95、すべて捧げて
「気づいてないと思ってるの!? ロウが宮廷を出て、ドーレキアとか他の国を旅してたのは、全部みんなのためでしょ!?」
「それは――」
「皇太子になれなかった兄弟姉妹の居場所を確保したかったんでしょ? いざとなったら逃がすために」
ロウラントは以前、旅をした諸国について語ってくれた。過ごしやすい気候、美味しい食べ物に、住人の気立ての良さなどを。
あの時は、グリスウェンの怪我で動揺していたカレンの精神状態を考え、あえてのどかな内容ばかりを選んだのかと思ったが、元々それが旅の目的だったのではと後で思った。彼はルスキエ宮廷の手が伸びない、移住しやすい場所を探していたのではないかと。
「ずっと一人でみんなを逃がす算段してたくせに! 誰にも知られず、勝手に重荷背負ってたのはどっちよ? だから姉上たちに腹立ててるんでしょ? 人の気苦労も知らないでって。言わないもん、知らないよ! 宮廷から自分だけ逃げ出した、みたいな言い方して、偽悪者気取りとかバカみたい。それで格好つけたつもり!? いい大人のくせにホントだっっっさ!!」
思っていたことを全部まくし立て、カレンは肩で息をする。ついに言ってやったと、妙に清々しい達成感でいっぱいだった。
カレンの勢いにロウラントは呆然としていたが、やがて覇気が抜け落ちたようにうつむいた。
(さすがに言い過ぎた……?)
どうしたものかと、気まずい沈黙の中で戸惑っていると、ロウラントがぼそりと言った。
「俺には……どうしてもあなたが必要だった……」
ロウラントがゆっくりと顔を上げる。その顔には薄く笑みが乗っていた。暗く陰惨な眼差しに、今度はカレンが気圧される番だった。
「あいつらを逃がしたかったんです――あんなクソみたいな地獄から。そのためには代わりの生贄が必要でしょう?」
ロウラントは冷ややかな笑みを浮かべたまま、促すように手の平をカレンに向ける。
「考えてみてくださいよ。皇帝になったところで、責められることはたくさんあれど感謝はされず、志はことごとく踏みつぶされる。挙句の果ては種馬みたいに女を宛がわれて、子供を設けさせられて――ああ、皇女であれば、もっと悲惨な行為を強いられるでしょうね」
「……かもね」
嘲りにも似た言葉に、カレンは淡々と応じた。
「――そんなものにイヴやスウェンのような、真っ当な精神の持ち主は耐えられない。あいつらは自分で思っている以上にずっとまともだ。大義よりも、側にいる愛する者を選べる普通の人間なんです。そんなやつはどうせ数年で使い潰される。――皇帝など、最初から頭と心が壊れた人間にしか務まらないんですよ」
「そういえば、ロウの中では私は頭のおかしい狂人だったね」
顎に手を当てて、カレンはにまりと笑う。
「ヘラヘラ笑わないでください。……もうわかってますよね? 俺はイヴたちや自分の代わりに、玉座という地獄へあなたを捧げようとしたんです。――殿下の勘は正しかった。本当の裏切者は俺です」
懲りもしない言い草に、カレンは軽く肩をすくめる。
「どーでもいいよ、そんなの」
重要なのは、カレンが皇帝になりたいと思っていることだ。他人の思惑が絡もうが、そんなものは些細なことに過ぎない。
そして彼の指摘通り、自分はどこか人として致命的な欠陥があるのだろう。もちろん人並みに傷つき悩む、情も弱さも持ち合わせている。それでも決定的な点が、人とは違うのは『元の世界』にいた頃から感じていた。
まともな神経がある人間は、プライベートを切り売りし、常に人の視線に晒されるアイドルなど務まらない――『元の世界』で以前言われたことがある。だから自分は、きっと将来まっとうな仕事に就くことも、結婚もできないのだろうなと漠然と思っていた。
この世界にあっても、今さら普通の『何か』にはなれない。カレンには皇帝を目指す以外の道はないのだ。
「ロウや姉上たちが、何を考えてるかなんてどうでもいいよ。私が皇帝になりたいからなるの」
カレンはロウラントを見据えてきっぱり言う。
「だからもうロウは一人で悩まなくていいよ。イヴ姉上たちのことは私が助けてあげるから。もちろん代償はもらうよ?」
「……代償?」
「――ねえロウ、私のために一緒に地獄に堕ちて」
カレンはロウラントへと片手を差し伸べた。
驚愕で固まるロウラントに向かって、なおカレンは言う。
「ロウが私を地獄へ捧げるのなら、ロウのこの先の人生すべてを私に捧げてよ。きっと私の分まで悩んで苦しんで、最後の瞬間までたくさんの人に悪く言われながら、死ぬことになると思うけど。でも偽悪者で被虐趣味のロウだったら、むしろご褒美でしょ?」
ロウラントは面食らった後、やがてむすっとした表情になる。
「……人を変態みたいに言わないでください」
「事実じゃん。それに私の活躍が最前列で……いや舞台袖かな。とにかく一番近くで見られるよ。参謀冥利に尽きるでしょ?」
「よく言う……」
ロウラントは怒ってるとも笑ってるともつかない表情で、口の端を歪める。そして迷いのない足取りでカレンの元へ歩み寄ると、差し出されていた手を強く握った。
そうなるだろうと確信していたので、カレンは特に驚きはしなかった。少し計算違いだったのは、ロウラントが手を引いた勢いのまま、その腕の中にカレン閉じ込めたことだ。




