2. 特別な力
「コリン!!」
アンナさんがすぐさま駆け寄り、コリンくんの体を抱き上げる。その後ろで、ユーリは石像のようにカチッと固まり彼らの方を見つめていた。大きな泣き声によほど驚いたのだろう。ユーリのアメジスト色の瞳は大きく見開かれている。
「あぁ……っ、大変……っ」
アンナさんが狼狽える。それもそのはず。コリンくんの額は真っ赤に染まっていたのだ。私はとっさにシチューの入った小鍋をドアの前に置き、二人の元に歩み寄る。
「うわぁぁぁん!! びぇぇぇーーん!!」
涙と鼻水を盛大に零しながら泣き喚くコリンくんの甲高い声が、鼓膜をつんざく。薄暗い中で目を凝らして見てみるけれど、傷自体はさほど深くはなさそうだった。でも……。
「これは、かなり大きく擦りむいちゃったわね。ごめんなさい、アンナさん。二人して目を離しちゃったから……うちのシチューのために……」
「い、いいんです。気にしないでください! 私がこの子を置いて取りに行っちゃったんですから。ひ、ひとまず……部屋で手当てをして、明日の朝病院に連れていってみます」
アンナさんはオロオロしながらそう言うけれど、コリンくんはよほど痛いのか、彼女の腕の中で仰け反って泣き続けている。あまりにも可哀想だ。とてもこのまま放ってはおけない。
(……大丈夫よね。このセレネスティア王国では、別に珍しいことじゃない、はず。……というか、私も随分久しぶりで、ちゃんと使えるかどうか分からないけれど……)
心配そうな表情のアンナさんと、一向に泣き止む気配のない可哀想なコリンくんを前に、私は決断した。
「アンナさん。ちょっと失礼するわね」
「……え?」
私はコリンくんの額の傷口に、そっと右手をかざしてみた。傷口を優しく撫でるイメージで集中していると、かざした私の手のひらにぼんやりとした光が現れる。続いて、徐々に見えはじめたわずかな金色の光の粒たちが、コリンくんの額にキラキラと吸い込まれはじめた。アンナさんが息を呑む気配がした。
「……だいぶマシになったかな。ごめんなさい、私の力では、このくらいが限界みたいで……」
彼の傷口は完全に塞がりはしなかったものの、痛々しく滲み続けていた血は止まり、それと同時にコリンくんもようやく泣き止んだ。
いつの間にか私の足元にやって来ていたユーリが、パチパチと拍手をする。
「まましゅごーい! きらきら、きれーい! こりんくん、なきやんだ?」
「うん。きっともう大丈夫よ。ほら」
私はユーリを抱き上げ、アンナさんの腕の中のコリンくんのお顔を見せた。ユーリは安心したようで、短いおててを伸ばしてコリンくんの前髪辺りをよしよしと撫でている。
「レ……レイニーさん……」
ふと気付くと、アンナさんが驚愕の表情で私のことを凝視していた。……あれ。どうしよう。やっぱり不気味だったかな。
育ての母には「気持ち悪い」と言われたこともあったけれど、この王国には私のような魔力を持った人も、まだたくさんいるはず。だから大丈夫だろうと思ったのだけど……。
(やだな、これがきっかけでアンナさんに嫌われちゃったら……)
そう思いながら微妙な表情で彼女にヘラッと笑いかけ、私はそそくさとその場を去ろうとした。大事なシチューをそっと抱える。
「本当にごめんなさいね、アンナさん。明日一応、病院で診てもらってね。コリンくん、バイバイ。おやすみー」
こちらを穴があくほど凝視しているコリンくんにもニコリと笑いかけ、私は片手にシチュー、片手にユーリを抱えたまま、自分たちの部屋の玄関ドアを無理矢理開けようとした。
すると突然、背後でアンナさんが大きな声を上げる。
「レイニーさん!! あ、あなた……治癒術が使えるの!? すごいわ!!」
「……へっ?」
おそるおそる振り返ると、コリンくんを抱えたアンナさんが、すごい形相で私のところへズカズカとやって来た。そして目を爛々と輝かせ、叫ぶほどの勢いで言う。
「どうしてこんなところにいるの!? 王都へ行くべきよ、あなた!! 治癒術師としての資格をとれば、今のお仕事よりもずっとずっと稼げるわよ!!」
「……そ……、そう、なん、ですか……?」
いつの間にかアンナさんの口調から、いつもの敬語が消えている。それほど動揺しているということだろうか。彼女の勢いに気圧されていると、アンナさんはさらにまくし立てる。
「そうよ!! 魔術自体が随分衰退している中で、治癒術が使える人ってとーっても貴重なのよ!? この王国にいるその数少ない治癒術の使い手たちは、皆王都の訓練所で腕を磨いて、立派な治癒術師になることを目指すの。だって……お給金が破格のはずよ!? 王宮で召し上げられたりしてる人たちもいるんだから!」
「……そうなんだ……」
「そうよ! それに王宮勤めにならなくても、自分で治療院を開けば、腕次第では相当稼げるはずよ! あぁ、レイニーさん……! あなたがこんなにすごい人だったなんて……! ビックリしたわぁ」
コリンくんを抱きしめ、頬を上気させながら尊敬の眼差しでこちらを見つめるアンナさんを見つめ返し、私はしばし呆然としていた。