19. ユーリ、三歳になる
「なるほど。週末にユーリ君のバースデーパーティーを」
「は、はい。いつもせっかくお時間を作っていただいているのに、訓練をお休みさせていただくのは本当に気が引けるのですが……よければその、今回は……」
私がおずおずとそう申し出ると、ノエル先生はいつもと変わらぬ穏やかな笑みを浮かべて言った。
「もちろん、構いませんよ。週末の訓練は他の治癒術師志望の人たちのためでもあるんですから、そんなに気にしないでください。むしろレイニーさんは毎週末休むことなく治癒術の訓練を続けているのですから、たまには一日ゆっくりと休んでほしいと私も思っていたんですよ。他にも用事がある時は、遠慮なく訓練を休んでくださいね。……そうか。ユーリ君は三歳になるんですね。まだ二歳だったとは思えないくらい、賢くてお利口な子だ。おめでとうございます」
「あ、ありがとうございます先生」
快くお休みをいただけた上に、ユーリのことまで褒めてくださった。いつも穏やかで、本当に素敵な先生だ。話せば話すほど、ノエル先生に対して好感を持つしどんどん好きになる。もちろん、雇用主としてだけど。
私が一人の男性として好きなのは、後にも先にもあの人だけ。
その時ふと、ノエル先生の表情から笑みが消えた。
「それと……、ソフィアさんから聞きました。バハロさんが、最近随分あなたにしつこく迫っていると」
「あ、はい……。迫っているというほどのものではないのですが、その、たしかに口説き文句に聞こえなくもない妙なことを言われたりしますし、最近ではお断りしても何度も差し入れを持ってきたりと、対応に少々困っておりまして……」
私が正直にそう答えると、ノエル先生は神妙な顔で頷く。
「分かりました。まだ通ってくるようでしたら、私からも一度釘を差しておきましょう。レイニーさんも、今後も困ることが続くようなら、遠慮せずに私に相談してください」
「はい。ありがとうございます」
温和で物静かな先生だけど、こういった類のことも見て見ぬふりせずちゃんと対応してくださるのか……。最高の先生じゃない。
私はますますノエル先生のことが好きになった。
そして迎えた週末。目を覚ましたユーリに、私はベッドの中で真っ先に祝福の言葉を伝えた。
「おはよう、ユーリ。今日で三歳ね。お誕生日おめでとう」
「……。……しゃんしゃい」
私の腕の中で、まだ寝ぼけまなこのユーリがそう呟く。そして次の瞬間、そのアメジスト色の目がパチーンと開いた。
「しゃんしゃい!」
ユーリは私の腕からすり抜けベッドを降りると、両手を上げお尻をふりふりしながら妙なダンスを踊りはじめた。
「しゃんしゃい! ゆーり、しゃんしゃいになった! わーい!」
はしゃぎまくるユーリに朝ごはんを食べさせ、一番マシなおめかし服に着替えさせると、私は張り切って準備をはじめた。
併設の保育園に子どもを預けているママさんたちにソフィアさんが声をかけてくれたため、他にもあと二組の親子がうちに来ることになっていた。小さな子どもたちが好きそうな料理やデザートを何品も作っている私の後ろで、ユーリも目を輝かせている。そして昨日から繰り返されている同じ質問を、興奮しながらまた投げかけてきた。
「まま、まま」
「はいはい? なぁに? ユーリ」
「まま」
「はいはい?」
「ららちゃんと、あいなちゃんと、るーくくんも、くる?」
「ふふ。そうよ。皆ママと一緒にユーリのお祝いのために来てくれるって。楽しみね」
「うんっ! いちゅ? いちゅくるの? ゆーり、おむかえいくね」
そう言うとユーリは突然玄関に向かいはじめる。
「っ!? ち、ちょっと待ってユーリ! 行っちゃダメ行っちゃダメ! もうすぐ皆来てくれるからね。おうちで大人しく待っていましょうね。ね?」
「……あい」
私がそう言うと、ユーリは少ししょんぼりしたように俯き、そして玄関のドアの前にちょんと座った。……ドアを凝視している。
「え、えっと……。まだもうちょっとかかると思うのよ。ほら、さっき起きたばかりでしょ? 皆も今からおでかけの準備をするくらいの時間だから……。あ、そうだ! ユーリ、ママがお料理してる間、またママの絵描いてくれないかなぁ? ママ、ユーリの上手な絵が見たいなー」
キッチンで手を動かしながら振り返ってそう言うと、ユーリはシャキッ!と立ち上がった。
「あいっ!」
途端に嬉しそうな顔をしたユーリは、画用紙とクレヨンが置いてある棚に向かいトコトコと歩き出した。そしてそれらを持ち器用に椅子に座ると、クレヨンを握り、真剣な眼差しで画用紙に向かいはじめた。私は小さく笑ってまた料理に戻る。
それから二時間ほど経った、ちょうどお昼時。待ち望んだユーリのお友達がやって来た。
「こんにちはぁ! わぁ、綺麗にしてるわねぇ。うちとは大違いよ」
「いらっしゃいソフィアさん、ララちゃん。わざわざ本当にありがとう」
「ゆーりくーん。あーしょーぼっ」
部屋に入りほんの少しだけキョロキョロしたララちゃんは、すぐにユーリの手を取り、まるで我が家を歩くように堂々とユーリを奥のリビングへと連れていく。
その後残りの二組の親子もやって来て、部屋の中は一気に賑やかになった。