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元地下アイドルは異世界で皇帝を目指す!  作者: 烏川トオ
第1部 3章 バック・ステージ
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92、フレイとルテア3




 生きる目的を取り戻したフレイは、寝食を削り勉学に励んだ。従順な礼儀作法を身に着けた修道女が、王侯貴族の娘のための教育係に宛がわれることは珍しくはない。幼少時から修道院にいたフレイにとって、ただそれだけなら事足りる素養はあった。しかしフレイが仕えるのは、特殊な環境に身を置く皇女だ。


 ルスキエの皇子皇女には、過酷な運命が課せられている。皇太子になるか、あるいは世間に必要とされる才能がなければ、修道院に送られ一生を過ごすことになる。状況からしてカレンディア皇女が、皇太子になる可能性は極めて低くかった。




 フレイはレイローグ女子修道院を愛していたが、ルテアの娘には隔絶された箱庭ではなく、日の当たる広い世界で生きてほしかった。それはルテアと外の世界で生きることができなかった、フレイの妄執だったのかもしれない。


 未来を広い世界で生きるためには、優れた能力がいる。皇太子になる可能性の低い皇女に、優秀な教師がつけられることはないだろう。それならば自分がフレイに知識を授けるしかない。フレイは来るべき日に備え、必死に勉強した。皇女を守るために必ず必要となる知識を。


 フレイは終生誓願こそ立てていなかったが、見習い修道女として、すでに髪は短く落としていた。それも宮廷で暮らすのにふさわしく伸ばし始めた。途中で誓願を破棄した者は、二度と神の道へは戻れない。それはフレイの覚悟でもあった。






 カレンディアと初めて出会った日のことを、フレイは生涯忘れないだろうと思った。


 皇女の瞳は、薄明の空のような深い瑠璃色と、真新しい太陽を想わせる茜色が混ざった色をしていた。母と同じ暁の空を映す瞳でまじまじと自分を見つめる少女に、出会った頃のルテアが重なった。


 フレイは胸が詰まる思いがした。例え父親が誰であろうと、ルテアの娘というだけで命を賭して守れる。おずおずと恥ずかしそうに挨拶をする小さな皇女を見て、フレイは心に誓った。




 フレイはその日から誠心誠意カレンディアに仕えた。しかし先に待ち受ける継承争いを思えば、状況は芳しくなかった。


 すでに年長の皇子皇女はその才覚を見せ始めていた。特に長女イヴリーズは皇家でも稀有とされる、他人の怪我を癒す『祝福』を持つ聖女と称えられ、遊学中の長男ランディスは文武両道長けた、非の打ち所がない完璧な皇子と評判だった。


 ルテアのもう一人の子供であるグリスウェンは、武勇の類まれな才能があると評価されていた。皇太子の座を狙うのは難しいにしても、騎士としての才覚を示せば、この先も宮殿に居場所を作ることはできるはずだ。


 だがカレンディアの方は教育係のフレイから見ても、これといった才能がなく不器用。勉学も覚えがいいとは言えない。さらに臆病で人見知りの性格も、皇族としては褒められたものではなかった。フレイはカレンディアの穏やかで優しい性格を愛していたが、皇帝の器でないことは明らかだった。




 数年があっという間に経過し、フレイは考え方を改め始めていた。カレンディアは不器用だが、けして愚鈍ではない。むしろ繊細で傷つきやすい少女だった。兄弟姉妹きょうだいとの出来を比べられ、密かに涙する姿が哀れで、皇宮よりもむしろ修道院で静かに暮らす方が向いているのではないか、そう思うようになった。


 修道院ならフレイも共に着いていける。神への教えを途中で投げ出した自分だが、悩める者の最後の砦である、レイローグ女子修道院は救いを求める者を拒みはしない。下働きとしてなら置いてもらえるだろう。


 そう思い直し始めていた時、突然皇女付きの従者として一人の青年が現れた。




 皇女の従者として選ばれたのは、カレンディアの形ばかりの後見人であるコレル男爵の紹介でやって来た、騎士ロウラントだった。


 ロウラントはまだ二十歳そこそこで、貴族社会では端くれに過ぎない騎士位でありながら、皇女を前にしてもまるでへりくだる様子がない。彼はカレンディアに厳しく、何か粗相があると、丁寧な物腰を崩さぬままぴしゃりと叱りつけた。変化のない生活の中に、突然現れた恐ろしい存在にカレンディアはいつも怯えていた。




 フレイとロウラントは、カレンディアの教育方針について何度も口論になった。カレンディアは宮廷の陰謀渦巻く世界に向いていない。このまま無用な心の傷を作るくらいなら、静かな暮らしを送らせてやりたいとフレイは訴えた。


 ロウラントは少し時間を置いた後、フレイにある秘密を明かした。自分は継承権を放棄し逃げた、第一皇子ランディスであると。荒唐無稽な話に茫然とするフレイに、ロウラントは自分の血を食糧庫で捕らえたネズミに与えてみせた。眠るように死んでしまった哀れなネズミを前に、信じる他なかった。




 思え返せばロウラントの立ち振る舞いは、微塵の隙もないほど完璧だった。それでいて、従者という立場にあっても卑屈さがなく、堂々としていた。周囲からすべてを肯定され、生まれ育った皇子ならではと思えば納得できた。


 ロウラントからは、カレンディアやフレイが望むなら、その意思に沿ってもいいと言われた。ただ後悔はないよう、よく考えて結論を出してほしいとも。




 その直後フレイは第一皇女イヴリーズから、彼女の離宮に密かに招かれた。


『単刀直入に言うわね。私はあなたの秘密をすべて知っているわ』

 イヴリーズは優雅に微笑みながら、そう告げた。


 修道院は継承争いに敗れた皇族だけでなく、何らかの後ろ暗い事情を持つ人間が、世間から逃れるためにやって来る場所でもある。イヴリーズの伯父である大司教は、貴族や有力者の秘密が集まる修道院に配下の者を潜り込ませていたのだ。


 あの厳しくも優しく、自分とルテアを育ててくれた修道女の中に、裏切者がいたとは信じたくなかったが、現実の前では否定できなかった。




 イヴリーズはフレイが男であること、ルテアと恋仲であったこと、そしてグリスウェンとカレンディアの父親である可能性も把握していた。イヴリーズは母の身分が低い兄妹は、今のところ蹴落とすまでもないと考えていることを告げた。


 フレイに何の野心もないことを確認したイヴリーズは、協力すれば秘密を守ると告げた。そして自分が皇太子になった暁には、兄妹が望む通りの生活ができるよう取り計らうとも約束した。その言葉を聞いたフレイは、イヴリーズに従うことを決めた。




 しかしある日を境に、またもフレイの運命は想定外の方向に転がっていく。カレンディアが別人のようになってしまった。


 フレイがもっと動揺するものと思っていたと、ロウラントは言った。しかしフレイはカレンディアの変貌をすんなりと受け止めていた。


 カレンディアの人を思う優しさや、フレイを信頼し慕う眼差しはまるで変わっていなかった。本質が同じであることは、理屈ではなく直感で分かった。それだけで十分に受け入れることができた。言動の変化など、フレイからすれば些細なことだった。




 周囲のカレンディアを見る目が変わっていくことは好ましかった。だが、フレイの中に別の不安が生まれる。カレンディアが万が一にも皇太子になってしまっては――もし父親が自分であれば、それは玉座の簒奪となる。


 それとほぼ同時に、カレンディアを脅威に感じるようになったイヴリーズからいくつかのことを命じられた。フレイは言われるがまま、カレンディアの情報や身の回りの品を渡した。


 罪悪感はあったが、ためらいはなかった。愛する人を欺くことにはもう慣れていた。








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