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桃源郷の管理人

【前書き】


〖物語について〗


この物語は中国の歴史をベースにはしていますが、なるべく歴史的事実を省略して、幻想的な桃源郷の雰囲気を(かも)し出せるように、敢えて語り口調の童話風にしてみました。お気軽にお読みいただければ幸いです。[筆者]



《ジャンル》中華風童話[書き下ろし]


《背景》唐の時代・玄宗皇帝の御世


《登場人物》


阿倍仲麻呂(あべのなかまろ)


本作の主人公。

遣唐使で唐に渡来した若き官吏。

唐の科挙に一発合格した俊才。

桃の木屋敷の怪事件に挑むが…。



吉備真備(きびのまきび)


遣唐使で唐に渡来した最年長の官吏。

年齢の壁で科挙に挑めなかった負い目がある。

仲麻呂の才能を認めながら(ねた)みがある。

玄宗皇帝の信頼が厚く側近として活躍。

途中想わぬ誤算から道を踏み外すが…。



井真成(いのまなり)


遣唐使で唐に渡来した留学生。

科挙試験のために修学中。

その合間に真備の手伝いをしている。

都を騒がす盗人(ぬすびと)緑青庵(ろくしょうあん)との関係は?



玄昉(げんぼう)


遣唐使で唐に渡来した僧。

真備の手足となり力を尽くす。

真成の良き相談相手。



玄宗(げんそう)


唐の現皇帝。武則天の孫。

偉大な祖母の為に苦難の道を歩む。

内部抗争を終息させて太子となる。

その能力ゆえに治世を実現させる。

真備や仲麻呂を高く買っている。

傾国の遠因を作った事件に遭遇する。



緑青庵(ろくしょうあん)


唐の都・長安を騒がす怪盗。

正体不明の義賊。殺しは絶対にせず、

悪徳商人や阿漕な官吏ばかりを狙う。

その正体とは?



桃源郷(とうげんきょう)(ぬし)


"自称"管理人

正体不明の老人。

長い白髪と長い白髭を持つ。

仲麻呂を気に入っている。

(とう)玄宗皇帝(げんそうこうてい)の時代のお話しです。


(みやこ)長安(ちょうあん)の片隅に一軒の大きなお屋敷がありました。


「どこのお大臣様が住んでいるんだろう?」


都に住む民たちは口々にそう噂し合いました。何しろ門構えが立派で高い(へい)は人を寄せつけません。


昼間はシーンとして静かですが、夜になるとザワザワと人の動めく音がしたり、ヒソヒソと人の(ささや)き合う声がするともっぱらの噂で、それはまことしやかに喧伝(けんでん)されていたのです。


そして不思議な事には、はっきりと持ち主がわからないのに誰一人として確かめようとしない事でした。


ある者は武則天(ぶそくてん)(注①)の御世(みよ)の離宮の名残(なご)りだと言い、ある者は高祖(こうそ)李淵(りえん)(注②)時代の東宮(とうぐう)御所(ごしょ)太宗(たいそう)李世民(りせいみん)(注③)が太子の頃に住んでいたんだと(うそぶ)きました。


そのうちに現皇帝・玄宗(げんそう)の別荘だとの認識が強くなり、皆そう想うようになってからは特段、怪しむ者もおらず、いつしか民の間で噂になる(いこ)いの場所となって行ったのです。


それというのもこの不思議なお屋敷からはとても良い(にお)いが(ただよ)ってくると共に、噂話(うわさばなし)が大好きな民の関心を放って措かない奇妙(きみょう)な現象が続いていたからでした。


いったいどんなことかと申しますと、あれだけ高い塀に四方が囲まれているにも(かか)わらず、その屋敷の塀の上からはこれ見よがしに、それは見事な桃の木の枝が、(しだ)れるように頭を(のぞ)かせて居て、年中それはそれは重そうな丸くて大ぶりの桃の実が成っているのです。


見るからに、たっぷりとした果汁を含んだ美味しそうな桃の実であることは、誰の眼にも明らかでした。


そしてこの実はいつ通り掛かっても、変わらず実っており、収穫された気配もそして腐る気配すら無く、いつも変わらぬ優美さを誇っていたのです。


こんなに美味しそうな大きい桃の実が成っていたら、普通なら善からぬことを考える者がひとりやふたり、必ず出てくるに違いありません。いえ…誰しも一度ならずもそう考えなかった者は無かった筈です。


『いつか誰かがやらかすに違いない!』


皆、そう想いそれを()()びている(ふし)すらあったのです。ところがその想いは、待てども待てども叶う事は無かったのでした。


『いったいどういう事なのだろう?』


皆、不思議そうにそう考えています。


人とは果たしてそんなに善良な者ばかりなのでしょうか。それとも時の権力者・玄宗の離宮だという噂からか、皆、命を惜しんで控えているのでしょうか。


けれども民が幾ら塀の外近くを徘徊(はいかい)して、物欲しそうに桃の実を眺めていても、特に小うるさい執事や番兵が出て来る訳でもありませんし、そもそも大きな門構えの屋敷の割には、門番の兵すら立っていないのでした。




唐の都・長安は玄宗皇帝の治世により、上は官から下は庶民まで活気と(うるお)いがあり、確かに当初は、盗人や追いはぎ等も鳴りを潜めてはいました。


しかしながら、人が人である以上は必ず楽して稼ごうという(やから)の一人や二人いても可笑(おか)しくはありません。


現にここ最近 (ちまた)では、緑青庵(ろくしょうあん)という頭目の噂が絶えませんでした。疾風のように現れて疾風のように去って行く。


ー緑青庵という貼り紙だけを残してー。


いったい緑青庵(ろくしょうあん)とは何者なのでしょうか。一人なのかそれとも複数人の野盗団(グループ)なのか、それすらも判っていなかったのです。


もちろんこういう話しにはすぐに飛びつくのが庶民の(たの)しみですから、色々な説が飛び交い、噂話に花が咲いたのです。


但し、ひとつ明らかな事があるとすれば、この緑青庵は"人殺し"に及ぶ事は只の一度もありませんでした。


そして狙われた家も、(ちまた)で一度は必ず噂になるほどの悪徳商人や、阿漕(あこぎ)にも(まいない)(むさぼ)官吏(かんり)の屋敷がその対象でしたから、むしろ庶民には人気があったのです。


そしてその関心は、自然とこの二つの現象を結びつけて考えるようになるのです。


『ひょっとしたら、あの屋敷は緑青庵の寝ぐらじゃないか?』と考える者も居りましたし、『いやいや、そうじゃ無い!だが人智を越える謎を解けるとしたら、義賊(ぎぞく)と呼ばれる緑青庵しか在るまいよ!彼らが潜入して調べれば、必ず謎が解けるに違いない♪』そう皆が口々に噂するようになって行くのです。


こうなって来ると、多少手を(ゆる)めていた捕り手の役人も放っておけなくなりました。


「寝ぐらなら捕縛(ほばく)せよ、そうでなくても緑青庵にこれ以上いい恰好(かっこう)をさせてなるものか!」


そんな具合で、まずは御上にお伺いを立てる事になりました。この当時の都・長安では風紀が徹底されており、そう簡単には軍事力の行使は出来ませんでした。


それに下手に兵を都大路(みやこおおじ)に展開させられるとなれば、国家(こっか)転覆(てんぷく)(はか)(やから)が出ないとも限りませんものね。


さらに言えば(くだん)の屋敷はあの玄宗皇帝の離宮というのがもっぱらの噂であり、迂闊(うかつ)に踏み込んで目的を達成出来なければ、(かえ)って勇み足で罰せられる危険もあったのです。


さて、ここで登場するのが吉備真備(きびのまきび)という男です。この男は遣唐使でここ長安に(はるばる)々やって来た倭国(わこく)の官吏でしたが、年齢が高かったがゆえに唐の国家試験には挑戦する事が出来なかったのです。


しかしながら遣唐使として渡来した際に、その能力の高さを買われ、あくまでも"客分"扱いで、皇帝のお側近くに(つか)えていました。


そこで、真備(まきび)を通じて皇帝に許可を願い出るという運びとなったのです。と言いますのも、都・長安の警備責任者として当時職務を(にな)っていたのは、阿倍(あべの)仲麻呂(なかまろ)というやはり倭国の官吏でした。


仲麻呂(なかまろ)真備(まきび)と同じ遣唐使でここ長安にやって来ましたが、まだ若く俊才でした。唐の科拳(かきょ)と呼ばれる国家試験はとても難しく、当時は各地の有力者の推挙が無ければ受けられない程の難関でした。


けれども彼には天皇の後立てがあり、皇帝の覚えがめでたい真備の推挙もありましたので、受験するには特に障害はありませんでした。後は彼の実力次第といった所でしょうか。


ところがこの男、特に緊張するでも無く実力で合格を勝ち取ったのです。大の男でも手に汗をかくほどの緊張で、その実力が発揮出来ない事もあるというのに、サバサバとした平常心を貫き、一発合格を成し逐げたのですから、これには真備も皇帝すらも驚いたと言います。


そしてその精神力の強さを買われて、都の警備を任せられる事となったのでした。仲麻呂は和歌や漢詩、連歌にも通じる教養の高い男でしたが、刀剣や弓の腕前もなかなかのものでしたから、長安の治安は安全に守られて来ました。


けれども緑青庵との暗闘だけは解決する事が出来ずに居たのです。彼にとっては庶民の噂の根源を叩くというまさに千載一遇のチャンスなのでした。


「陛下、陛下は都の外れに離宮をお持ちとか?そこにあの緑青庵が身を隠しているという噂があるのです。先程、仲麻呂から兵を持ってこれに当たりたいとの(ねがい)が出ています。如何(いかが)(いた)しましょうや?」


真備は単的に上訴伺いを立てました。ところが、当の玄宗は首を(かし)げて困った顔をしています。いったいどうしたと言うのでしょう。


実は玄宗にはあちらこちらにたくさんの離宮がありましたが、真備のいう都の外れには持っていませんでした。しかも高い塀に囲まれた桃の木が(あふ)れた離宮など存在しなかったのです。


彼はハタと困りました。本当の事を言うべきか迷ったのです。ところがここで玄宗に(ひらめ)きが降り立ちました。


『あぁ~そうか!皆がそう想い込んでいるなら、この件が解決した暁には儂が接収しても文句はあるまいよ。しかしあんなところに桃の木屋敷なんぞあったかのぅ~?儂は先の皇帝の御世に太子であったから、この周辺の事は漏らさず知っておるが、そんな場所は知らんがなぁ??まぁ良い!許可しておこう♪』


何ともお気楽な皇帝と(おぼ)()す無かれ。この太平の世は玄宗だから立てられた功績なのです。けれども彼自身もその太平の世の中に慣れてしまい、最近はとみにやる事が無くて退屈していました。


そこで誰もがハタと気づきます。


ー自分は今まで寝食を惜しんで働いて来た。この世の太平は全て自分のお陰である。きちんと道筋は着けてやったのだから、これからは皆が励む番だ。自分はこの際、一歩引いて、これまで出来なかった趣味に興じても最早、誰も文句は言うまい。今後は指示だけ出していれば、後は優秀な官吏が上手くやるだろうー。


玄宗の治世にだんだんと(ほころ)びが目立ち始めるのはまだまだ先の話しですが、もしかしたらこの時を境に、彼は下り坂を転落する羽目になったのかも知れません。


「あぁ…あの屋敷か?盗人(ぬすびと)を探すのは構わぬが、桃の木には害を及ぼさぬように注意せよ!後は好きにして良い♪」


玄宗は真備に許可を与えました。そして遂には真実を言い出す切っ掛けを自ら棒に振ったのです。


けれども玄宗はこの時はまだそんな事は些細な事と気にも止めていませんでした。むしろそんな事よりも真備から聴いた桃の木屋敷の事ばかりを夢想していたのでした。


『桃の匂いが漂う神秘的(ミステリアス)な離宮かぁ…いったいどんな景色かのぅ♡早く観てみたいものじゃな♪』


彼はその情景を彼なりに妄想しながら、悦に入っていたのです。彼がここで本当の事を告白していたなら、その後の状況は少しは変わっていたのかも知れません。


「承知しました。その旨、仲麻呂に伝えましょう。彼もきっと喜ぶに違いありません。では!」


真備は拝手するとさっそく仲麻呂に許可を与えたのです。当然の事ながら、仲麻呂は張り切って出発しました。


真備は仲麻呂が出立(しゅったつ)したのを確認すると、使いをやって遣唐使仲間の井真成(いのまなり)にしばらく沈黙するように指示を出しました。いったいどういう事なのでしょうか。


少し話しを戻すとしましょう。




真備は玄宗の治世をとても誇らしく感じていました。そしてその皇帝は、本来なら科挙に合格しなければ任官出来ない重要ポストを、"客分"という扱いで()り抜けさせ、皇帝の絶対権力でこの任官を行使したのです。


お陰で真備は皇帝の補佐官職を拝命しました。勿論、彼の実力が本物だったからこそ成せた技であり、周りも彼の出した結果を受けて認めたのです。


今や誰もが彼を信用し、頼りにしています。そして真備自身もその御恩返しにと、玄宗の治世に少しでもヒビを入れる(やから)は許しておけないと、その辣腕(らつわん)(ふる)ったのです。


彼は遣唐使仲間の井真成(いのまなり)に声を掛けて、汚職官吏や悪徳商人の調査をさせて、始めのうちは上手く摘発に成功していました。


ここまでは順風満帆だったのです。ところがある時から、その摘発が後手に廻るようになりました。緑青庵の出現です。井真成(いのまなり)は後手に廻った事に陳謝し、三回に二回は検挙に結びつけました。


ところがだんだんとその回数は三回に一回になり、さらにその確率は日に日に落ちていったのです。井真成(いのまなり)は緑青庵に裏を()かれるのは内部に手引きする者が居るからだと訴えます。


真備は始めは信用していたものの、やがてハタと気づきました。


『こいつ、もしかして職権乱用してとんでも無い行動に出ているのでは?』


そう勘繰(かんぐ)ったのです。でもさすがに証拠も無しに決めつける訳にも行きませんから、やはり遣唐使仲間の坊さんである玄昉(げんぼう)に、その行動を見張らせました。


すると何という事でしょう。それが逆に藪蛇(やぶへび)と成ったでは在りませんか。実は緑青庵の正体こそ、その坊主である玄昉(げんぼう)だったのです。


それは些細な切っ掛けで、玄昉(げんぼう)は自分から真備の目を逸らすために懸命に成り過ぎたのです。そして頭目本人しか知り得ない事をポロっと洩らしてしまったのでした。


これで井真成(いのまなり)は九死に一生を得ました。疑いは晴れ、全ては彼を通して手に入れた情報を駆使した玄昉(げんぼう)の暗躍と断定されたのです。


そもそも緑青(ろくしょう)とは銅や真鍮(しんちゅう)()びて青緑に変色した物です。そして仏に帰依している者は、仏像や擬宝珠(ぎぼし)が青緑に錆びる事を良く知る者でした。


仏の道に反する行いに手を染める…これぞ正に"身から出た錆び"という事なのでしょうか。何とも自虐的(じぎゃくてき)な物言いでは在りませんか。


そして(あん)というのも洒落(しゃれ)た言い方です。(あん)は"いおり"とも呼びますから、寺の住職が()(いおり)とも考えられたのです。


ここまで考えると、とんだ食わせ者の輩という事にも成り、真備はたまげてしまったのです。もはや開いた口が(ふさ)がらないとはこの事でした。


苦楽を共にした者同士ですから、信用して当たり前であり、また遠く異郷に身を置く者同士でもあり、固い絆で結ばれた同志だと思い込んでいたのです。


それに仏に帰依した者が浮き世の悪辣(あくらつ)な面を地で行くなんて考えようも無かったのです。井真成(いのまなり)の言った内部漏洩とは正にこの事でした。


玄昉(げんぼう)井真成(いのまなり)の教育係でもあった訳ですから、情報が漏洩するのは必然であったのです。


井真成(いのまなり)は無論の事、真備もかなり意表を突かれ、完全に騙されていたと知った時には、最早、後の祭りだったのです。


ところが、当の玄昉(げんぼう)にも異論は在りました。"私腹を肥やし自分勝手に振る舞い、法の精神を愚弄(ぐろう)する輩に仏の鉄槌(てっつい)を下しただけだ。自分は仏の代理である"と。


「誰かがやらなければならないのだとしたら、それは仏の道に帰依した(わし)の役割で在ろう。儂はけして殺生(せっしょう)はしておらん。盗みを働いたつもりも無い。金銭は本来、国や庶民の為に広く使われなければ成らないものだから、儂は私腹を肥やしたりはしていない。天に代わって鉄槌(てっつい)を下し、得た物は全て持ち帰らずに埋めてある。御所望ならばいつでもお引き渡し致そう♪」


けれども真備に言わせれば、そんな事は言い訳にも成りません。なぜなら当の本人が仏の道を踏み外す行為をしておきながら、仏の道を説くなど持っての外だからです。


但し、ここはある意味正念場でした。同じ倭国の仲間が、事もあろうに都を騒がせる盗人"緑青庵"である等とどうして言えましょう。


そこで井真成(いのまなり)とも協議の上で仕方無く、これまでの玄昉(げんぼう)の行為に目を(つむ)る事にしたのです。


その代わりとして、今まで奪い取った金銭についてはその全てを差し出させ、二度と手を染めぬように誓いを立てさせました。


その上で玄昉(げんぼう)には引き続き、井真成(いのまなり)の摘発に協力させて、罪滅ぼしをさせる事にしたのです。


勿論、この事は玄宗皇帝にも秘匿する必要は在りましたし、阿倍仲麻呂にも打ち明ける事は出来ませんでした。


なぜなら、阿倍仲麻呂という人は正義の人であり、また高潔な人であったので、こんな恥ずべき事には巻き込めなかったからでした。


三人は結託して秘密を守り、玄昉(げんぼう)に差し出させた銭は真備が摘発の際の没収財産の中に上手く紛れ込ませて、唐の国庫の中に返却する事で有耶無耶(うやむや)にしたのでした。




さて、当の仲麻呂はどう思っていたのでしょうか。彼は都・長安の治安を預かる警備責任者です。皇帝の命を帯びた真備の指示があれば、即時行動するのが彼の役目でした。


先に緑青庵との暗闘に勝てずと申しましたように、実際に現場の指揮を取っていたのは仲麻呂でした。


彼のところにはいつも井真成(いのまなり)から情報が届いていましたから、それに沿った作戦計画を策定して突入を繰り返していたのです。


でもなかなか思うようには戦果は上りませんでした。いざ突入してみるとすでに賊は去った後で、その足取りすら想うように掴めない事がしばしばあったのです。


仲麻呂は優秀でも捕り手の配下に問題があったのでしょうか。いえいえ、彼は日頃から配下をしっかり鍛え上げていましたし、配下も仲麻呂に敬意を持っていましたから、彼の指示を着実に守り包囲網を緩める事無く万全を期していました。


『なぜなのだろう…』


仲麻呂は想いました。けして手を抜いているつもりは無い。そして自分にも配下にも落ち度は無かった筈だと自負していました。にも拘らずいつも寸でのところで緑青庵には逃げられてしまいます。


『奴は神か仏か、或いは化け物なのか?』


仲麻呂の忸怩(じくじ)たる想いは、そこまで想起させる程に追い詰められていたのです。


彼はまだ気づいていませんでしたが、この時の仲麻呂の想像はとてもその核心に迫っていたのです。何しろ相手はあの"仏様の代理"なのですから。


但し、彼が緑青庵の足取りを掴めず、再三に渡り取り逃がしても、彼にお(とが)めがあった訳では在りませんでした。


それはなぜなのかと申しますと、彼の任務はそもそも緑青庵を捕らえる事では無く、悪徳商人や阿漕な官吏を摘発する事だったからです。


その点に於いては先に述べた様に、成果はぼちぼち上がっておりましたし、玄宗も国庫の実入りには大いに満足していましたから、お咎めどころかますます仲麻呂の評価は(うなぎ)(のぼ)りと成っていったのです。


(とど)のつまり、あくまでも緑青庵に(こだわ)っていたのは仲麻呂 只一人(ただひとり)と言っても過言では無かったのです。それは彼が一番、民の声に近い場所で職務を全うしていたからなのでしょう。


彼は幸いな事には、そんな事で一喜一憂する性分では在りませんでしたから、いちいち浮き足立つ事は無かったのですが、ひしひしと伝わって来る民の無言の圧力(プレッシャー)は感じていました。


民にとっては悪徳商人や阿漕(あこぎ)な官吏が捕えられる事も嬉しい事には違いありません。だから仲麻呂は民にとっては正義の使徒であり、憧れでした。


けれども民の関心はどちらかと言うと、"緑青庵"という悪なのか正義なのか判らない不思議な魅力を放つ盗賊に在り、いつしかそれは民の間で当たり前のように、自然発生的に語り始められる事になるのです。


人畜無害な民の唯一の愉しみとは、"誰が緑青庵を捕えるのか?"でした。そしてやがてそこには、自然と緑青庵vs仲麻呂という構図が出来上がっていったのです。最早(もはや)そこには、本人達の意思など入る余地は微塵(みじん)も無かったのでした。


仲麻呂や彼の部下達が都大路を歩く時には、民衆からは必ず声を掛けられます。それはそれは温かい励しの声が鈴鳴りのように響いてきます。


けれどもそれは私腹を肥やす者共の検挙にというよりは、緑青庵検挙に挑む彼らの意気込みを賞賛するものでしたから、再三空振りに終わっている彼らからしてみれば、それを無言の圧力と感じても仕方無かったのだと言えましょう。


仲麻呂が民の噂の根源を絶つと強い意気込みを表したのも(うなず)けると言うものでした。


しかしながら、仲麻呂が実際に桃の木屋敷に突入する切っ掛けとなった事柄は、また別のところにありました。民の圧力はその後押しでしか無かったのです。


ではその事柄とは何なのでしょうか。これからその辺りの事を語ろうではありませんか。




その切っ掛けとは、玄昉(げんぼう)の正体が真成(まなり)真備(まきび)に露見して、しばらく経った頃の事です。


玄昉(げんぼう)は既に"緑青庵"としては引退を余儀無くされており、その(かせ)ぎとして埋めてあった銭や宝物の数々も埋蔵金となる事も無く、全て国庫に返却されておりました。


彼の中にはこの長安で一時を駆け抜け、悪党に引導を渡し、民の喝采(かっさい)()びて、一世風靡(いっせいふうび)した高揚(こうよう)しか、最早(もはや)残っていなかったのです。


人は一旦、知ってしまった高揚感をなかなか(ぬぐ)えるものでは無いと言います。それは仏の道に帰依した玄昉(げんぼう)でさえ例外では無かったのです。


いやいやこの人は悪の道と知りながら、その観念を()()え、"仏の引導"の名の許に義賊紛(ぎぞくまが)いの行いを地でいったのですから、巷の俗物共より余程、諦めが悪いと言えましょう。


彼はしばらくはじっとしておりました。何しろ真備や真成には迷惑を掛けていますし、彼らの好意で事無きを得たのですから、これ以上やればもう後は無いのです。


それに仏の道に反する行いと(いまし)められた訳ですから、これ以上の行為は火に油を注ぐ事にも成りかねません。彼もバカでは在りませんから、何度も自らを戒めました。


でもけっきょくのところ、緑青庵としての心残りが時の流れと共に洩れ出して来て、彼を言い含めます。


『何だ!あんな(おど)しに屈しやがって!お前も存外、ダラシが無いな♪そんな事では究極の引導など悟り得無いぞ!こんな事ならわざわざ遥か唐まで送り込んだ甲斐が無かった。お前など倭国の片隅で(すた)れておれば良かったのだ!』


彼は天上の仏からそう語り掛けられた気がしたのです。彼にはどうもそう聴こえるようですが、これは彼自身の芯が元々歪んでいたものなのか、彼から目覚めた我欲が意志を持ち始めたものなのか、それは彼自身にさえ理解出来ていたとは想えませんでした。


それはそうですよね、だって彼にはそれが仏の御心に聴こえていたのですから。こうなって来ると最早、彼自身での制御は不可能だったでしょう。


但しひとつ幸いな事には、彼が我欲を取り戻した時に、いの一番に考えたのは再び私腹を肥やす連中に引導を渡す事では無かったのです。


彼は何を考えたのでしょう。それは緑青庵としての自分に民衆が求めた事だったのです。そしてそれをこの長安での最後の仕事にすると彼は誓ったのでした。


なぜなら彼の求めているのは、この長安でこれからも緑青庵で居続ける事では無く、万人が認める緑青庵として暗躍し続ける事だったからです。


このまま、この長安で仕事を続ければ、彼は故郷に帰れなく成りますものね。それは彼の本意では無かったのです。


さて彼に民衆が求めていたものとは何なのでしょうか。それはあの桃の木屋敷に乗り込み、桃の実を千切って、それを持ち帰る事でした。


何とバカらしい事を考えるものだと皆は想うに違いありません。けれどもそれは俗人・俗物の考えであり、彼の崇高な考えと一致しなくても、また彼の信念を理解されずとも彼にはどうでも良かったのです。


『仏の道を極めたこの儂の心を理解出来る者など在りはしないのだ♪儂はやる!やってみせる♪』


彼はそう覚悟を決めると、誰にも告げる事無く、意気揚々と行動に移ります。そして真備も真成も彼が行方を(くら)まして初めて、裏切られた事に気がつくのでした。


『またぞろ悪い虫が騒いだか…』


真備はそう想いました。しかしながら真成のふとした弾みで言った言葉が、真備の考えを根底から崩す事に成るのです。


「真備様…玄昉様は日夜自分を戒めておられました。それに奪った銭も宝物も約束通り返して来たでは在りませんか?あの方もバカでは無いのです。故郷に帰りたいと想う気持ちは我々と同じはず。今さら事を蒸し返して凶行には走りますまい。(しばら)く様子を観られては如何(いかが)ですか?ひとりで考えたく為っただけかも知れませぬ…」


「そうだな…そうかも知れん。行方を眩ましたからといって、我々を裏切った事には成らぬかも知れぬな!解った、しばらく様子を観るとしよう♪」


真備も存外、お人好しだったのかも知れません。こうしてしばらくは様子を観る事に為ったものの、その後も玄昉の行方は遅々として判らぬままだったのです。


ところが想わぬところから玄昉の行方が判明し、彼らは動かざる逐えなくなりました。それは民からの通報であり、玄昉が何とあの桃の木屋敷に消えたまま、行方不明と為ったというものだったのです。




それはある民の通報から始まりました。真備はそれを受けてすぐに事情の聴取に臨みます。


「玄昉様は間違いなくあの桃の木屋敷に入られました。私は止めたのですが、玄昉様は言い出したら聞かなかったのです…」


民は事の次第を説明しました。その話しに依れば、玄昉は得意気にこう言ったというのです。


『この儂が桃の木屋敷の謎を解き明かして御覧に入れよう。心配ならば、お前は見届け人に為れば良い♪そして数日待つが良い。もし仮にこの儂が戻らなくても、お前は何のお咎めも受けずとも良い。ここにそう約定する。さすればお前は咎めも気にしなくても良いし、その旨、通報すればお前の気掛かりも解消されよう…』


民は玄昉の書き記した約定書を差し出しました。そしてこう付け加えたのです。


「私が緑青庵の住み家という噂が在るので止した方が良いと申しますと、玄昉様は"心配いらん。儂には仏の加護がある。もし盗賊に(まみ)えても仏が(まも)ってくれよう。なんならこの儂が退治してやっても良いぞ♪"そう申しましてお聴き届けには成らなかったのです!」


真備は表情には出しませんでしたが、内心苦笑していたのです。何しろその玄昉が緑青庵その人なのですから、確かにその心配は在りませんでした。


けれどもあの桃の木屋敷には、いろんな噂が絶えない事も事実であり、たとえ緑青庵としての玄昉がその力を存分に発揮しても、生還出来るかの確証は在りませんでした。


『この民は数日待っても玄昉が戻らなかったので、こうして訴え出ているのだ。余り過剰な期待は出来ないが、なるべく早い対処が求められよう…』


真備はそう感じていました。だからすぐにこう言ったのです。


「判った!御苦労である。こちらで最善の手を尽くすとしよう。」


真備はそう約束すると、民を安心させてから帰宅させました。約定通り、罪には問わないと約束したのです。


民が去ると彼はすぐに動き出します。たとえ一度は闇に堕ちた仏徒で在ろうとも、長年苦楽を共にした仲間である事に変わりは在りませんでした。


彼はすぐに真成を呼ぼうとしましたが、その時に面会を求めて来たのが仲麻呂だったのです。真備はこんな偶然があるのかと驚きを禁じ得ませんでしたが、これはある意味渡りに船ではありませんか。


他の者の面会ならば断るつもりでしたが、これはもしかすると好機では無いかと想えたのです。そこで速やかに仲麻呂との面会に臨む事にしたのでした。




仲麻呂は面会するとすぐに用件を切り出しました。彼は実直であるがゆえに相手の顔色を(うかが)ったり、お愛想を述べたりする事は苦手としておりましたので、常に口上と言えばこの調子だったのです。


幸いな事に玄宗の周りはおべっかを使う者が多くいましたので、却って仲麻呂のような人物は新鮮に写りました。それに彼の(さわ)やかな風貌(ふうぼう)がその実直さをより良く見せておりましたので、玄宗の受けは良かったのです。


そして真備もその性分を気に入っており、端的なその物言いを許していたので、この時もすぐに本題に入れる事に相成りました。


「閣下!私に桃の木屋敷突入の下知を賜りたく(まか)り越しました。どうかこの願い、叶えて頂けますように!」


仲麻呂の表情はやる気に満ちており、真険そのものだったのです。真備も状況が状況ですから、すぐに下知を与えたいのは山々でしたが、幾ら玄宗の覚えが目出たくとも、勝手は許されません。


内々に動くなら話しは別ですが、仲麻呂を動かすとなれば、同時に彼の一個師団が動く事を容認する事になりますので、やはりここは(みかど)の許可を得る必要があると判断したのです。


「理由を申せ!それ次第ではこの儂が必ず帝に上奏してやろう♪」


真備は一旦、機先を制すると、さも乗り気だという仕草を見せました。仲麻呂は目を輝かせながら、まるで無邪気な子供のようにそれに答えたのです。


「閣下!つい先日、あの桃の木屋敷で行方不明者が出たのです。近隣の住民から日夜叫び声が聞こえて来て、気味が悪いとの苦情が殺到しており、私も実際に数名の配下を引き連れて内偵に参りましたが、それは苦しそうな声でした。まるで地獄の底から(うめ)き声をあげているように聴こえたのです!事情を伺うため民の声も集めましたが、どうも坊さんがたった一人であの高い塀を越えたというのですよ!あの高さですよ、どんな坊主なんでしょうな?全くお騒せもいいところですが、元々あの屋敷は緑青庵の寝ぐらでは無いかとの疑いがありますので、この際被害が拡大せぬうちに突入し、検分したいと願い出た次第です!」


仲麻呂の報告を内心逸る気持ちで聞いていた真備は想わぬ報告に驚き、咄嗟(とっさ)(つぶや)きました。


「な、何と!いったい何を叫んでいたと言うのだ…」


「あっ!えっと、確かこうです。"許してくれぇ~この儂を許してくれぇ~"としゃがれた老人の声のようでしたな♪」


「そ、それは誠か?」


真備は聴き直します。


「えぇ…確かですよ!私自身が聞いたんですから、間違えようがありません!あれ?閣下、大丈夫ですか、顔色がとてもお悪いようですが?」


仲麻呂は心配そうに見つめています。その(つぶ)らな瞳は何の疑いも抱いているようには見えませんでした。


「あぁ…すまぬ!実はお前が心配するといけないと想い伏せていたんだが、数日前から玄昉の奴が行方知れずと成っていてな、心配していたところだ!まさかとは想うが、声は似ていなかっただろうな?」


真備は顔面蒼白のままそう訊ねます。今度はそれを聞いた仲麻呂が驚く番でした。


「なっ、それは誠ですか、閣下!なぜそんな大事な事をこの私に隠していたのです!それでは益々時が在りませぬ、早急に対処致しますので陛下の下知を頂きたい!」


「あぁ、判っておる。皆まで言うな!お前に黙っていたのは悪かった。すぐに許可を取ろう!」


こうして仲麻呂の奏上はすぐに実ったのです。真備と玄宗の間のやり取りは先に述べた通りで在りました。


仲麻呂は下知を受けてすぐに行動にかかります。配下の一個師団を引き連れて、そのまま桃の木屋敷に向かったのです。


真備はひとりになると、また不安に(さいな)まれました。そこでハタと気づくと、真成に(つな)ぎを取って事情を伝え、軽々しく動かぬように釘を刺したのです。


『しゃがれた老人の声か…』


真備は頭を抱えました。そして懸念が当たらぬように祈るほか無かったのです。


「許してくれぇ~」


玄昉が叫ぶ声がまるで実際に聴こえたかのように、真備は想わず身震いしました。


地獄の底から響いて来るというその悲痛な叫び声が、真備の心に深く刺さっていたのです。




さて、いよいよ仲麻呂は桃の木屋敷の門の前にやって来ました。兵は一個師団ですから、満遍(まんべん)無く四方を(おお)います。(アリ)()い出る隙さえ無くす事が、肝心と想ったからでした。


また、集まって来る野次馬を遠ざける意図もあったのです。仲麻呂は東西南北に散りばめた各大隊に指示を出します。


「良いか!事は急を有するが、慌てて後手を踏んでもいかん。落ちついて行動するように!誰が出て来ても良く相手を見て、捕縛するか保護するのかは各大隊長の判断に任せる。私は一部を引き連れて正門を突破する。では皆、健闘を祈る♪」


こうして大掛かりな作戦は開始されたのです。


有象無象(うぞうむぞう)の野次馬は、大声を上げて(はや)しています。彼らにとってみれば、いよいよお待ちかねの構図が整った訳ですから、ここぞとばかりに騒ぎ立て、まさにその周辺はお祭り騒ぎと相成りました。


逐に"緑青庵vs仲麻呂"の、一騎討ちが行れると想い込んでいたのです。


仲麻呂は太い丸太で造り上げた装甲車を持ち出して来て、門扉を叩く手に出ました。


皆、「せ~の!」と一斉に声を張り上げて、丸太を大きく振ります。振り子の稼動に力が込められると、巨大な丸太は一撃必殺の轟音を響かせ、門扉に突進しました。


「ドゴ~ン!!」


「せ~の!」


「ドゴ~ン!!」


確かに手応えはあった筈です。けれども門扉はびくともしません。そしてその後、何度大きな轟音を響かせて丸太を体当たりさせても、門扉が開く事は無かったのです。


『こんなはずでは…』


仲麻呂は想いました。けれども門扉は嘲笑(あざわら)うかのように、ピクリとも動きませんでした。仕方無く彼は作戦変更を余儀無くされます。


「やむを得ぬ!長梯子(ながばしご)を持って来い。塀を越えるぞ!!」


そう指示を出すと、「我に続け!」と叫びながら、率先して登って行ったのです。そしてこの作戦は、仲麻呂が塀を越えて中に入り込めた瞬間に、成功したと想われました。


ところが彼が姿を消した途端に、大空の雲の隙間から突如、稲光りが轟くや長梯子を直撃したのです。


「あっ!」と皆、驚いたように声を挙げます。けれども幸いな事に、後に続いていた連中は放り出されはしたものの、包囲していた大勢の兵がクッションとなって、誰一人として怪我をした者はいなかったのです。


何と不思議な事でしょうか。辺りの者たちは皆、そのショックで呆気に取られていましたから、周囲は一瞬の間にシーンと静寂に包まれて、誰一人として声を発する者はいなかったのです。


只、雲の彼方からゴロゴロゴロと余韻を残す音が立つのみでした。そうして(しばら)くの時が経た時に、一人の兵士が声を上げます。


「おい!隊長殿はどこだ?どこにいる?中に入られたようにお見受けしたが…」


この言葉で皆、我に返りました。そして口々に仲麻呂を心配する言葉が悲鳴となって、その場を支配したのでした。




目が覚めると、仲麻呂は一面桃の木が咲き乱れる、(おもむき)のある(たたず)まいの丘に寝そべっていました。


彼が目を開けた刹那(せつな)に、桃の花びらがひらりと風に乗って流れてきて、彼の(ほほ)に落ちて来ました。彼は咄嗟(とっさ)にそれを(つか)み、払いますと、おもむろに辺りに視線をやって眺めたのです。


丘の上には、桃の花びらで(おお)われた(まこと)に美しい景観が広がっておりました。それはまるで桃色の絨毯(じゅうたん)のように見えて、とても幻想的な風景だったのです。


彼は『ここはどこだろう…』と、上体を起こします。すると彼の身体を着飾っていた花びらが、スルリと抜けて落ちたのです。彼はその時になってようやく、記憶が(よみがえ)って来ました。


『おや?私は桃の木屋敷に突中した筈だが、いったいここはどこなのだろう。こんな丘の上に寝ているなんて…』


そう想ったのです。


だってそうでしょう。辺りには塀らしい塀すら無く、一面広々とした野山が広がっています。そして、そこかしこに咲き乱れた桃の木が鈴鳴りの実をつけているのです。


その一つ一つが大ぶりで、甘く漂って来る匂いは、味覚を刺激して止まないのでした。


その桃の実は、時折吹く風に揺られて、「シャリン、シャリン」と何とも心地の好い音を立てて、仲麻呂の心を惑わして来るのです。


仲麻呂は次第に危機感を忘れて、夢心地に成り掛けていました。


すると突然、背後から声を掛けられて、彼は反射的に振り返ります。


「どうかね?びっくりしたじゃろう…」


それは足許に届きそうなくらい立派な長い(ひげ)(たくわ)えた老人でした。


髪の毛もその御多分に漏れず長く、後ろで一本に縛った白髪も、(ひげ)の長さと対差無い程に地に着きそうな勢いです。


仲麻呂が振り返った時には、丘の上には一軒の(さび)れた家屋が建っており、小じんまりとした庭は、白い格子(こうし)状の柵に囲れていて、その真中にはどこかで見たような立派な門扉が据えられていました。


『あっ!あの桃の木屋敷の門だ!』


仲麻呂は次の瞬間、そう想いました。けれども、それよりは遥かに小さく可愛らしい門扉は、今は完全にガラ開きとなって、その前にこの老人が佇んでいるのです。


「御主たちが必死になって叩くものじゃから、可哀相に門が悲鳴を上げてのう、反射的に稲妻を轟かせたという訳じゃ!お陰でこいつは直すのが大変そうじゃ。御主には責任を取って貰わねば成るまいのぅ~フォホッホッ♡」


老人はそう(のたま)うと、さも可笑(おか)しそうに笑いました。


「それは申し訳ありませんでした、ご老人!私も本意では無かったのですが、同僚が屋敷の中に迷い込んでそれ以来、行方不明なのです。そしてさらには盗賊の巣窟(そうくつ)という噂もありました。人命には替えられないと決行したのです。でもあの桃木屋敷とこことはいったいどういう関係があるのですか?あの門扉とご老人の後ろの門とは、何か関係があるのでしょうか…」


仲麻呂は実直な性分ですから真面目に答えたものの、まだ夢の中でフワフワ漂っているような感覚に困っていたのです。


目の前に広がるこの世界はとても現実とは想えない情景を仲麻呂に魅せており、この世界にはご老人と自分、二人のみという異様な状態に想えたのでした。


「関係あると言えばあるし、無いと言えば無い。それは御主ら人間達の覚悟次第じゃろうな!御主はその覚悟があったゆえに、ここまで来る事が叶ったと言える。覚悟の無いものは弾け飛ぶ。御主以外の者共は、その覚悟が無かったがゆえに、現世に取り残されたのじゃ!あの桃の木屋敷は人の運命(さだめ)を問う、いわば(はかり)のようなものなのじゃ!時に出現し、また時には消えて無くなる。実を言うとな、今世紀に姿を見せるようになったのは、この儂の"桃源郷の管理人"としての寿命が近くなった事に依るものなのだ。申し訳無い事だが、これも運命。御主には覚悟を決めて貰う事になる。すまん事だがな…」


ご老人はフッと溜め息を漏らすと、そう答えるのみでした。二人は互いに見つめ合い、この瞬間の邂逅(かいこう)を分かち合ったのです。ですが仲麻呂には今ひとつその自覚は在りませんでした。


「あのぅ…私には良く判りません。するとあの桃の木屋敷はご老人の持ち物であって、緑青庵とは何の関係も無いので?」


「そうじゃ!無いな♪」


「では桃の実がいつも実りを誇って、取られたり落ちたりせぬのはなぜなのでしょう?」


「それはこの桃源郷がこの世のものでは無いからじゃ!この儂の力が(おとろ)えたがゆえに出現したものだと先程そう申したであろうが!ゆえに現世に生きる者が、どんなに必死に取ろうとしても、けっして取れぬ!取れる者には資格が居るのだ。何しろあの桃の実ひとつひとつが、これから誕生して来る人々の『運命』なのでな!生きている者に()げる道理は無いのだ。一度死を迎え、輪廻転生(りんねてんせい)(はか)る者しか食らう事は出来ぬ。食らった者はその実の運命を胸に秘めて、来世に生まれ替わる事になるじゃろうな♪つまり、この儂は"運命の管理人"という訳じゃ。そして…」


ご老人はそこまで言うと口を閉じました。それは敢えてそうしたようにも想えたのです。


仲麻呂は頭でその内容を必死で理解しようと努めましたが、やはりよく判らないのでした。


「あのぅ…つかぬ事をお伺い致しますが、ここに玄昉というお坊様が迷い込みませんでしたでしょうか?」


「ほぅ~♪御主はあの"(あか)まみれ"の知り合いかね?仏の御心(みこころ)(ないがし)ろにして、自分の信念を()き違えた愚か者、それがアヤツの真の姿じゃ!救いの無い事よのぅ…この儂にはアヤツが餓鬼(がき)に想えるのぅ~♪(いず)れアヤツは地獄行きじゃな!だが安心せよ、それはアヤツが寿命を迎え、死が訪れた時に判る事じゃ!儂も力が衰えたでなぁ、時たま眠りに着く事がある。体力を回復させるためじゃが、そんな時には仏の道に帰依した者や信仰の浅い者でもふとした弾みに入って来る事があるのだ。だがそういう者たちには、この桃源郷の世界は見えぬ。暗い坑道(トンネル)をさ迷い、やがては別世界に弾き飛ばされるか、さ迷い続けて永遠に出られぬ者も居よう。それは今まで生きて来た間に積んだ功徳(くどく)に左右される為だ。運が良ければ元の世界に戻れる事も在るだろうな…」


ご老人はとんでも無い事を(たんたん)々と(のたま)うと、大袈裟(おおげさ)に手を広げて、余り関心が無いと言わんばかりの態度でありました。


仲麻呂にもようやくここがとんでも無い所だという事が、じわりじわりと判って来ていたのです。


『何という事だ!ここはやはり現実では無いのか?このご老人が言う事が本当だとすれば、私はとんでもない所に来てしまったに違いない。しかも私はどうやらこのご老人が見ている景色と同じものを見ているようだから、歓迎はされているようだが、果たしてそれが良い事なのかどうか…』


手元不用意ゆえの懸念なのか、只々、無知蒙昧(むちもうまい)ゆえの及び腰なのかは判りませんが、見聞きした事の善悪の判断が仲麻呂には今ひとつ良く理解出来なかったのです。


果たして弾かれた人の方が幸せなのか、この景色を眺める事が出来た自分の方が幸せなのか、いったい誰が理解出来ましょうか。


彼はここまでの紆余曲折(うよきょくせつ)を経て、ようやく自分の本来、成さねば為らなかった職務を想い出したのです。そこで彼は一旦、頭を切り換えて、端緒に戻る事にしました。


「ご老人…あなたなら本当は御存知なのでしょう?玄昉殿はいったいどうなったのですか。私の務めは、彼の生死をまず見極め、その消息を辿(たど)る事にあります。あなたの屋敷の門を乱暴に扱っておきながら、とても言えた義理ではありませんが、判っているのでしたらご教授願えませんか?」


仲麻呂は丹田(たんでん)に力を込めると、そう訊ねました。


ご老人はチラリと仲麻呂の表情を覗き込み、ニカッと笑うとこう切り返して来ました。


「ふむ…御主も存外純い男じゃな!真面目過ぎるがゆえに勘が働かぬのか、それとも仲間意識が邪魔をしているのかは判らぬが、この儂の話しを丹念に組み合わせれば判ると想うがのぅ…判った!御主には今後苦労をかけるゆえ、特別に教えて進ぜよう。あの者は御主が相見(あいまみ)える期待を持っていた緑青庵じゃ!義賊を気取って盗みを働いていた者だが、どうやらあの者にとっては、それは善行と想い込んでいたようだのぅ。だから(あか)まみれの餓鬼(がき)だと申した。御主はそれでもアヤツの行方を知りたいのかね?」


ご老人は念を押すようにそう確かめました。仲麻呂も、ここまでズバリあからさまに言われては、事の次第を理解したのです。そして無知であった自分に、とても腹が立って来ました。


『まさかそんな事になって居たなんて…』


"後悔先に立たず"と申しますが、自分の未熟さに改めて気づかされた気持ちで一杯になっていました。彼は失意のままに声を失っていましたが、やがて顔を上げ、覚悟を決めるとこう言ったのです。


「ご老人、もし玄昉殿が道を踏み外し、鬼道(きどう)を進んでしまったのだとしても、長年に渡たり苦楽を共にして来た仲間である事に変わりは在りませぬ。それに気づかず、(しか)るべき時期に意見してやれなかった私にも、否の一端は在りましょう。ですから、たとえ仰せの通りだったとしても、私にはその行方は重要なのです。けっして軽んずる訳には参りませぬ。是非、再度ご教授賜わりますように!」


仲麻呂の意を決したこの言葉は、ご老人の心にも深く刺さったようでした。但し、彼の見解はまた、違ったものであったのです。


「ハッハッハ♪たかだか下界の人間の分際で、そこまで判れば苦労は無いわ!だが、お前の気持ちはこの儂にも伝わったぞい♪だから特別、お前の正しき性根に免じて教えてやろう。アヤツは弾かれ、今頃は元の世界に戻っているだろう。畜生(ちくしょう)にも(もと)る奴は、歓迎しておらんのでな!アヤツには現世が一番、似合(にお)うておるわ♪後はアヤツ次第というところで在ろうかのぅ…」


ご老人はそう答えると深い溜め息を尽きました。それは自分の過失に依る侵入を許した事に対する自戒なのでしょうか。それとも"垢まみれの餓鬼"に対する憐れみの心なのでしょうか。


それは仲麻呂にも判りませんでした。しかしながら、玄昉が現世に無事帰れた事実(こと)には安堵したのです。


「ご老人、ありがとうございます。それを聞いて安心致しました。私も今後、良き仲間として彼の翻意に手を差し伸べる事にします。私はまだ彼が性根まで腐っているとは思っておりません。ですから、皆で力を合わせて、きっと彼を翻意させましょう。人とはそんなに捨てた者でも無い、そう私は思っております…」


仲麻呂は素直な気持ちでそう返礼しました。そこには揺るぎ無い覚悟が在ったのです。


ご老人は再び溜め息を漏らし、仲麻呂を見つめました。そしてこう問い掛けたのです。


「それは大した信念じゃな♪だが、御主とてまだここから出て行く算段は出来ておらんのだろう?あの門扉の件はどう償うつもりなのじゃ!それが解決せぬ限り、御主はここからは出られん。否…出すつもりは無いぞい♪ホホホッ、儂はそんなに甘く無いわ♪」


ご老人はさも愉快と言わんばかりにそう(のたま)いました。玄昉の安否ばかりに意識がいっていた仲麻呂にとっては青天の霹靂というべき事柄だったのです。


「そ、それは…」


仲麻呂は困ってしまいました。確かにここから出るにはご老人の示した通り、後始末を着けなければ成りません。


それに仲麻呂本人としても、元々"立つ鳥跡を濁さず"という気持ちは在りましたので、どう始末を着けるべきかと思い悩んでしまったのです。


けれども、どう悩んだところで、ご老人が満足する答えを出すことが出来なければ、状況を打開する事など出来ないでしょう。


そこで彼は思い切った行動に出ました。そう…どうすれば良いのか当の本人に素直に(ただ)す事にしたのです。


「ご老人、(おっしゃ)る事は判ります。確かにあなたの言葉には道理が在ります。私は言葉も無い。ですが、私はまだ死んではいないのでしょう?だとすれば、私には元の世界でその生を全うする責務がある筈です。違いますか?ですからここには長居する事は出来ません。しかしながら、あなたの仰る通り、決断したのも命を下したのも私の意志であった事に変わりは無いでしょう。(したが)って私にはあなたの求める責任を果たす義務が在るのでしょうね。言って下さい!私は何をすれば宜しいのでしょう?まさかとは思いますが、私がこの世界の門扉を本気で直せるとは、さすがのあなたも思っておられないと存じます。もしそうで在れば、あなたはそれに代わるだけの覚悟を決めよと、私に仰せなのだと推察する次第です。どうかこの私にその点をご教授賜りますように…」


仲麻呂ははっきりとそう言い切りました。少々、居直り気味である事は重々承知の上だったのです。それは言うべき事は言う代わりに、真摯(しんし)に耳を傾ける姿勢も失わないという、まさに堂々とした態度を貫くものでした。


『ほぅ~♪やはり儂が見込んだ通り、大した度胸じゃ!それに何でも飲むという卑屈さが無いところが気に入った♪やはりこいつを手放すのは惜しいのぅ…じゃがこいつの言う通り、現世で生を全うしていない事もまた事実!さてどうしてくれようか?』


ご老人も少々頭を捻ります。どうやら真剣にその対価としての要求を考え始めたようでした。


仲麻呂ははっきり言った手前、もし仮にご老人が無理難題を突き付けたとしても、それを飲まねば為らないという立場に立たされる事に成ったのです。ですから手に汗を掻きながら、次の言葉を緊張の面持ちで待ちわびていた事でしょう。


『もはや後には退けない…』


彼は覚悟を決めて控えていました。さてご老人はどんな言葉を投げ掛けて来るのでしょうか。


そしてやや時が経ちます。それはほんの些細な時間でしたが、仲麻呂には千年の時の経過にも思えた事でしょう。


やがてご老人はおもむろに顔を挙げると仲麻呂を見つめながら口を開きました。


「どうやら覚悟は決まっておるようじゃな♪良い顔じゃ。重畳(ちょうじょう)重畳!さて、では儂の結論を言う。良く聞いてそれに従うのじゃ、良いな♪」


「そ、それは勿論です。覚悟は出来ています!」


「結構、結構!御主の言う通り、この門扉の修復は御主には無理じゃて♪ゆえに御主の察した通り、その対価を課すものとする。御主は元の世界に戻り、その生を全うせよ!そしてその中でコツコツと功徳を積む努力をするのだ♪功徳は積めば積む程に、御主の成長を促す事じゃろう。さすればこの門扉も御主の功徳に比例して元の力を取り戻す筈じゃ!それが御主にこの儂が与える課題である。良いな、仲麻呂!研鑽を積め!そして自らを鍛えよ♪儂の求めは以上じゃ!理解したかね?」


ご老人はそう告げると、仲麻呂の返答を待ちます。そこにはまこと不思議な優しさが漂って居りました。身構えていた仲麻呂は却って驚いたのです。


もう少し無理難題を吹っ掛けられると想っていたのですから当然といえば当然でした。彼は呆けた表情になり、想わず吐きます。


「ご老人…そんな事で宜しいので?」


それを聞いたご老人は吹き出しました。


「ハッハッハ…どうやら驚いたようだのぅ~だが、たかだか人間の御主にそれ以上何が出来る?これだって御主が考えている程、簡単な事では無い!いや、むしろ難しいと想うがな?仲麻呂よ、その道は厳しいぞ!"そんな事"かは御主次第じゃな♪」


確かにご老人の言う通りかも知れません。仲麻呂はゴクリと喉を鳴らすと、姿勢を正し、改めてご老人の言葉に答えたのです。


「判りました!確かにあなたの仰る通りです。肝に銘じます。必ずや努力して功徳を積むでありましょう…」


「その意気や善し♪では仲麻呂…来世でまた逢おう!その時を愉しみにしておる!」


ご老人がそう言った途端に、目の前がグニャリとひしゃげました。


ご老人は元より寂れた家屋も、あの庭も、そして一面満開だった桃の木の景観も、全てまとめてひしゃげ潰れるように目の前から消えてしまったのです。


少なくとも仲麻呂の眼にはそう見えました。彼はいつの間にか意識が朦朧(もうろう)としていて、それ以上考えようとしても出来ませんでした。


彼がこの世界で眺めた最期の記憶と言えましょう。仲麻呂はそれを最後に意識を失い、目の前は暗闇に閉ざされたのです。




仲麻呂が再び意識を取り戻したのは、あくる日の午後でした。彼は自身が鍛え上げた兵たちによって城に担ぎ込まれたのです。


仲麻呂の兵たちは事態が起きた直後に"我らが大将"を助け出そうと必死に屋敷への侵入を試みましたが、ある時は梯子が砕け、またある時は突風や雷鳴に阻まれ、その全てが失敗に終わりました。


最後に再び装甲車を持ち出して来て、再び門扉を叩こうとした瞬間、今度は太い丸太が根元からボキッと折れたのです。


こうして彼らは考えられる限りの手を尽しましたが、何をやってもその努力は徒労に終わったのです。それはまるで何か得体の知れない物に(はば)まれているとしか、とても想えないのでした。


そこで仕方無く、桃の木屋敷の周りを囲んだまま、事態が好転するのをしばらく待つ事にしたのです。


昼下がりの午後が過ぎ、やがて夕刻が近づくに連れ、周りを囲んでいた野次馬たちも夕食のために、ひとりまたひとりと引き挙げて行きました。物好きな好事家(こうずか)たちも陽が完全に落ち、月が登って来る頃には皆、四散していたのです。


その夜はそれは見事な満月でした。皆、何かがきっと起きるに違いないと、奇妙な予感に囚われていたのです。そしてその予感は当たりました。


とある兵士がその満月を眺めていた時の事です。何とその満月を背にするように、ひとりの男が空から降って来たのでした。


「おい!あれを見ろ!大将だ♪大将が降って来たぞ!!」


皆、一斉にその視線の先を見つめます。その瞬間、とても有り得ない事ですが、時が止まったように皆、感じました。


それは見事な満月に映えた男が、まるで宙に浮かんでいるように見えたのです。それは満月が揺りカゴとなって、あやされているようにも写った事でしょう。


仲麻呂が無事に戻って来た瞬間でした。皆が必死になってそれを追い掛け、抱き留めようとしたのはいうまでも在りません。


けれども、その栄誉に授かった兵士たちは驚きました。抱き留めた際、その身は軽く、まるで一時的に重力がひっくり返ったようにさえ感じられた事でしょう。


仲麻呂は何かに守られているようでした。後日、兵たちは皆、そう証言したのです。


仲麻呂は静かに寝息を立てていましたので、生きて戻った事は誰の眼にも明きらかでした。けれども兵たちがどんなに声を掛けても、仲麻呂が目を覚ます事は無かったのです。




仲麻呂は陽の光りを感じて目覚めました。まだ少し夢心地で身体がフワフワしているのを自覚していたのです。


彼はそれでも時が経つにつれて、だんだんと記憶が蘇えって来ました。桃源郷での経験を少しずつですが、思い出す事が出来たのです。


『"功徳(くどく)を積め"か…よくよく考えてみれば、難しい事だ。この私に出来るだろうか?』


仲麻呂は自分でも不思議なくらいに、その経験が実際にあった事だと変な確信を持っていました。夢を見ていたのだと普通なら想うのでしょうが、あの桃源郷の風景が眼に焼きついて離れなかったのです。


彼はご老人が言っていた言葉を想い返していました。


『御主が考えている程、簡単な事では無い。その道は厳しいぞ!来世でまた逢おう、その時を愉しみにしておる♪』


ご老人の言葉は時に厳しく、時に優しいものでした。そしてそこには心の底から滲み出て来る熱いものがあったのです。


仲麻呂は研鑽(けんさん)に努め、その地道な成果により、少しずつですが、その席次を上げて行きます。


彼はその後、もはや兵を率いる事はありませんでした。桃の木屋敷が仲麻呂を送り出した夜のうちに、消し飛ぶように無くなっていたからです。


その報告を聞いた玄宗が、優秀な仲麻呂に何かあっては困ると、警備長官を即時解任したからでした。妙な噂がこれ以上立つのを避けるためでもあったでしょうし、この事件のけじめをつけるためでもあったかも知れません。


何より玄宗がそんな仲麻呂を気に入って、もそっと傍に置きたくなったのかも知れませんね。


真備や玄昉が任期を終えて、帰国する事になった事も、その理由の一つでしょう。特に真備は玄宗の"懐刀"として長く励んで来ましたから、それに代わる人材として玄宗の目に止まっていたのかも知れません。


仲麻呂はこれを機に文官に転進しました。そして様々な役職を歴任する中で、研鑽を積むと共に、功徳を積んで行くのです。


その道はあのご老人の告げた通り、平坦な道では在りませんでした。但し、彼はそれでも挫けず、腐る事無く、民や国のために邁進し、力を尽くしました。民の暮らしを良くし、法の秩序を浸透させます。


玄宗はあの桃の木屋敷を得る事が出来なかった事を惜しみ、いつまでも追い求め続けていました。仲麻呂も諦める事無く帝を戒め続け、その(まつりごと)を停滞させぬように鼓舞し続けたのです。


こうして少しずつですが、彼の功徳は積まれて行く事になるのです。




人の営みは時に支配されており、けっして逆らう事は出来ません。どんな人にも時の経過は平等であり、人は一年経つ毎に刻一刻と歳を重ねて行く者です。そしてそれは仲麻呂もまた同じでした。


彼がどんなに長い歳月、ここ都・長安に於いて、力の限りを尽くして来たのか、それは"推して知るべし"というものでしょう。


何しろ一度帰国したはずの吉備真備が、再び遣唐使として派遣されて来て、また帰国してしまう程に、その年月は長かったと言わざるを得なかったのです。


その間に仲麻呂は、何度も玄宗皇帝に倭国への帰国を願い出ました。彼の中に、ここ唐の都・長安で(つちか)った経験を持ち帰り、故郷に錦を飾って、日本国のために力を注ぎたいという気持ちが、(ふつふつ)々と芽生えて来ていたようでした。


けれどもお気に入りであり、優秀な仲麻呂を玄宗はけっして手離す事は在りませんでした。それでも時と共に、仲麻呂もそして玄宗本人も歳を取ります。


玄宗はあの楊貴妃を皇妃に迎えてからというもの、彼女の魅力に溺れて、(まつりごと)には全くといって良い程に、関心を示さなくなっていましたし、妃の親戚筋にあたる楊国忠(ようこくちゅう)政治(せいじ)壟断(ろうだん)により、玄宗と仲麻呂の関係も危うくなっていました。


そこで遂には決断を余儀無くされる日がやって来ます。玄宗は仲麻呂の意向を入れて、帰国する許可を与えたのでした。


仲麻呂が帰国の途に着く日、玄宗は終日、楊貴妃と共に過ごし、彼の送別にさえ顔を出す事は無かったのです。しかしながら、その日の玄宗は終始不機嫌で、あの貴妃でさえ取りつく縞が無かったと言います。


仲麻呂も長く過ごした長安での想い出に浸っていました。あれ程、"帰りたい"と想っていた心が、その時ばかりは(いきどお)りを見せたのです。


それは彼の妻や子らが、故地を離れる淋しさから、泣き濡れていた事もその理由の一つとしてあったのでしょうが、仲麻呂の中に走馬灯のように(よみがえ)る、数々の経験がそうさせたのだと言えましょう。


そして船は岸辺を離れ、(しゅくしゅく)々と大海原に漕ぎ出しました。仲麻呂は都・長安の方角を眺めながら、(なみだ)し、別れを告げたのです。




その夜は久し振りに観る満月となりました。仲麻呂も既に心の整理が済んで、その月に長旅の安全を祈願したのです。


日が経つ毎に、彼の望郷の念はますます強くなって来ました。子供たちもまだ見ぬ彼方の島国への興味が(つの)り、心が踊り始めていたのです。


仲麻呂は良く晴れた日には、子供たちを自分の膝に乗せて、倭国の事を話して聞かせました。皆、その話しを聞いて胸がワクワクしてはしゃいでいます。


船出して以来、仲麻呂たちの身の上には幸運が巡って来て、それは何かに守られているようにさえ感じられたのです。


仲麻呂も子供たちや妻の笑顔が戻って来た事に安堵し、故郷に戻った瞬間の喜びさえ、想い描くようになっておりました。




ところが大陸を離れて数日が経過しようとしていた頃の事です。その日は朝から風が強く、南風で、船を押し戻そう押し戻そうとしていました。


ですから船は遅々として進まず、仲麻呂も妙な気分に襲われていました。彼らの身に突如として暗雲が立ち込めたような不安を覚えていたのです。


そして、その時はやって来ました。空の雲の彼方からは雷鳴が(とどろ)き、強風に(あお)られた船はギシギシと(きし)み、まるで悲鳴を上げているように聞こえました。


仲麻呂は家族を抱きかかえながら、恐がる子らに励ましの声を掛け続け、より一層強く抱きしめて祈ったのです。彼自身も自分の膝がガクガク(わら)っている事に気づき、ひたすらに祈り続けました。


それでも故郷に向かう遣唐使船は大きくうねる大海原に果敢に立ち向かい、懸命な抵抗を見せました。けれども夜半になった頃にその(あらが)う気持ちを嘲笑(あざわら)うかのように、突然バキッという音がしたと想うとその瞬間、船は暗礁に乗り上げたのです。


船はものの見事に大破し、乗り組員は元より、乗船していた者たちは皆、海に放り出されました。仲麻呂は咄嗟に子供たちの手を離さなかったのですが、海に落ちた瞬間にその意識を失い、次に目覚めた時には、見た事も無い海岸線に打ち上げられていました。


彼は起き上がり、おもむろに視線を移します。海岸は遠浅になっており、水平線の彼方には大陸が見えます。海岸沿いには、初めて見る珍しい形の木々がたくさん植わっています。椰子(ヤシ)の木です。


けれども仲麻呂には判別する(すべ)は在りませんでした。彼は辺りを見渡しましたが、家族はおろか、一緒に乗っていた仲間達も見当たりません。


仲麻呂は自然と涙が溢れて来て止まりませんでした。彼は重い腰を上げ、さ迷うように、そこかしこを練り歩き、大きな声を上げながら子供や妻の名を呼び続けます。


けれども返って来るのは無情にも波が打ち返す音だけでした。身体は傷だらけで、あちこちを手酷く打ちつけたせいか、痛みが彼を襲って来ますが、仲麻呂には家族を失い、故郷に戻る事が出来なかった心の痛みの方が余程、(こた)えていたのです。


それでも彼は諦め切れずに、昼夜を通して歩き続けたのでした。やがて再び夜が来ました。


その夜も不思議な事に、満天の空に月が顔を出して、仲麻呂を覗き込んでいます。


彼はふと遥か昔に眺めた、三笠山の空に浮ぶお月様を想い出して、懐しさの余り自然と呟いていました。


(あま)(はら)… … … … 」


そしてその歌を詠み終えた直後に、仲麻呂の瞳からはポロポロポロっと涙が止めども無く溢れ出て来たのです。


満天の月は彼の深い悲しみを悟り、まるで仲麻呂を慰めるように、その後もずっと彼を照らし続けたのでした。


仲麻呂は疲れ果て、やがてお月様に照らされながら眠りに着きます。泣き濡れた彼の頬は、いつの間にか乾いていました。




翌朝の事です。仲麻呂は自分の頬を叩く、小さくて柔らかな感触で目が醒めました。それは小さな子供の手でした。その小さな手のひらで仲麻呂の頬をペチペチと叩いているのです。


彼は反射的に薄目を開けて視線を合わせました。すると何という事でしょうか。それは仲麻呂の小さな娘だったのです。


彼はすぐに名を呼びながら起き上がり、娘を高々と抱き上げると、小踊りしながら喜びました。仲麻呂は娘を救ってくれた運命(さだめ)に感謝しました。


そして何があっても力強く生き残り、娘を助けようとそれしか考えなくなっていたのです。もしかしたら、三笠山のお月様が彼の願いを叶えてくれたのではとさえ、想ったのでした。


やがて仲麻呂は小さな娘をオブり、帰郷の途に着きました。もちろん遠く離れた日本では無く、再び大陸を西へ北へと辛抱強く歩を進めて、ようやく長安に戻った時には半年が経過していました。


そして運は再び仲麻呂に味方します。何と妻と息子も同じように生きて戻っていたのでした。家族四人は皆、互いに抱きしめ合い、喜びを分かち合ったのです。


彼は再び玄宗に仕える事になり、出仕し始めますが、やはり望郷の念は捨て難く、"帰りたい"と想うようになりました。けれどもあの辛く苦しい旅路を想い出して、その度に断念したのです。


仲麻呂ひとりなら、決して諦める事は無かったのかも知れません。しかしながら、妻や子らにもうあんな苦しみを与える事は出来なかったのです。


命が救われたあの奇跡のような運命をもはや変える気力は無かったのだと言えましょう。


仲麻呂はこうして故郷に帰る事は出来ませんでした。しかしながら、その望郷の想いだけは最期の時まで捨て去る事が出来なかったといいます。


彼は満天の夜空に月が照らす時には、只ひとり東の空を眺めたまま、静かに袖を濡らすのでした。そして家族に見守られて身罷(みまか)るその日まで、功徳を施す事を忘れなかったのです。




仲麻呂が生を全うしたその夜も、満天の夜空には月が(こうこう)々と輝いていました。彼の(たくま)しく生き抜いた人生を祝福するように、真ん丸いお月様が空の彼方からその最期の時を見守っていたのです。


やがて星が流れ星となって落ちて来ました。すると満天の空がそれを嘆き悲しむようにポツリポツリと雨が降って来て、日が昇るまで夜通し中、ザンザンと降り続くのでした。それはまるで天が涙したようにも見えた事でしょう。




仲麻呂の四十九日が終わりを告げた頃の事です。


彼は再びあの見慣れた景観の下で、やはり桃の花びらに着飾れたまま寝むっていました。


やがて彼が目覚め、おもむろに起き上がると、目の前にはあのご老人が佇んでおりました。


「良く帰ったな、仲麻呂よ♪これで儂の役目も無事終わった。今日からは御主がこの"桃源郷"の(あるじ)となる。功徳(くどく)を積んだその成果を愉しみにしておるぞ♪」


ご老人はそれだけ言い残すと、その身体は一瞬のうちに桃の花びらと成って、風に吹かれて流れて行ったのです。


仲麻呂はその笑顔を深く心に刻んだまま、自分の使命を初めて自覚したのでした。


"桃源郷"の桃の木々は変わらず咲き乱れ、みずみずしい大ぶりの桃の実は『シャリン、シャリン』と風に吹かれて心地好い音色を(かな)でます。


それはまるで仲麻呂の今後の活躍を祝福しているようでした。


おしまいおしまい。

【後書き】


御一読下さり、まことにありがとうごさいます。今回この物語を書くにあたってのコンセプトは、"中華風の童話を書けないか?"でした。


そして最初に思いついたのが、『中華と言えば桃だろう…(;^∀^)!!』という、かなり安直な発想でした。


その中で筆者が連想したのが、『桃と言えば、故事成語"李下に冠を正さず"だよなぁ~(*゜ー゜)♪』て事だったのです。


これは桃の木の下で冠(昔の公務員は身分に応じて違った色の冠を着けてたのね!)を直す仕草をすると、桃を盗んで隠したんじゃないかと疑われるから、止めた方がいいよ~て事を表している格言でして、簡単に言うと、『紛らわしい事すんな♪』て事なんですね。


似たような意味に、"瓜田(かでん)(くつ)()れず"何てのもあります。要は『瓜畑では靴を履き替えない方がいいよ~』てまぁ同じ事ですけどね(^。^;)♪まぁ果たして瓜が靴の中に入るかは大いなる疑問ですが…。


そんな感じで連想して行って、桃ならやっぱり『桃源郷』は外せないよなぁ~て事に為った次第です。『桃源郷』はまぁいうなれば中国の方が描いている理想郷(ユートピア)でして、実際に桃源県という桃林のある村があるそうですから、余程、居心地が良さげな場所なんでしょうね。


さらに桃自体にも仙果という意味もあったりしますので、こりゃ縁起がいいねって感じで益々イメージ通りだった訳です。


ここらをどう掘り下げているかは読んで下されば判ります(o^ O^)シ彡☆


そこまで来ると"どの時代にしようかしら?"てな事で桃源郷が似合う時代として選んだのが唐の玄宗皇帝の時代だったという訳です。


この頃の事を調べてみると、遣唐使が行われてた都合で日本人がわりと居ますので、こりゃ読むのにその方が判りやすそうって成ったんですよ♪


ここんとこオリジナル童話を模索して挑戦してた影響もあって、文体は童話の語り口を継承する事にした訳です。


後は筆者の想像力をエッセンスに加えて書いてみました。


2万5千文字に及ぶ長編ですが、最後まで愉しく読んで下されば嬉しいです。


後、今回はかなり登場人物を絞って書いてますので、6人しか出て来ません。そして当初は各人の後日談を容れる予定でしたが、考えた末に敢えて止めました。


その後の結末はどちらかというと『読者の皆様のご想像にお任せします♪』て事でご了承いただければ幸いです。また改訂する機会が在れば考えたいと思います。


今回はどちらかというと主人公の仲麻呂さんにフォーカスしたかったのです。


イメージ的には前半の助演人物が吉備真備さん。中盤が緑青庵。後半が桃源郷の老人。そして主人公・阿倍仲麻呂はまんべんなく出て来ますが、終盤に濃く登場して来ます。玄宗皇帝には申し訳ないですが、脇を固めて頂いてます。


なるべく脱線しないように取り組んだつもりですから、今回はお得意のうんちくは在りません(-ω-;)好きな方はご勘弁…。


今年最後の書き下ろしとして愉しく書いてみたので、最後まで愉しんで下さればそれだけで幸いです。


【byユリウス・ケイ】



《注釈について》


《注①》武則天(ぶそくてん)


則天武后(そくてんぶこう)。傾国の貴妃。

唐の簒奪を計り自らが女帝となる。

中華唯一の女性の皇帝。


《注②》高祖(こうそ)李淵(りえん)


隋を滅ぼし初代皇帝となった。

唐を建国する。


《注③》太宗(たいそう)李世民(りせいみん)


父・李淵に従い大将軍として隋を滅ぼす。

建国の功臣。第二代皇帝。

太子の兄と争い、父を追いやる。

自らの武力と権謀術数で帝位を簒奪した野心家。

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― 新着の感想 ―
[一言] 桃源郷をテーマにした作品は初めて読んだような気がします。 桃はきっと美味しいんだろうなぁ、なんて思いながら読ませていただきました!
2023/12/29 22:38 退会済み
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