など」


(────っ!)


 こちらに対する侮蔑を隠さないその一言は、俺の自尊心を見事なまでに打ち砕き、そして同時に、目の前の高慢ちきな令嬢への憎悪をむくむくと湧き上がらせた。


(……嫌な女だ)


 “興味のない女”は一瞬にして、自分の中で“大嫌いな女”に格下げされた。膝の上に置いた拳を、思わず固く握りしめる。相手の大人気ない態度につられまいと、俺は一呼吸置いてから静かに口を開いた。


「……王太子殿下のご婚約者候補でもあったあなたが、格下の侯爵家の次男などに嫁ぐのは、ご自身のプライドがお許しにならないでしょうね。ですが、お互いどうにもできぬことです。殿下はピアソン公爵令嬢をお選びになり、我々の同年代のめぼしい高位貴族の令息たちは皆すでに良き相手と結婚している。我がリグリー侯爵家としても、派閥の筆頭であるあなたのご実家との縁組みに諸手を挙げて喜んでおり、俺が()()()()()()()()()()()聞く耳持たぬ状態です。こうなった以上、互いの家のため、歩み寄るしかないのですから。貴族の宿命です。上手くやっていきましょう」

「……っ!」


 大人気ない態度につられないどころか、さらに上を行ってしまった。ナタリアはスッと席を立ち、一度俺を睨みつけると、無言のまま応接間を出て行ってしまったのだった。


「……ふ……」


 俺は自嘲し小さく笑うと、グレネル公爵邸を後にした。


 乗り込んだ馬車の窓から、見るともなしに外を眺める。そしていつものように、そこにいないはずの彼女の姿を無意識に探してしまう。未練しか残っていない。もしもそこに彼女がいたら、俺は今度こそ全てを捨ててでも、彼女を抱きしめて離さないのに。




 初めてティナと出会ったのは、たしか俺が七歳の時。母の取り巻きの婦人たちはしょっちゅう我がリグリー侯爵邸にやって来ては、母の開く茶会に参加していた。

 その中の一人のご婦人が、いつも連れてきていた二人以外に、ある日もう一人の子どもを連れてきた。栗色の髪に翡翠色の瞳をしたその小さな女の子から、俺はなぜだか目が離せなかった。

 人形のように愛くるしい顔をしたその子は、自己主張の強い兄や姉と違って、いつも控えめだった。母親とともに茶会に訪れた子どもたちの誰も彼もが「セシルさま、セシルさま」と俺に寄ってくるのに対して、その女の子は隅っこにポツンと立って静かにこちらを見ていた。俺と目が合うと、困ったような顔をしてそっと目を逸らしていた。

 母親たちの茶会の間中、彼女のことがずっと気になっていた。決してこちらに近付いてこないティナは、庭園の隅で花や蝶を愛でて微笑んだりしていたが、近くで男の子が転んだ時にはハッとした顔をして、トコトコとそばに駆け寄り気遣っていた。その男の子は起き上がると、ティナを無視してまた他の子たちと遊びはじめた。彼女はその後ろ姿をしばらく見送ってから、また花や空を見つめてボーッとしていた。

 そのいじらしい様子に、幼い俺の胸が妙に疼いた。俺は皆の隙を見ては、少しずつティナに話しかけるようになっていった。

 





 

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