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陳腐  作者: 1海
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夏の教室

セミの声が聞こえる。


8月真っ只中の真夏日、自習を告げられた教室の中で二人何をするでもなく無為に時間を過ごす。

自習用と渡されたプリントも終え、チャイムが鳴るまでの十分間。


私はその時間がたまらなく好きだった


愚かにも補修を告げられ、夏休みであるというのに教室に足しげく通う自分ともう一人ははたから見れば不幸な存在...いや自業自得なのではたから見ればただの馬鹿であろう。


しかし、私はそんな少しの異端がとても特別なように感じていたのだ。


自分たち以外誰もいない教室、休み時間の騒々しさもなくただ空白の十分が存在するだけ。ほかの教室もからっぽで、廊下を歩く音すらきこえない。

いつもは聞こえる吹奏楽部の楽器の音もコンクールだかなんだかで聞こえない。

聞こえてくるのは扇風機にはためくプリントと、窓の外でやかましく短い命を燃やしているセミの声だけ。


その静寂があまりにも心地よかった。


教室の空調がよく効いてるだとか、いつもは見張りとしている教師がいないからだとか、そんな些細な積み重なりが今の、極上とも呼べるこの空間を生み出していることがたまらなくうれしかった。


さらに言うとこの空間を一人占めできているのも大きな要因の一つかもしれない。

教室にいた相方は早々に机に突っ伏し夢の世界へと旅立っていた。

この世界にはほんとに自分しかいないような特別感が殊更に私の心を高ぶらせているのだろう。


ふと、背を伸ばし教室を見回してみる。


いつもなら30を超える少年少女で埋め尽くされる教室は今はたった二人だけ。

黒板に真剣に向き合っている少女も、教師に隠れて会話を楽しんでる少年たちも今はいない。

シャープペンシルの紙を走る音、ノートや教科書がめくれる音、その一切が断絶されたこの空間を特別だと声高々に誰かに伝えたい気分であった。


残り五分。チャイムを待つ。


この時間が終われば私ともう一人はこの空間から解放されてしまう。

今日の補修はこの時間が終わればすべてが終わる。自宅に待つお昼ご飯は何だろうかと想像したりする。

多大なる名残惜しさと、ほんの少しの帰宅欲にそそられる。


最初はこの時間がたまらなく億劫であった。


そもそも学生なんてものの中に補修を喜んで受けるようなやつはいないだろう。面倒くさい、こんな暑い日に、そもそも夏休みに。大方そんな感想になるだろう。

私も最初はそうだった。


だが、何日かすごしてる内に意外と悪くないものだと気づき始めたのだ。


きっかけはなんだったか。

プリントをきちんと提出する我々を見て、見張りを辞めた教師が来なくなってからだろうか。

それとも繰り返し解くうちに時間に余裕ができるようになったからだろうか。

今となってはどうでも良い。

ただこの時間を大事にしたい、その気持ちだけであった。


キーンコーンカーンコーン。チャイムが鳴り響く。


隣で眠っていた相方が緩慢な動きで起き上がる。そのままプリントを教卓に提出し素早く帰宅の準備をして教室を出る。

教室に残るのはわたしひとり。


プリントを提出して荷物をまとめる。

この時間はまだあと数日ある、大事にしようと決意を決めて教室を出た。


セミの声が聞こえる。

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