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卒業パーティー

テコ入れの甲斐あって、バルド様は無事、ご卒業の目処が立った。

私達はいつもの談話室で、軽いお祝いのお茶会をした。

その帰り、馬車止めまで送ってもらう道すがら、バルド様は私に、今年卒業できなかったら、父のところ(近衛)ではなく、中退扱いで祖父のところ(辺境)に行く予定だったと打ち明けた。


「そうだったんですか」

「まぁ、国境も面白いかなとは思っていたんだが」

「ひょっとして余計なことをしてしまいましたか?」

「いや、行きたければ卒業はした上で、自分で行くと決めればいい」


たとえ権威に敷かれた道があっても、自分の進路は自分で決めると言える彼の強さが、流されて置かれた場所で望まれたとおりに生きることしかできない私には、眩しかった。


「思うようになさいませ。貴方ならきっとどこに行っても、人の助けを得られて、なすべき事をなせるでしょう」

「そうだろうか」

「ええ。だってバルド様って、なんとなくほっておけない感じがしますもの」

「ええ?頼りになるとかそういう話じゃないのかよ」

「何でも一人でできる人なら、こんなに世話は焼きません」


くすくす笑う私に、バルド様はふいに真面目な顔になって向き直った。


「あなたには感謝している」

「なんですか、突然」


立ち止まったバルド様は、私を見つめて胸に手を当てた。


「卒業記念のパーティーに、俺のパートナーとして出席してもらえないだろうか」

「わたくしでよろしいのですか」


普通は婚約者か親族を伴うものだ。


「君がいい。二人とも婚約はしていないが……」


うちは男兄弟で、兄の娘は三才、五才、八才。従姉妹や遠縁の親族も十才以下か三十才以上で歳の釣り合う身内がいないと、バルド様は嘆いた。母親と出る羽目になるのは避けたいそうだ。


「お困りでしたら、ご協力いたしますわ。戻ったら義父母に相談して許可をいただいてまいります」

「すまない。俺がちゃんと婚約できていればよかったんだが、その……色々と事情が難しくて」


たしか、家同士で内々に話の出た先はあるそうだが、両家や当人以外の要因で障害があり、それが解決するまでは保留ということになっていると聞いたことがある。本人の瑕疵でもなく、どうにもできない事情ならば仕方がない。

先方の令嬢には話すらされておらず、顔合わせの会もしていないらしい。そのレベルなら私が代理を務めても、先方は気にしないのではと思われた。


「バルド様もご家族の方などの了承はきちんと得てくださいね」

「わかった。あなたに不名誉な思いはさせないようにする」

「では、わたくしもあなたに恥をかかせないように、精一杯よいパートナー役を務めさせていただきます」


よろしくお願いいたしますと言って、微笑んで略式の淑女の礼をしてみせると、バルド様も綺麗な騎士の礼を返してくれた。

夕闇に半分沈んだ学院の裏手の遊歩道ではあったが、その時の私にとっては、きらびやかなパーティー会場よりも、あたりがきらめいて見えた。




新しくドレスを仕立てるには、時間が足りなかったので、次のシーズン用に用意していたものを少し手直しすることにした。

バルド様は恐縮して、できるだけのことはしたいとおっしゃってくださったので、当日、バルド様が着用する男物の方を私のドレスと色味の合うものにしていただいて、細部の刺繍や小物の意匠を揃えることにした。


「これでバルド様が私に気を遣っていただいたことは、十分にわかりますわ」

「そ、そうか」


装いや装飾品には詳しくないというバルド様は、本当にこれで良いのかと戸惑っておられたが「君が望むように、君が引き立つ君好みの装いをしてくれればいい」とおっしゃってくださった。

ただし、流石に丸投げで何もなしというわけにもいかないと言って、彼が用意してくれたのは、辺境伯の領地で産出する珍しい宝石だった。


「これはとても高価なものなのではないですか?」

「うちで採れるものだから気にしないでくれ。俺も同じものを着けるから、小物をお揃いにするにはちょうどいいだろう」


家庭菜園の野菜並みの気楽さで譲られてしまったので、私はありがたくいただくことにした。


「指輪はこれで作ろう。この石を2つに分ければ、同じ色味の指輪ができる」


せっかくの大粒の原石なのにもったいないのでは?と尋ねたが、この程度の大きさの石は珍しくないから気にするなと笑われた。


ブラックオパールに似たその宝石は、どことなくバルド様を思わせる雰囲気があって、身に着けると彼の凛とした力強さを分けてもらえる気がした。

白を基調に淡い色が入っていただけだった私の装いは、バルド様の装いと調整した結果、いつもよりずっとキリッとした雰囲気になり、義母からは今のあなたらしいと褒められた。



卒業記念パーティーの会場は、前世とまったく同じだったが、私の気分は全然違った。

なぜならここは学院のレセプションホールで、在学生にとってはよく見知ったホームであり、出席者の多くは知った顔だからだ。学院の授業は、日本の高校ほど学年別ではないため、卒業生の多くは、講義や特別活動で一緒になったことがあり、グレゴリウス様やアッシャー様ほど親しくはないものの友人知人と呼べる方が多かった。


「この野郎、上手くやりやがったな」

「もうダメだみたいなことを言っていたくせに、結局お前が一番てっぺんをかっさらっていきやがって」


バルド様のご友人は皆さん彼の卒業を喜んでくださった。

彼らのパートナーのお嬢さん方は、私とバルド様の装いが細部でお揃いなのに目を留めて、うちもそうすれば良かったといい、私がバルド様のお心尽くしだと言うと羨ましがってくれた。



皆さんと歓談していると、定刻近くにフェルナンド殿下が入場なさった。いよいよ前世の自分と会うことになるのかと緊張して、礼をとった姿勢から顔を上げると、パートナーはなぜか妹君だった。


「ああ、やはりね」

「これはいよいよお噂通りかしら」


どういうことかと尋ねようかと思った時、バルド様が私の手に自分の手を軽く重ねた。


「殿下に挨拶に行ってくる。君は皆とここにいてくれ」


彼は私に微笑んでみせると、男の友人達を連れて殿下の方に向かった。私は親しくなったご令嬢方と一緒にその場に残った。


殿方がいなくなったところで、ご令嬢方に先程のお話を伺うと、殿下の婚約者の令嬢には良くない噂があるということだった。

なんでも性格やふるまいに難があって、公の場に同行するのには適さないらしい。令嬢の家が必死に取り繕っているが、王子との仲は儀礼的な最低限でしかないという。

国内の政情を鑑みた政治的な結びつきのための婚約で、本人が幼少期に結ばれたため、今更大きな瑕疵なしに撤回はできないが、王家も頭が痛いらしいと教えられて、私は胸が痛んだ。


そんな風に評価されていたのか。


あれほど一生懸命だった前世の自分を全否定された気がして、とても辛かった。そういえば殿下はずっと婚約者の話題が出る度に苦々しい顔をしてられた。そういうことだったのだろう。


「これは本格的に婚約解消かもしれませんわね……」

「格式はあるとはいえ、半ば非公式なこのような席にもお連れにならないとすると、そういうことですわよね」

「とはいえ、私達にはもう関係のない話ですけれど」


婚約者のエスコートでここに来た令嬢方は、他人事を愉しむように笑った。



「楽しそうだね。お嬢さん方は、何を話していたのかな」

「これは、殿下」


私達は、一斉に淑女の礼をとった。殿下は「楽にしてくれ」と言って、皆に穏やかな口調で、卒業の祝いの席への参加の礼を告げた。


「我がけしからん悪友たちが、揃って自分のかわいい婚約者を私から隠そうとするので、自分から来たんだ。おい、お前達、紹介してくれよ」


殿下のあとからやってきたご友人の卒業生の皆さんは、各々自分の婚約者を殿下に紹介した。中には普通なら王族にお目通りなど叶わない身分の娘もいて、目を白黒させながらぎこちない挨拶をしていた。殿下は一人一人に丁寧に言葉をかけ、その婚約者の良いところを告げた。

最後に殿下は一番端にいた私の前にやってきた。


「君は紹介されなくてもいい。シャルロット、今日は一段と綺麗だね。天使が大天使になったようだ。……その黒いのはいささかいただけないが」

「殿下、ハレの場で女性の装いにケチを付けるのはマナー違反です」

「バルド、私は独占欲と自己顕示欲丸出しのお前のやり口はどうかという話をしているんだ」


私はバルド様とお揃いの指輪にそっと手を添えて、微笑んだ。


「殿下。これはバルド様のわたくしへのお心尽くしの大切な品でございます。この身の丈には過分な逸品であることは承知しておりますが、どうぞこのめでたき日のこととして、お目溢しくださいませ」


「うわぁ~、“聖女”シャルロットにここまで言ってもらえるとは、バルドのやつ羨ましい」

「不可侵の“天使”に手を出しやがって、この罰当たり野郎め」

「殿下、諦めましょう。これは奴の勝ちだ」

「手の早いむっつりスケベめ」

「お前達、淑女方の前で胡乱な話はするな!」


憤慨するバルド様の隣で、フェルナンド殿下は苦笑した。


「まぁ、シャルロットがバルドに好意を持っていたのは最初からだったからな。私には、端から勝ち目などなかったのはわかっていたさ」


殿下は私の方に一歩進み出て、小さなケースを差し出した。


「在学中、色々と煩わしい思いをさせて済まなかった。これは私の詫びの気持ちだ。受け取ってくれないか?」


ケースの中身は、見事な細工のカメオのブローチだった。

ハッとした私に、殿下は周囲には届かないような小さな声で囁いた。


()()貴女が欲しいと言っていた品だよ。私は()()()()()んだ」

「殿下……」


私は目の前の殿下の瞳の中に、前世でのあの優しさが変わらずにあるのに今更気づいた。


「ありがたく頂戴いたします」


私は、前世でやっていた通りの、儀礼典範の模範演技にできると評された美しい所作で、殿下に敬意を表した。

前世を覚えている貴方様が気づいた通り、私は前世での貴方の婚約者です。

絶対に口に出しては言えないそんなメッセージを相手に伝える方法は、こんなことしか思いつけなかった。

今も変わらずに敬愛いたしておりますが、もはやこの不詳の生まれの身の上では尊き貴方様を愛することは叶わず、敬うことしかできないのでございます。


フェルナンド様と私の叶わなかった婚約は、こうしてなんの公文も証書も宣誓もなく終わった。



その時、甲高い女の叫び声が響いた。

「あなたね!私のフェルをたぶらかしたのは!!」

次回、最終回

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