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17. 少し苦手な患者さん

 数週間が経ち、仕事にもだいぶ慣れてきた。待合室にいる患者さんを振り分けられた診察室へと案内し、たびたび術師の先生方の治療の瞬間を見ることがあった。皆さん流れるような華麗な手さばきで術を施し、その手のひらから私とは比べものにもならないほどの光の束を発している。そして思わず見惚れている間に、大抵の傷は跡形もなく治ってしまう。患者さんもそうだけど、私も思わず感嘆のため息を漏らしてしまうほどだった。


(は、早くこうなりたい……! 私ももっともっと頑張らなきゃ……!)


 術師の先生方の魔術を見るたびに、私はそう決意を新たにするのだった。


 ある日のお昼休憩前、午前中の患者さんのほとんどが帰っていった治療院の受付に立ち、私はソフィアさんと少しお喋りをしていた。彼女とは休憩時間に子育て話でしょっちゅう盛り上がっている。


「昨日私の両親が田舎から出てきたもんだから、もうララがはしゃいじゃって」

「わぁ、そうなんですね! ふふ、楽しそうで羨ましいです」


 こういう話になると、ユーリには私以外の身内がいないことを申し訳なく思う気持ちがじわりと込み上げてくる。もちろん、その分私がめいっぱいの愛情を注いであげればいいのだということはよく分かっているけれど。


「そうなのよ。ララの誕生日が二ヶ月前だったんだけどさ。両親はその時来られなかったから、誕生日プレゼントとかを持ってきてくれたってわけ」

「へぇ。ララちゃんは……じゃあ二ヶ月前に、三歳に? おめでとうございます」

「そうそう。ふふ、ありがとう。そういえば、ユーリくんは何歳? 勝手に同じくらいだと思っていたけど」

「はい、同い年ですね。うちは来週末で三歳になります」


 私が微笑んでそう答えると、ソフィアさんが目を見開いた。


「えっ。来週末がお誕生日なの? うわぁ! じゃあ、皆でお祝いしましょうよ。ユーリくんのバースデーパーティー!」

「……えっ……」


 突然の提案にビックリして、私はソフィアさんの顔を見つめた。彼女は瞳をキラキラさせて言う。


「ほら、レイニーさんシングルマザーって言ってたでしょう? ユーリくんの父親とは、連絡とってないって。きっといろいろと事情はあるんだろうけどさ。あまり賑やかな誕生日なんかは過ごしたことないんじゃない?」

「た……たしかに、そうですね。でも……」


 ソフィアさんの言う通り、ユーリの一歳の誕生日は、私とアパートの中で二人きりでお祝いした。二歳の時は……、あ、当日は保育園だったかな。夜に私の作ったケーキを食べながら手縫いのぬいぐるみを渡して「おめでとう」って言ってあげたんだっけ。


「い、いいんですか? うちのために、そんな……」

「もちろんよ! せっかくこうして子どもたちも仲良くなったんだし、レイニーさんのお部屋に行ってよければ、ララと二人でお邪魔させて。あ、他のママさんにも一応声かけてみましょうか。週末、空けられる?」

「……はいっ! ありがとうございます」


 ここに勤めはじめて以来、週末はノエル先生の訓練を休んだことはまだ一度もなかった。けれど、こうしてお友達親子がユーリのために祝ってくれるというのだ。その日くらいはユーリを最優先にしても罰は当たらないだろう。

 ねぇねぇ、ちょっといい? と、受付のバックヤードにいる保育園に子どもを預けているママさんたちに、ソフィアさんが声をかけに行ってくれた。閑散とした受付前に一人で立ち、私は思わず微笑んでいた。ユーリがどんなに喜ぶだろう。ご馳走たくさん作らなくちゃ。お部屋の飾り付けも、めいっぱい頑張ろう。

 そんなことを考えていた、その時だった。


「なんかバカに賑やかだったなぁ。勤務中だろ?」


(……っ!)


 ハッと顔を上げると、診察室の方から一人の大柄な男性がニヤニヤしながらこちらに歩いてきていた。バハロさんだ。私はこの人が、少し苦手だった。

 けれどそれを決して顔には出さないよう気を付けながら、私は彼に謝った。


「……申し訳ありませんでした。うるさくしてしまって」

「へへ。冗談さ。構わねぇよ。どうせもう誰もいねぇじゃねぇか。女同士、お喋りしたい時もあるよなぁ? 俺は理解のある男だぜ」


 どこまでが冗談のつもりなのかは分からないが、バハロさんは片方の口角を上げてニヤリと笑うと、受付のテーブルに両肘をついてこちらにグイッと顔を近付けてきた。筋骨隆々な彼の腕は驚くほど太い。距離の近さに、私は無意識に一歩後ろに下がってしまう。


「お会計、少しお待ち下さいね。あちらにお座りに……」

「今日も綺麗だなぁ、レイニーちゃん。チラッと聞こえたんだが、あんたシングルマザーなんだって? 子どもがいるのか?」







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