エンディング
ヒステリックな声に振り向くと、化粧のキツイ、奇抜な髪型をした女が仁王立ちになってこちらに指を突きつけていた。胸元の大きく開いた真紅のドレスが毒々しい。
「私に成り代わって王妃になろうとして、フェルに媚を売ったんでしょうこの雌豚!」
この支離滅裂で品のない叫び方には覚えがある。
「私を悪役令嬢扱いして婚約破棄をさせようとしても、そうはいかないわよ!この世界は悪役令嬢が主役の世界なんだから。あんたみたいな生まれの卑しい売女はザマァされて滅ぶ定めなのよ」
やはりあの女だ。姿は変わっているが間違いない。私を二回転生させた……おそらくは殺した元凶の女。
私の後ろで、殿下が呻くような小さな声で、彼女を前世での私の名で呼んだ。なるほど、今世では、私達は中身が入れ替わっていたらしい。
前世の私の名で、前世の私の身体で、あの女が前世の私の家族にあの調子で心労をかけていたかと思うと虫酸が走った。
駆けつけた会場警備の兵と、学院の職員が、女の両脇に立って身元の確認のための任意同行を求めた。
初動が早い。前世でと同様に不審者の乱入があるといけないからと思い、男爵家の次兄と長兄にお願いして、関係者に注意喚起をしてもらっていたのは正解だった。
「なによアンタ達。捕まえるならアッチでしょう!?」
女は癇癪を起こした。
「そこのデクノボウ!さっさとその女を床に這いつくばらせなさいよ。アンタ、そのためにそこにいるんでしょう?」
指をさされて暴言を吐かれたバルド様から怒気が膨れ上がるのがわかった。これはマズイ。
「バルド様、殿下を安全なところにお願いします」
「シャルロット」
殿下が前回をどの程度覚えていらっしゃるのかは分からないが、この女は危険だ。まずは殿下の安全を確保するのが最優先である。
「なによ!またバグってるの!?とんだ不良品じゃない!何回リセットさせるつもりなのよ」
女が黒い短剣のようなものを取り出して、突然、私に向かって突進した。
短剣の刃に相当する部分に、紫色の電撃めいた火花が散るのが見えた。見覚えがある!あれだ。
私は一歩踏み込むと、女の手首に手刀を叩き込んだ。
黒い短剣が床に落ちて転がる。
「呪物です!迂闊に触れないで」
相手の足を払い重心を崩したところで、手を後ろ手にひねり上げ、床に膝をつかせる。
男爵家では兄達と同じ家庭教師がつけられていたので、体術も少しは習ったのだ。護身術程度は淑女の嗜みだと言って、基礎を教えてくれた老先生は、元は騎士団の教官だったそうだ。筋が良いと言ってたいそう可愛がってくれた。
伯爵家の養女になっても交流は続いており、時折、稽古をつけてもらっている。今では祖父と孫のような間柄だ。
「身元不明の不審者だ。取り押さえろ」
バルド様が、慌てふためいている会場警備の兵に指示を出してくださった。殿下の婚約者の乱心にすると関係者の傷が深いので、どこかの狂女扱いでことを収めるつもりらしい。とっさにこういう判断ができるところがバルド様が自称ほど脳筋ではない証拠だ。
「怪我はないか、シャルロット」
女が引っ立てられていくのを見送ったバルド様は、私の手をとって心配そうにそっとさすった。
「無茶をしないでくれ」
「拳を叩き込んでやろうかと思いましたが、いただいた指輪が汚れると嫌だったのでやめました」
「……違う。そうじゃない」
「淑女にあるまじき行いをしてしまいましたね」
「見事だった。親父や兄貴に見せたら絶賛するだろう」
「ありがとうございます」
後に、私の老先生は、バルド様のお父様もご指導を受けていて、頭が上がらなかった鬼教官だったと教えられた。良い方に師事できたのは幸運だったと言ったら、あの鬼教官に筋が良いと褒められた資質のほうが怖いと言われた。
結局、フェルナンド殿下の婚約は解消されたらしい。会場の乱入者は公式記録上はただの一介の不審者の扱いとなり、当日は“病気療養中で会場に来られなかった”婚約者の令嬢は、その後、田舎の療養所で治療に専念する運びとなった。
殿下の次の婚約者候補の選定が始まったが、淑女にあるまじき武勇伝持ちになってしまった私は、候補から外された。
義父母によれば、私が面倒に巻き込まれないように、殿下が気を遣ってくださったらしい。狂女が私を指して“王妃の座目当てに殿下をたらしこんだ”呼ばわりしていたのを、多くの者が耳にしているので、実際に婚約者候補になれば嫌な噂が立つだろうと危惧されたのだ。
バルド様は殿下の警備を務める近衛騎士団には入らず、かと言って辺境伯領に行くこともなく、中央で外交官僚の道を選んだ。
学院での最終的な成績が抜群に良かったので、王宮の行政部門から勧誘があったのだという。
軍部に強いパイプがあり、本人も武闘派なのに、周辺各国の言語と歴史と文化に精通し、交渉ができて頭の切れる外交官は喉から手が出るほど欲しい人材らしい。
「数年は下っ端なので王宮勤めだが、そのうち各国を巡ることになると思う」
「そうですか。それはよろしゅうございますね」
「その……中央から離れると色々と不便もあるだろうが……もしよければ、俺と一緒に来てもらえないだろうか」
伯爵家の庭園を歩きながら話をしていたバルド様は、足を止めて私の顔を覗き込んだ。
「まぁ!わたくし、行く先々でその国の歴代王族名とその業績の歌を歌って差し上げないといけないんですの?」
「ああ、寝る前に君の声で聞きたい」
自分で歌って覚えろとあれほど言ったのに!と言うと、バルド様は「君の歌がいい」と笑った。
「外国に行くと、グレゴリウス様のお茶会に参加できなくなりますわね」
「嫌かい?」
心配そうに眉を下げるバルド様をこれ以上困らせるのは可哀想になったので、私は微笑んだ。
「グレゴリウス様とは“生涯の友”ですもの。外国から珍しい話をいっぱい持ち帰って聞かせて差し上げたらきっと喜びますわ」
アッシャー様あたりは、面白そうな国なら、誘ったらついてきそうな気もする。
「知見というのは、知り合った人の数と、読書量と、移動距離の積で大きさが決まるそうですよ」
私の世界はバルド様と共に歩むことで、もっと大きく広がるだろう。
「シャルロット。俺の妻として生涯共にあってもらえないだろうか」
「はい。バルド様」
こうして私達は婚約した。
後から聞いた話では、もともとバルド様が婚約予定だった相手というのは、うちだったらしい。たしかに家格も年齢も釣り合う組み合わせで、軍閥と縁戚ができることは、文官筋の我が伯爵家にとって大変いい話である。
言われてはいないが、私が養女に入った理由の一つにその話が入っていたのは間違いないだろう。
その話の障害になっていたファクターが、フェルナンド殿下の思いがけない私への執着だったらしい。
殿下の警護を務める近衛騎士となるはずのバルド様が、殿下の意中の相手をかっさらって不興を買うのは、色々と禍根を残すので、周囲は慎重になっていたそうだ。
「結局、そんなもの知ったことか!って全部無視しておぬしを取ったバルドの奴の一人勝ちになったわけだがな」
「あら?グレゴリウス様は負けていらっしゃらないでしょう?」
「ふふふ。バカには勝てぬよ」
「そうですか?配偶者なんて持っている人は沢山いますが、生涯の友を得た人なんて滅多におりませんことよ」
「では、両方得たおぬしが一番の勝者だな」
「しかも、私とグレゴリウス両方の“生涯の友”だぞ。我が王国の“守護天使”は最強だな」
「恐れ入ります。ナンド様。でも、その二つ名はやめていただけませんか。最近、また新しい武勇伝に尾鰭がついて困っているんです」
「あっはっは」
共同研究の論文と、共著の“教科書”の最終稿チェックを終えて、グレゴリウス様の研究室を出た私は、夫の待つ迎えの馬車に向かった。
「お待たせしました」
「では、帰ろうか」
「その前に、行きたいところがあるのですが、よろしいですか?」
私がここに来るべき者だったのかどうかはわからないし、この世界がなにかの物語だったのかどうかも、その筋書きがどんなものだったのかもわからない。
でも、この世界に生まれ変わった私は、自分で自分の行く先を選ぶ生き方を知ったし、そうして生きていく方法を身に付けた。
あの呪物がどんなものだったかは、今でもわからないし、この先また転生し直すことや、元の世界に戻るようなことがあるのかはわからないが、たとえどんなことがあっても、乗り越えていこうと思える勇気と前向きさを私は夫と共に歩んだ日々で得た。
だから、まだまだ終わっていない私の物語だけれど、こう言っていいと思うのだ。
これはハッピーエンド。
ところで”フェルナンド”の愛称が”ナンド”になるのって”山口さん”が”ぐっさん”になるノリなんですかねぇ?
洋物名前の愛称の略し方って難しい。
なんにせよ、ヒロインがたくましく生きて幸せそうだからヨシ!
お読みいただきありがとうございました。
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※感想返し大好きなのでつい色々と書きがちです。殿下派の方、殿下エンドが感想返し内にあります。(9/10 23時頃記載)……連載形式なんだからこの後ろにオマケで書けば良かった。
というわけで……
その後も感想欄で殿下せつない!との声が多かったので6話を足しました。(2023/9/14)