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元地下アイドルは異世界で皇帝を目指す!  作者: 烏川トオ
第1部 3章 バック・ステージ
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94、ずっと一人で




 その日の晩、いつも通りにベッドに就いたカレンは、しばらくしてからそっと起き出し外に出た。

 



 離邸の裏庭で、規則正しく空を切る音が響く。木の間からそっと覗くと、そこには月明かりの下で真剣を振るう人影があった。


 彼が構えるのは、ルスキエ騎士が持つ両刃の剣とは違う、東方諸国から伝わる片刃の長剣だ。以前少し見せてもらったことがある。カレンがよく知る日本刀にも似ているが、こちらの方がやや反りは深い。




 上段に構えた剣をひたすらに振るい続けている。同じことを微塵のずれもなく、何度も何度も繰り返す。これだけ激しい腕の動きにも、体の軸がまるでぶれない。大地に根の張った大樹のような安定感だ。弛まぬ鍛錬を続けなければ、おそらくできないことだろう。


 こんな地道な努力をロウラントはずっと続けてきたのだ。誰にも知られず、ずっと一人で……。




 ふいにロウラントが剣を下ろした。布で汗を拭いながら言う。

「――何か用ですか?」


「気づいてたんだ?」

 ひょいと木の影から顔を出したカレンを見ても、彼はまったく動じていなかった。


「闇討ちされる心当たりはないので。こんな時間に俺を訪ねるのは殿下くらいでしょう」


「剣の鍛錬は毎日やってるの?」


「一日でも欠かせば腕が落ちます。……そんなことを聞きに来たんですか?」


「うん……特に話したいことはないかな」


 うんざりしたように、ロウラントはため息をついた。

「暇つぶしですか? 夜更かしは感心しませんよ」


「そういうのともちょっと違うんだけど。……あ、一つ聞きたいことがあった!」




 ロウラントが抜き身の剣を鞘に納めた。ちらと、当たりを探るために周囲を見る。誰もいないことを確認し、話の先を促すようにうなずく。


「――どうして皇帝になろうとしなかったの?」


「何ですか、藪から棒に」


「だって『ランディス皇子』は血筋もよく、文武両道の優秀な人だったって、みんなが言うから。その気になれば、皇太子の座を狙えたんじゃないかなーって」


「……単純に嫌だったからです」


「嫌なの、皇帝になるの?」


「嫌ですよ。何であんな因果なものになりたいのか、あなたや兄弟姉妹きょうだいの気が知れません」




「そりゃあ、ロウはみんなと違って自分勝手だもん」


「俺が自分本位なのは認めますが、人に面倒事ばかり押し付けてくる、殿下に言われると複雑ですね。――それにもう一つ理由があります。薄々気づいていると思いますが、俺はあなたの本当の兄ではありません」


「ああ、うん……そうみたいだね」

 驚きよりも、やっぱりそうかという気持ちの方が大きかった。


「まだくわしい事情は言えませんが、その件は選帝会議が終わったらきちんと話します。でも俺はその事実ゆえに、皇太子候補から降りることを決めました。……これは単なる意地みたいなものです。一番大きな理由はやはり最初に言った方です」




「そんなに嫌かなー?」

 カレンは首をひねる。


「他のみんなはわからないけど、私はアイドルがもうダメなら、皇帝になるしかないなって思ったけどなあ。私の夢はたくさんの人を愛し愛されることだしね。この世界でこれ以上の天職は他にないでしょ」


「俺は博愛主義とは程遠い利己的な人間なので、殿下の気持ちはわかりません」


「でも結局ロウは、そんな私を気に入ってるじゃん」


 ロウラントは苦虫を嚙み潰したよう顔でカレンを見るが、否定はされなかった。




「自分で言うのもなんだけど、私は育て甲斐のあるいい主だと思うんだけどなあ。完璧じゃないからこその魅力っていうか、伸び代があるのはアイドルの醍醐味だし」


「調子に乗らないでください。伸び代しかないくせに、何言ってるんですか」


「せめて度量が大きいって言ってよ。これでも臣下の話を聞くくらいの余裕はあるつもりなんだけど」


 ロウラントが忌々しそうに目を細める。

「……何が言いたいんですか?」


「ロウこそ、言いたいことないの?」


「ありませんよ。もういいですか?」

 ロウラントはふいと背を向け、立ち去ろうとする。

 



 その背に向けてカレンは一言つぶやく。

「嘘つき」


 ロウラントがぴたりと足を止めた。大きなため息をついて、苛立ったように髪をぐしゃぐしゃと掻き乱し、振り向いた。


「言ったでしょう!? あの救えない馬鹿共のことなら、俺の知ったことではありません! あいつらが情に溺れやすいのは知ってましたけど、お互いに溺れてたら世話がない。もう手に負えません!」


「だから私に頼れって言っているの!」

 カレンはぐっと親指を自分の胸に突き付ける。




「俺は調子に乗るなと言いました。自分の面倒もままならないくせに、余計なことを考えないでください!」


「……あんまり人を舐めるのも、いい加減にしてくれない?」


 ロウラントが人の神経を逆撫でする天才なことには、出会ったその日から気づいていた。いい加減そういうものだと慣れてはいるが、頭に来ないかというとそんなことはない。――正直、『一度ぶん殴りたい』くらいには思っている。


 カレンが据わった目付きになったことに気づいたのか、ロウラントが鼻白む。








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