悪役令嬢育成スクール
悪役とは、スパイスである。
悪役こそが、英雄を英雄たらしめる。
悪役こそが、聖人を聖人たらしめる。
目指すべきは、適度なスパイス。
それこそが、悪役令嬢の存在意義。
世の中が平和になると犯罪率が低下するかといえばそうでもなく。確固たる悪がいる時には悪足り得なかった者が、平和な世では悪となったりするもので。
要は、何事も程度が大事ということだ。
この国立悪役令嬢育成スクールは、2代前の国王が真の平和を目指し設立した学習塾だ。
姉妹校として悪役令息育成スクールもあるが、今回は割愛する。
この学習塾は学費無料、寮あり3食付き、生活費補助あり。それでいて高レベルな教育を受けられるとあったもので、卒業後5年間強制的に悪役を演じなければならないにもかかわらず、生徒から不満が出ることはほとんどない。
しかし大半の国民はその存在を知らず、生徒はスカウト方式である。
在籍中学内ランキング1位。卒業後も悪役令嬢オブ悪役令嬢の名を欲しいままにし、悪役公爵令嬢を立派に勤め上げた彼女もまた、かつては路地裏で這いつくばって生きているような子どもだった。
「君、お嬢様になりたくないか?」
「3食お腹いっぱい食べられるよ」
「おやつだって食べられるよ」
「きれいなお部屋でいっぱいのおもちゃで遊べるよ」
「ふかふかのベッドで寝られるよ」
こんな頭の悪い勧誘句で運良く後にランキング1位となる彼女を獲得し営業成績1位に躍り出たのだから、世の中なんとも理不尽なものだ。
流石は運だけで生き延びてきたような男である。
「まて。ちょっと止めろ」
「なんスかセンパイ」
「何でもクソもネェだろが!? なんで入塾者向け学内案内に俺の悪口がいるんだよ!」
そう、今まで見ていた映像は入塾者向けのプロモーションビデオだ。
ナレーションは外部委託したが、台本を書いたのはここにいる後輩である。
「お嬢様たちの育成に悪いんでその口の悪さ直したほうがいいっスよ」
「お前が言う!?」
「まあ入塾者向けっつってもこいつのターゲットは親がいる子どものための親向けPVっスからね。そもそも上の許可通ってますし今更です」
この後輩も冗談のつもりで添削される前提で書いたのだが、ターゲット層的にもブラックユーモアが多少あってもいいだろうと通ってしまった。
本当に世の中ままならないものだ。
「こんなこと書きはしましたけど、ちゃんと尊敬してるんで許してくださいよ。あと好きです」
そう言って自ら拾い上げた元悪役令嬢が最上と言われた微笑みを向けると、男は顔を耳まで赤く染め、「うるせぇ…」と力なくそっぽを向いた。