里帰りしている妻を迎えに行く
『大好きだった幼馴染の妹と結婚する』のif世界での小百合と一輝の物語になります。
細部設定等が違うのはif世界ゆえにご了承下さい。
オレは不幸な男だった。
だからといってオレがクズで最低な男である事には変わりがない。
里帰りしている妻を迎えに行く。
実家に子供を連れて戻っている妻を迎えに行く為に一週間伸びっぱなしのヒゲを剃り、だらしなく飛び跳ねてる髪を油で固めた。
妻の出産報告以来顔を出していない妻の実家は敷居が高かった。近づく程に足取りが重くなった。
「お義父さん、お義母さん、ご無沙汰しております。本日は小百合と小春を迎えに来ました。色々とご迷惑をお掛けしてすみませんでした」
「ああ、久しぶり、元気だったようだな、一輝君。ずいぶんと迎えに来るのが遅かったな。小百合は待ちくたびれてるぞ」
「さあさあ、話は中でしましょう。早く入って」
オレの浮気が原因で小百合が実家に里帰り、家に上げてもらえるとは思っていなかった。良くて門前払い、下手すれば殴り飛ばされる事を覚悟していた。
案内された部屋には既に小百合が待機していた。その傍らには愛しの我が子、小雪がスヤスヤと眠っていた。一週間も会わないうちに少し大きくなっているようだ。我が子の成長を側で見守れないそんな不幸は回避したい。
まして実子でないなんて想像でもしたくなかった。懐にしまっている書類の存在を思い出した途端、ひどく胸が痛く締め付けられる。
「久しぶりね、あなた。てっきり忘れられてるのかと思っていたわ」
「そんなはずないだろ」
「あらあら、そうだといいんだけど。小雪も寂しがってたわ」
「そうか」
「この一週間で1キロも体重増えたんだから。本当に成長盛りだわ。このまま放っておいたらあなた小雪から忘れられて知らないおじちゃんになってたわよ」
「それは嫌うだな」
「知らない顔を見て泣くのは良い事よ、ふふふ」
◇ ◇ ◇
私は不幸な女だ。
幼い私を救ってくれたヒーローは妹が盗んで行った。性悪な泥棒ネコだ。
その泥棒ネコは左足を微かに引きずる彼の側にいて、甲斐甲斐しく世話をするふりをして彼の心を盗んだ。本来ならば彼の横は私のものだったはず。
そもそも彼が左足を怪我したのは愛しい私を救う為、幼い頃に池に転落して溺れている私を助けてくれた時に負った名誉の傷だ。
しかし、私はその事実を知らなかった。誰も教えてくれなかったのだ。
池で溺れた私は救助された後の記憶しか持たなかった。それ以前の誰と何の為に池に近寄ったのか全く思い出せない。
そんな私に誰も事実を教えてくれなかった。
だから私が彼こそが"私を救ったヒーロー"だった事に気付けなかったのも仕方ない事だ。
両親から隣家の悟史が交通事故で入院したと聞きお見舞いに行ったが、悟史本人も事故の事を何も言わなかった。
私に事実に気づけと言うのが無理だった。
事故後の悟史は一言でいうとトロくなった。
事故前は頼れる兄貴分という感じだったのが、事故後は頼りない弟分になった。性格も内向的になり一歩下がった位置からの発言が多かった。
グイグイと前に出る男らしさが好きな私のタイプじゃなくなったのも悟史を下に見る様になった理由の一つだが仕方なかった。
運動会ではクラスリレーの足を引っ張り、遠足では集団のペースを乱していた。
私がその点をみんなの前で指摘しても、悟史を擁護する一部の女子を除いてみんな私に同意見だった。
『悟史君と小百合も昔は仲が良かった』
無責任な母の言葉を聞いた瞬間に私の中で何かが切れた。
下手な小細工をして悟史が"私のヒーロー"だという事を隠しさえしなければ、今妹の蘭子のいる場所には私がいたはずだ。
***
『乏精子症、男性不妊ですね。通常より健常な精子の数が少ないのでほぼ自然妊娠は無理ですね。100%ダメとはいうわけではないですが、余程相性が良いとかではないと難しいですね』
ブライダルチェックの結果を聞きに行き、診断室で無情な死刑宣告を受けた。衝撃を受け固まっているオレの置き去りに、白衣の医師は淡々と言葉を続けた。
『まだまだ若いんですから、パートナーと頑張ってみて駄目だった時に改めて考えられても遅くないですよ。不妊治療に人工授精、方法はいくらでも有ります。あ、そうそう、方法といえば、これ騙されたと思って被って下さい』
ゴソゴソと机の隅から取り出した馬面のマスク。内側に星マークがいくか見えた。
『これ縁起物でなんですけど、うちの病院でとても評判良いんですよ。
あなたと同じ男性不妊と診断されてたのに三人ものお子さんに恵まれた方がいてですね。一人目でも奇跡なのに二人目が生まれた後に、リアル"種馬"と呼ばれるようになったんですけど、その本人が余興で『俺が種馬だ!!』ってこのマスクを被って叫んで、その直後に三人目もサクッと授かったものだから、このマスクが縁起物になったんですよ。
実際にその後にこのマスクを被った方で何人かが子宝に恵まれてるんですよ』
その人達が感謝を込めて、出産記念につけたのが内側の星マークだと言う。
『ハート型の方が相応しいという方もいるんですが、男性だけに射止めた!って事で撃墜マークを連想して星マークにしてあるんですよ。騙されたと思って被って下さいよ。
学者としては医学を超えた何か神秘的な力とか言われても敗北感しか感じないんですけど、医者としては患者さんが幸せになりさえすればそれで良いんですよ。
馬面マスク被るだけで気持ちが楽になるならそりゃあ勧めますよ。違いますか?』
だから四の五の言わずに黙って被れと言う。何もやる気の出ないオレは言われるままにマスクを被った。
結婚後、程なくして妻が妊娠した。
結婚前から、専業主婦なのでいつ妊娠してもいいと言う彼女と子供が出来るかどうか不安だらけのオレとはでは妊娠前もかなり温度差があった。当然避妊なんてしていない。
する事をして当たり前のように妊娠する。当然の事として受け止めるには現実は甘く無い。
馬面マスクの効果があったと信じたいが、確認する方法はDNA親子鑑定をするしかなく、勝手に黙って行った時点で結果がどうであれ離婚事案だった。夫婦間の信頼関係の破綻として離婚を申し出されても仕方がない事だ。
素直に
『本当にオレの子か?』と聞ける関係性を築けなかった。いや、
『オレ、乏精子症なんだ。子供出来にくいらしい。100%出来ないわけじゃないけど難しいらしい』
そう話せるような関係性を築けなかったのが間違いなのだ。
母体の安全を考えれば妊娠中の羊水採取はしたくない、妻の精神にもダメージを与える。ゆえに出産後にDNA鑑定する方法しか選択肢として存在しない。万が一が起これば愛も証拠も共に消えてしまうだろう。
不安に駆られたまま新米パパとして妊娠している妻のサポートを全力でこなすのだった。
***
「ごめんなさいね。でも、あなたの事を思って――」
「私の事を思って余計な事をしたって言いたいわけね」
「怪我を負い目にずっと縛られるのは可哀想だと思ったのよ。嫌いになって別れたくなっても、離れたくなっても、傷を負わせたって負い目でずっと側に居るのは辛い事だわ」
「そんな事わからないわよ」
「わからないからこそよ!わからないからこそ、普通の幸せを掴んで欲しかったの。彼はハンデがある分人一倍頑張らないといけない。苦労も多い。親として、卑怯だけど、分かっているなら回避させてあげたかったのよ」
「そんなの勝手よ!」
「そう勝手、親のわがままよ。あなたがいずれ自力で真相を掴んで、それでも彼がいいと言うのなら反対する気はなかったけど、それは杞憂だったようだし安心してたの」
「だって記憶が無いんだもの――」
「――そうよ。その程度の想いだと思っていたのよ。自分で行動を起こすまでも無いただの淡い憧れ。そんな物の為に大事な娘の一生を台無しにさせれると思う?」
「そんな事ないよ。私は真剣に――」
「真剣に待っていたんだよね。何もしないで」
「そんな事――」
母の言葉に私は何も言い返せなかった。
「まさか彼が起業するとは思わないじゃない?」
「そうね」
「まして、起業して成功するなんて誰が想像した?」
信じてついて行ったのは妹の蘭子だった。
「事故以降あなたから積極的に彼に近づく事はなかったようだし、彼からは当然近づかないから安心してたの」
「どうして彼が私から距離を取るのよ?」
「わからない?考えてごらんなさい。優しい彼が、私たちが『小百合に気負わせたくないから口外しないで欲しい』とお願いしたら素直に従ってくれる彼が、あなたの近くをウロチョロして迷惑や負担を掛けると思うの?」
「そんな!?」
はっきりと言われるまで気づかない、はっきりと言われるまで行動しない、そんな私は周りの気遣い、優しさというものを一切理解していなかったようだ。
***
妻と出会ったのは高校二年の時だった。それまで住んでいた地元から逃げるように離れ、祖父を頼って小学生時代に通っていた町に転居した時だった。
妻には"彼女を救ったヒーロー"が存在していた。幼い頃、池で溺れていた妻を救った男の子だ。しかし、事故のショックで記憶の一部が欠落して誰に助けてもらったか思い出せないまま月日が流れ、妻の中で理想の男性として存在し続けていた。
どうやら"彼女のヒーロー"はいつも身近にいる幼馴染男で間違いないようだった。しかし、なぜか妻はそれに気付かない。いや、気付きたくないのか?
妻の理想像から離れてしまったがゆえに素直に"妻を救ったヒーロー"として幼馴染男を受け入れる事が出来なくなってしまったのか?
真実はわからない。しかし、オレにはある考えが浮かんだ――幼馴染なんていう歪な関係はぶち壊してやる!
☆ ☆ ☆
オレには幼馴染がいた。いつも一緒にいて将来は家族になると思っていた――あの事件が起こるまでは。
その日、父と母と幼馴染と三人がテーブルを前に並んて座ってる所に呼び出された。
するといきなり両親はオレが幼馴染に乱暴をしたと追求を始め怒り出した。オレはそれを全力で否定して、横にいる幼馴染に誤解を解くようにお願いをした。
しかし、幼馴染はそれを拒否し、お腹にその時の子供がいると叫び出した。
まったく身に覚えのない事だった。幼馴染とはキスまではしたがそれ以上の事をした事はなく、お互いに好意を認め合っていたが勇気はなくて告白はまだしていなかった。
幼馴染以上、恋人未満。その関係の幼馴染がオレを罠に落とすとは思っていなかった。しがし、彼女の周到な罠にオレの両親はすっかりと騙されていた。
結果として、彼女の狂言。お腹の中の子供の父親は担任教師だという事が判明したが、子供が産まれてDNA鑑定の結果が出るまで半年間は針のむしろだった。
いや、その後も地獄だった。
冤罪が晴れたというのに周りの視線は幼馴染を手篭めにして孕ませた犯罪者という評価だった。オレは犯罪者の烙印を押されて生きる事を強いられた。
どれだけ否定しても一度流れた噂は覆らなかった。
そしてオレは逃げるように祖父の家に転居した。オレを信じずに支えてもくれなかった両親と一緒に暮らすのも苦痛でしかなかった。二人ともオレに対する負い目があるのか、祖父の家に行く事を反対はしなかった。
☆ ☆ ☆
幼馴染なんて歪な関係に人生を狂わされたオレだからこそ、こいつらの歪な関係を終らせる権利がある。本気でそう思っていた。
そして、妻が溺れていた当時の状況などの詳しい情報を昔の古い知り合いなどから入手する事にした。
当然入手した情報は有効的に活用する。妻が幼馴染を"彼女のヒーロー"として認めたくないなら、認めたくなるような人物が現れたらどうだろうか?
そう、オレは"彼女のヒーロー"になりすます事にした。当然、バレて当たり前。それがどうした?今更オレには何がある?何も無い。
クソッタレな幼馴染という生き物が目の前でウロチョロする事自体が目障りで仕方がない。
オレが失敗して消えるか、奴らの関係性が消え去るのか。何も難しいことはない、どちらかが消え去るだけの話、ただそれだけだ。
***
「私は――」
「若くて、綺麗で、魅力的。それで?それだけなの?」
「どういう事よ?」
「それだけだと中身で選んでないのよ。あなたは中身で選んだの?」
「一体何が言いたいの?」
「あなたは"あなたを救ったヒーロー"その肩書きで選んだ。要するに中身じゃなくて外見でね」
「そんな事はないわ。そんな事は――」
私は最後まで言い終える事が出来なかった。
「いえ、そうだとしてもあなたは悪くないわ。ただ、そのあなたが、なぜ一輝君を一方的に悪者にして責め立てれるの?彼はあなたを外見で選んだ。あなたの若くて、綺麗で、魅力的な所に惹かれてね」
「そんな事はないわ。一輝と私は心で結ばれてたのよ」
「お近づきになりたいから嘘をつく。それが悪いとは言わないけれど、なぜ最後まで嘘をつき続けたの?嘘だと分かると壊れるような関係だったの?」
「違うわよ!」
「でも彼はそうだった。嘘だとバレると壊れる脆弱な関係、そう思っていたわけ。つまりあなたとの内面の繋がりなんてどうでも良かったのよ。そんな彼の前にあなたより若くて、綺麗で、魅力的な女が現れたら仕方ないわよね、惹かれても。そうじゃない?」
だから浮気した、そう言われても信じる事は出来なかった。
彼と私は心で結ばれていた。そう信じていた。
いつから信じられなくなった?
いつから信じなくなった?
私が?それとも彼が?
***
『小さな頃のオレが君を救ったんだ。事故の直後に親の都合で引っ越したから名乗り出る事が出来なかったけど、ずっと心残りだった。再会できたらいいなとずっと願っていた』
そう話し掛け、後は小百合の話に合わせていくだけだった。
失敗なら失敗でいい、そう思っていたが、なぜか妻はオレを"彼女を救ったヒーロー"と認定したようだった。
あっさりとし過ぎて、逆に騙されているのかと不安になったが杞憂だったようだ。
妻はオレを見ているようで見ていない、オレの向こうに理想の"彼女のヒーロー"を見ているのだ。
それでも妻は十分に魅力的で恋に落ちるのは時間の問題だった。すぐさま妻に落とされたオレは妻の虜となり妻の言う事には素直に従った。
妻が素敵なデートがしたいと言えば好みを聞いて、"彼女の理想"とするデートコースを下見し、しっかりと"彼女の理想"のデートを再現した。
どちらかと言うと精神的に満足したいタイプのようで、あれが欲しい、これが欲しいと普通の女の子が要求する物欲的なものの要求はされなかった。
キラキラとして、妻の側で優しく"彼女のヒーロー"としてサポートしている事が求められた。
その間にもどんどんと二人の仲も進んで行った。
キスを交わし、抱き合い、そして妻の大事な物を捧げてくれると言う。
その時、初めてオレは恐怖を感じた。このままでいいのか?引き返すなら今しかない。小百合たちの幼馴染の関係を嘲笑う為に偽物を演じた、しかし、無惨にも妻の恋の虜になったオレは負けたのだ。完全敗北だ。
なのに本当の事を言う勇気が無い。オレは自分を罠に落とした幼馴染と同じ卑怯者だ。
オレが本当に欲しかったモノは何だ?
オレが本当に欲しかったモノはオレを理解してくれる人だったんじゃ無いのか?
妻はオレを見ていない、理解すらしていないだろう。妻の目に映るオレは、妻の理想とする"彼女のヒーロー"の幻なんだから。ただの虚しい敗北者がその事実を認めて真実を言い出せずにいた。
そして妻の初めての男となった。
満面の笑みで喜ぶ妻の姿を見ていると妻の理想を演じ続けるしかなかった。その後もずっと。
本物の"彼女のヒーロー"はなぜか俺が本物だと言わなかった。何度も妻に告白はしていたがその度に振られていた。
一言"俺が本物"だと言えば済む話。いや、無意識に妻が受け入れを拒絶しているから"本物のヒーロー"だと分かっても無理なのか?それは誰にも分からない、きっと妻自身も。
妻を女にした数日後に"本物"の彼と偶然すれ違った。彼女の口から"女になった"事を直接聞いたのだろう、その結果、見るのも可哀想なくらい酷く衰弱していた。
何も言わずに通り過ぎて行く彼を呼び止めて
『何か言いたい事はないのか?』
と挑発した。
しかし、彼は
『彼女を幸せにしてくれ、頼む』
そう言って去っていった。
勝った。幼馴染なんて所詮その程度の歪な関係なんだ!
そう素直には喜べなかった。
胸の奥に重く広がるモヤモヤがオレを苦しめていた。
◇ ◇ ◇
「再会の挨拶はこれくらいにして、本題に入るわね。この写真について正直に話してもらえるかしら?」
目の前に並べられるいかがわしい場所へ出入りする男女の姿。女は全て違うが、男は全て同じ男、オレに間違いない。
最近のカメラは性能良くなっているようだ。撮りやすいようにと気を付けていたが薄暗さをものともせずにきちんと表情まで精細に取れていた。
言い訳出来ないくらいにオレだときちんと認識出来た。
後をつけられていると気付いたのは偶然だった。退社後に忘れ物に気付いたオレが会社へ戻ろうとUターンした時に少し離れた場所にいるカップルが不自然に反応したのだ。
その場では気付かなかったが、職業柄人の顔を覚えるのは得意だったのもあり、しばらくすると服装を変えてはいるものの数人の男女に後をつけられているという事に気が付いた。
間違いなく探偵だろう。
心当たりはないがオレの素行調査をする人間を考えれば妻くらいしか思い浮かばない。
今更ながらになるが、妊娠、出産のストレスでオレに嫌気をさしたのかもしれない、もしくはオレが"偽物"だと気付いたのかもしれない。
妻に有利な証拠を見つけたいというのなら作ってあげればいい。単純な話だった。
妻が別れたいと言うのなら別れれば良い。今のオレに何の価値があるのだろう?
妻がオレと別れたがっていると思ったオレは妻の希望を演じる事にした。
"プロの女性"と待ち合わせてホテルに入り、数時間後に腕を組んで仲良く出る。顔がしっかりと映るようにカメラマンに気づかれないようにしながら正面アングルを狙ってホテルを出た。それを10回くらい繰り返しているとオレについていた尾行者は居なくなっていた。調査が終了したのだろう。
「この写真の男は?」
「どこからどう見てもあなたです。心当たり無いのかしら?」
「心当たりならあるさ。それで君はどうしたいんだ?」
「どうしたいか――それはあなたときちんとお話がしたいわ。私たちきちんと本音で話しした事があったかしら?」
「いつも本音で話しているよ」
「そうかもしれないわ、でも、隠し事なしで本音で話したいの」
どうやら妻は全ての事を知ってるようだ。オレが"偽物"である事も――
「そうだね、こうなったら隠し事なしだ。全て本音で話そう――どこから話したらいいかな?まず、謝らせてもらう。すまなかった、オレは幼い頃に溺れている"君を救ったヒーロー"なんかじゃない、ただの"偽物"だ。ただの騙りだったんだ」
「そうね――知ってるわ。その事を知ったのは最近だけど」
「それで君はどうしたい?」
「その事を知ってから色々考えたわ、本当に色々考えた、事故の事、幼馴染の事、あなたの事、私の理想のヒーローについて」
苦しそうな口調で絞り出すように言った。いつも笑顔を絶やさない妻のそんな苦しみそうな表情を見る日が来るとは思わなかった。
その表情をさせているのは他ならぬオレだった。
「結局、三人とも別人なのに混同しようとした私が馬鹿だったのよ。本当にごめんなさい。そして勝手に私は不幸な女だと思い込んでたいたの、そんな事ないのにね」
***
浮気写真を前にしても旦那は冷静だった。
彼は本音で話そうと言い出すと、彼にとって一番言いづらいかったであろう事実、自分は"私を救ったヒーロー"ではなくてただの"偽物"だと告白し始めた。
「"偽物"だとしても"本物"だと騙ろうとする理由があったのでしょう?私の事が好きだったから?」
「いや、君に近づいた時は何とも思っていなかった」
胸の奥がズキンと痛む。どんどん締め付けられるように痛む。呼吸さえ出来ないほどに。
「そ、そうだったのね――」
「いや、確かに最初は何も思っていなかった。でも付き合い出してすぐに君の魅力に虜になった。恋に落ちた。君以外は目に入らないほどに。だからこそ、"偽物"だとずっと言い出せなかった」
私の異変に気付いたのかも彼が慌てて言い直した。
私は深呼吸し、心落ち着かせながら彼に聞く。
「何とも思っていない女にどうして近づいたの?嘘までついて」
「話は少し長くなるのだが――」
と言うと彼は自分の事を話し出した。
今まで私が聞いた事の無いような彼の秘密だった。
幼馴染の嘘によって地元に居れなくなり転校して来た事。そして幼馴染が"私のヒーロー"だと名乗り出ない歪み、私が無意識に幼馴染を認めていない歪み、それらの関係性に腹を立てた事。
悪戯心というには悪質な気持ちで私の前に"偽のヒーロー"として現れた事。
「ついでに言うとその写真は尾行されて撮られていると分かった上で、わざわざ準備した"浮気"の写真だよ。彼女たちとホテルに入って何もしていない。こんな嘘くさい話信じてもらえるとは思っていないけどね。本当の事を話すと決めたから、判断は君に任せるよ」
「信じるわよ。本当の事を話す約束でしょう?あなたは私が選んだ人だもの」
「――信じてもらえて嬉しいよ。そう言ってもらえると他の事も隠しておけない」
そう言うと彼は一つの書類を出してきた。
「内緒で受けた男性用のブライダルチェックの結果だよ。正真正銘、君が初めての女性だから性的な病気の心配はしていなかったんだけど。中を読んでご覧」
「――乏精子症?」
「そう、男性不妊で子供出来にくいんだ。100%出来ないわけじゃ無いんだけど、自然妊娠はかなり難しいって話」
「でも、小春はあなたの子供よ」
「きっとそうなんだろう。君が浮気する事なんて考えられない。考えたくもない。でも最初から嘘で塗り固められたオレには信じる事が出来なかった。尾行もついたから疑われている、きっと別れたいのだろうと思ってしまった」
「この調査は私が依頼したものじゃないわ」
「ごめん、てっきり君がしたものだと思っていた。謝るよ、疑ってすまなかった。しかし、オレの場合は調べるしかなかったんだ。だから小春との親子鑑定をしたんだ。結果はまだ見ていない」
そう言いながら彼は未開封の封筒を取り出した。
「内緒でこんな事をするなんて最低だ。離婚したいと言われても仕方がない。オレは嘘をついて君に近づいて、最後までその嘘を告白できない上に、君を信じ切る事が出来なかった最低な男だ。こんな情けない男でがっかりしただろう?
別れたくない、小春の側にだってずっとずっと居たい、でも君の出す結論を尊重するよ。本音で話すって決めたからね」
「私の事、好き?」
「ああ」
「私の事、愛してる?」
「ああ、小百合も小春も愛してる。離れたくない」
「本当に浮気していないの?生涯で私ただ一人、なの?」
「神に誓って本当だ」
「私もあなたの事が大好きよ、愛しています」
彼の本心を聞いたのだから私の本心を伝えなくてはいけない。
「あなたが"私を救ったヒーロー"ではないと聞いてショックだった。騙されていたと知ってショックだった。最後まで告白されなかった事もショックだった」
「ああ、そうだろうな」
「あなたを恨んだ。みんなを恨んだ。両親も妹も恨んだ。誰も教えてくれなかった、もし誰かが教えてくれたら今頃は幼馴染と幸せになっていた。きっと妹のいる場所に私が居たはずなのにって」
「その通りだ」
「でも、知らずにいたといえ邪険に扱って幼馴染を遠ざけていたのは事実。嘘をつかれたとはいえあなたと恋に落ちたのも事実。馬鹿な頭で一生懸命に考えたわ――」
「――」
「――それでね、分けて考えてみたの。
助けてくれたヒーロには感謝しているわ。会えたらお礼言いたかったもの。
そして、理想の男性。女の子ですもの誰しも理想像の一つや二つは持っていても不思議じゃないでしょう?それを助けてくれたヒーローに投影しちゃうのは仕方ないかな?って。でもきちんと分けて考えていればこんな混乱はなかったと思うの。本当に自分の馬鹿さには呆れちゃう。
最後に幼馴染について、助けてくれたヒーロー、理想像、全てを除いて、幼馴染自体に対しては普段の態度が全てだと思うの。本当に何にも思っていないんだと。それが助けてくれたヒーローだから、理想像だからと手のひら返すのは違う話だわ」
「でもオレも――」
「そうね、最後にあなた。
色々と拗れがなければあなたの位置に幼馴染が居たかもしれない。でも居なかったかもしれない、そうでしょう?
最初のきっかけは嘘だった。それじゃあその後、私に与えてくれた愛は嘘だったの?」
「そんなはずはない!とても素敵な君に恋に落ちた。嘘偽りない気持ちで接して来たつもりだ」
"偽物"だとの告白は最後まで出来なかったけどね、と彼は自嘲的に笑った。
「私もあなたと育んで来た愛に嘘偽りはないつもりよ。そりゃあ、どこかで嘘ついてたって告白してくれてたらこんな事にはなっていなかったと思うけど。過去の事は過去の事、そうでしょう?
私は全て水に流すわよ。あなたはどうかしら?
あっ、これがあったわね。身に覚えないから流す所だったわ」
呆気に取られている旦那を無視して、鑑定通知書を開封し、中を見た。
あら、二人かと思ったら親子三人で鑑定したのね。いつの間に私の粘膜採取したのかしら?まあいいわ、許してあげる。
『
DNA親子鑑定:鑑定結果
母親:小百合
子供:小雪
疑父: 一輝
DNA親子鑑定結果
疑父(一輝)は子供(小雪)の生物学上の父親である事が否定されませんでした。
生物学上の父親である可能性:99.99999%
』
***
オレは自分の事を不幸な男だと思っている馬鹿だった。
それを気づかせてくれた妻と周囲には感謝している。
「ここの病院?」
「ああ、本当に行くのか?」
「当たり前でしょう!早く行くわよ」
あれから夫婦関係は変化した。母となった彼女が圧倒的に上の立場だった。
今日はお礼参り&子宝祈願に再来したのだ。
「ああ、お久しぶりぶりです。今日は診断じゃないって話ですが、いや気を使っていただいて。ありがたく頂きます。中身は饅頭?いやあ、3時の休息が楽しみだな」
久しぶりに会う医師は相変わらずのマシンガントークだった。
「可愛いお子さんですね。お名前は?小春ちゃん!いい名前ですね。
今日はあれでしょう?言わなくてもわかりますよ、ちょっと待って下さいね」
テーブルの隅をゴソゴソすると見覚えのある馬面マスクが登場した。
「あ、奥さんは初めて見るのでしたね。凄いでしょう?僕の治療より効果あるんだから、もう笑っちゃうしかないんですよ、まったく。
はいはい、記念の星マークの記載は忘れないでくださいね。
さて、マーク書いたら本番ですよ。満足するまで被っちゃって下さい、旦那さん!
何遠慮してるんですか?恥ずかしい?不妊治療ってもっと恥ずかしい格好するんですよ、何言ってるんですか?ほら奥さんも手伝ってあげて」
馬面マスクを被ったオレと小百合、小百合に抱かれた小春、そして医師の四人が写った写真がその後『長男、一馬』が誕生するまで一年の間、居間に飾られていた。
プレッシャーが半端なかったのは言うまでもない。
妊娠が発覚するまで絞り取られて半死状態だったのは口が裂けても言わない。
投稿場所ここで間違い無いよね?
馬面マスク等の逸話は昔ネットで拝読したものを参考にさせていただきました。
記憶はうろ覚えですが物語という事でご了承下さい。
ブライダルチェック、大事!大事!!
作者的に"ざまぁ"は一輝が『男性不妊』だった事ですが、読者的には"ざまぁ"不足ですか?
この手の話は
このジャンルでなろう的には必要とされていない気がしてるけど、書きたいから書いた後悔はしていない(作者談)
一部言葉不足な箇所を加筆しました。
暖かい言葉、ご指摘ありがとうございます。