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元地下アイドルは異世界で皇帝を目指す!  作者: 烏川トオ
第1部 3章 バック・ステージ
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93、戦う覚悟、守る決意




「カレン様が正当な血統を持つのなら、私に思い残すことはありません。――例え二度と会えなくても」


 全てを語り終えたフレイは、肩の荷が下りたように満ち足りた笑みを浮かべた。




 カレンは「いやいや」と片手を振る。

「勝手に決めないで。私にはまだ先生が必要だよ」


「ですが……私はあなたを裏切ったのですよ。そんな人間を側に置いても益はありません。第一私の正体がもし暴かれれば、カレン様にどれほど迷惑をかけるか――」


「その点はあまり心配ないと思います」

 ロウレントが少し考え込みながら言う。




「イヴたちとは互いに秘密を握り合っている状況にあります。イヴから先生の秘密が漏れる可能性はほぼないでしょう。色恋沙汰で多少とち狂ってるとはいえ、あれは計算高い女です。自分以上に大事なものがある限り、自暴自棄な真似はしないでしょう」


 ひどい言い草だが、おそらくロウラントの指摘は当たっている。どんな事情があろうと、イヴリーズの最優先はグリスウェンとお腹の子供だ。


 ――寄り添ってくれる人の未来を天秤にはかけない。

 以前グリスウェンが言っていた言葉を思い出す。愛情深いあの二人なら、自然とそう考えるのだろう。




「もう一つの懸念である大司教も……真意は俺にもわかりませんが、殿下を支援する姿勢を見せている以上、横槍を入れるとは考えにくい。こうなった以上、身重のイヴには宮廷を逃げ出す以外、残された道はありません。せいぜい後はスウェンに皇太子の立場を勝ち取らせ、ほとぼりが冷めた頃に自分が戻れるかどうかという所でしょう。殿下を妨害する余裕はもうないと思います」


 イヴリーズの思考を推測するロウラントの言葉は、何よりも信頼ができた。


「さすがというか、何というか……姉上の弟だけあるね」


「その件に関しては、残念ながら殿下よりも年季が長いので」

 ロウラントがそっけなく肩をすくめた。




「――とはいえ、いざとなればイヴは冷徹な判断もできる。いよいよ追い詰められれば、スウェンの秘密をフレイ先生ごと消しにかかるくらいはやりかねない。それが殿下にどんな影響を与えるか……先生、わかりますよね? せめて選帝会議が終わるまで、我々の目の届くところにいてもらった方がいいと思います」


 険しい表情で押し黙るフレイに、ロウラントはさらに言い募る。


「先生にとっても、スウェンが皇太子になることは本意でないはずです。イヴの真意を知らなかったとはいえ、結果的に皇位簒奪に力を貸してしまったことは本末転倒でしょう。罪悪感はないのですか?」


 もはや脅迫のような口ぶりだが、カレンは口を挟まなかった。どんな手を使ってでも、フレイには側にいてほしい。


「……おっしゃる通りです。カレン様が無事に皇太子になるまで、私には逃げる資格すらありません」


 ためらいつつも、しっかりとうなずいたフレイにカレンは胸を撫で下ろす。




 ロウラントはカレンに向き直った。


「言っておきますが、殿下にとってもここから先は楽な道ではありません」


「……え?」


「我々はあくまで膠着状態。うかつな真似ができないのはこちら同じです。このままなら、殿下とスウェンの宮廷での支持はほぼ五分五分になるでしょう。つまりこの先は、個人の資質のみの真っ向勝負です。そうなればスウェンは兄弟姉妹きょうだいの中で誰よりも手強い」


「そっか、今度は私と兄上の一騎打ちだね」


「ああいう愚直なほど正義感が強く、青臭い理想論を恥ずかしげもなく語れる男は、夢見がちな貴族や騎士たちの大好物です。……殿下とスウェンはさすがによく似ています。あいつはあなたと同じで、人の心をつかむことに長けている。そしてスウェンの強みは、一切の計算抜きでそれができることです」


「うん……わかるよ」


 イヴリーズやロウラントなどという、やっかいな人間を懐かせているのだ。大概の人間の心をつかむくらい余裕だろう。だがその点ならカレンも負けない。人を惹きつける魅力はアイドルの本分だ。




「私は簡単に吹っ飛ばされたりしないよ。主として従者の仇はちゃんと取ってあげるからね」


 カレンはロウラントの肩に手を置いた。つい先日の派手な落馬で関節が外れた場所だ。痛みはないはずだが、ロウラントはひきつった笑いを浮かべる。


「その減らず口、忘れないでくださいね」




「……カレン様」

 フレイがおずおずと話しかける。


「私がこんなことを言える義理でないことはわかっています。でも――」


「大丈夫。兄上たちのことは、私が皇太子になって守るから」


「申し訳ありません。私が気にかけるべきはカレン様だけなのに……」


「フレイ先生こそ本当にいいの? 私のことは自分の娘かもしれないと思ったから、側にいてくれたんでしょ?」


「それは違います! 本当に血の繋がりはどうでもよかったんです。あなたはルテアが命と引き換えに残した子……それだけで私には十分でした。ですが――」


 フレイは申し訳なそうに視線を下げた。


「グリスウェン殿下への情も捨て切ることはできません。身勝手なことを言っているのはわかっています」


「自分の子供なんだから当然だよ。……いつか兄上だってわかってくれるよ」


「いいえ――きっとグリスウェン殿下は父親という存在をお恨みでしょう。名乗った瞬間、叩き切られても文句は言えません。……でも、今のあの方の気持ちはよくわかるのです」




 愛してはいけない存在を愛したこと。自分のそれまでの人生を覆してでも、その人でなければならなかった。――それはいつかカレンも感じた、喉がひりつくようなあの渇望と同じなのだろうか。心の片隅でそっと考える。


「ずっと秘めた思慕を抱え続け、同じ思いを愛する人も向けていたのだと知ってしまえば、自重が効かなかったことは想像がつきます。……残念ながら、あの方とは本当に親子のようですね」


 自嘲気味に言うフレイに、カレンは言葉を返せなかった。











本日中にもう1話更新します。




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