恋に溺れる主人に、側近が厳しく言い続けた結果
「第一王子殿下、どうかミレーヌ嬢ばかりを愛でるのではなく婚約者であるリリス様を大切になさってください」
恋に溺れる主人に、そう告げる。
もう何度目かわからないこの言葉に、主人は心底嫌そうな顔をした。
「あんな身分制度を振りかざすだけの無能に、何をしろと言うのだ」
「リリス様は無能ではありません」
どちらかといえば、我が主人の方がよほど…。
そこまで思って、頭を振って不敬な考えを隅に追いやる。
「リリス様は身分制度を振りかざしているのではなく、将来第一王子殿下の側室となるミレーヌ嬢に物事を教えて差し上げているのです」
「ん?どういうことだ?」
「ミレーヌ嬢は男爵家の娘で、立場というものをあまり理解しておられない。だからこそリリス様は敢えて厳しく接して…」
「いや、そうではない」
我が主人はキッパリと言った。
「ミレーヌを側室にする気はないぞ」
「ああ、学生の間の夢物語とするおつもりでしたか?だとしてもリリス様をもっと…」
「そうではない」
続く言葉は、私を地獄に叩き落とすものだった。
「リリスと婚約を破棄して、ミレーヌを妃に迎える。ミレーヌ以外の妃を持つつもりもない」
「…は?」
幼い頃から仕えていた主人が、まさかここまで無能とは。
それなりに物を教えてきたつもりだったが、意味はなかったということか。
ならば、国のために私ができることは一つ。
「…主君、急用が出来ました。至急国王陛下にご報告することがございますので、これで失礼致します」
「そうか、ご苦労」
私は主人から離れ、急ぎ国王陛下と王妃殿下にこのことを伝えた。
国王陛下は困ったように呻き、王妃殿下はほらみたことかと失笑していた。
王妃殿下は国王陛下に、寵妃の産んだ第一王子は断種して離宮に押し込め、その面倒は第一王子をダメにしたミレーヌのみに見させるよう進言した。
それは国王陛下に受け入れられた。
まだ決まっていなかった王太子は、王妃殿下の御子である第二王子殿下に決まった。
「…とりあえず、これで国が困った事態になるのは避けられるはず」
それでも最悪の状況に変わりはないが…まだ、マシなルートに乗れるだろう。
国王陛下と王妃殿下の腹は決まった。
優秀な第二王子殿下なら王太子としても上手くやってくださる。
あとは…リリス様。
美しい彼の方は、何を思われるのか…。
「ともかく、王妃殿下からの命だ。リリス様のご実家である公爵家にも伝えねば」
私は馬を走らせた。
「まあ、そんなことになったんですのね」
リリス様は驚いた、というような顔をされたが…実際にはこうなることを予想していたのかもしれない。
取り乱す様子もなく、困った顔をしただけだった。
「第一王子殿下の有責での婚約破棄となりますので、王家から相応の賠償をお約束致します…とのことです」
「王妃殿下は本当に、わたくしに甘いわね」
「将来義理の娘となるのを楽しみにしていた、残念だと仰っていました…」
「わたくしも、残念だわ。けれど第二王子殿下はとても素晴らしい方ですし、その婚約者のマーレ様も王妃に相応しい美しい方。こうなってよかったのでしょうね」
「…リリス様」
どこか憂げな瞳に、なんと声をかけたものか。
「でも、困ったことにわたくし…実家が太いの」
「え?ええ、そうですね」
「だから相応の賠償と言っても…正直…」
ああ、リリス様にとってのうまみは少ないか。
「だからね、一つだけわがままを叶えていただけないかなって」
「…王妃殿下に、ご相談をしてみます」
「ありがとう!さすがはウィリアムね」
「いえ、私にはそのくらいしか出来ませんので」
「十分よ、ありがとう」
微笑むその人は、本当に美しくて。
第一王子殿下は、それを一番に愛でる立ち位置に居ながらなぜ振り向きもしなかったのか。
理不尽かもしれない、苛立ちを覚えた。
「なるほど、一つだけわがままを…」
「はい」
「いいでしょう。おそらくあの子が望むであろうものも分かっていますから」
「は…そうなのですか」
「…どうして男って鈍い人ばかりなのかしら」
シラーッとした目で私を見つめる王妃殿下に困惑する。
「まあ、殿方が全般的に鈍いおかげであの子も気付いてなくて、だからこそ貴方はあの子の側近でいられたのでしょうけれど」
「???」
「まあいいわ。ところで貴方、わたくしの可愛い義娘…ではもうないんだったわね…リリスのことはどう思うの?」
「は…い?お美しい方です」
「ふむ」
続けろと目で言われ、続ける。
「見目の麗しさはもちろんのこと、所作一つとっても他のどのご令嬢にもない気品を感じます。さらに、心根も美しい。恋敵であるミレーヌ嬢にも厳しくもお優しい彼の方は、この国の宝といって問題ないでしょう」
「…ふふ、同感だわ。いいでしょう」
「いいでしょう、とは?」
「貴方とリリスの婚約を認めます」
「…は?」
なんのことだと混乱している間に、王妃殿下はリリス様に文を認めて私に託した。
「混乱しているところ悪いけど、これをリリスに届けなさい」
「は…はい…?」
「…まあ!王妃殿下は、わたくしのお願いごともお見通しだったのね!ウィリアム!わたくしたち、今日から婚約者同士よ!」
「…はい?」
「詳しくはまた改めて、両家のあれこれもあるけれど。王妃殿下からの命だもの!通るわ、必ず!」
「いや…えっと」
リリス様の嬉しそうな表情に、やっと気付く。
「まさか、リリス様が欲していたものは…」
「そう、貴方よ!え、あ、いきなり過ぎたかしら」
「は、はい…」
困惑のまま頷けば、彼女は歌うように語り出す。
「わたくしね、第一王子殿下のため、この国のため、この恋心は永遠に封じるつもりでいたの。実際、王妃殿下以外には知られていない自信があるわ」
「…」
「けれど、もう隠す必要もない。だから言わせて」
目を見て、はっきりと告げられた。
「…愛してるわ、ウィリアム。幼い頃、第一王子妃となるべく厳しい教育を受けていたわたくしを陰で支え、励ましてくれたのは貴方だった。本当に、大好きなの」
「リリス様…」
「貴方は…わたくしをどう思うの?」
不安そうに見つめられて、ため息が漏れた。
「似たもの同士なのでしょうね、私たちは」
「ウィリアム…?」
「私も。この恋心は封じて、この国のため、働くつもりでいました…でも、もう心を殺す必要はない」
美しい婚約者の頬を撫でる。
「貴女が私のものになるなど、考えたこともなかった。けれど…ああ、本当に嬉しいものですね」
「ウィリアム…!」
「リリス…と呼んでも?」
「ええ!」
「リリス、愛しています」
この口付けは、誓いだ。
何を犠牲にしても。
貴女を幸せにする。
そんな、誓いのキスだ。
とある夫婦が生まれた。
妻は夫をとても愛した。
夫もまた妻を愛した。
子宝にも恵まれて、やがて孫にも恵まれた。
貴族としては、それなりの人生だったかもしれない。
だが夫婦は、最期までずっと二人寄り添って、愛し合って生きてきた。
それだけで、二人は本当に幸せだった。
ということでいかがでしたでしょうか?
側近というのも大変ですね。
きちんと忠告しても主人が聞いてくれなければ、なんの意味もないですからね。
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