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元地下アイドルは異世界で皇帝を目指す!  作者: 烏川トオ
第1部 3章 バック・ステージ
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83、決着




2023/02/18 誤字訂正







 立会人の合図が下される。ついに六度目の突撃だ。


 もうもうと土煙が舞う中、黒い騎士が初めて先手を取った。まだ互いが交差するより早い段階で槍が繰り出される。


 ――届かない!


 誰もがそう思いきや、黒い騎士は手の中で柄を滑らせるように、槍を長く伸ばした。




 想定の範囲外からの攻撃は、ついにグリスウェンの盾の中央を捉える。しかし力が完全に乗り切らない。無理な体制からの攻撃は、勢いがわずかに足らなかった。グリスウェンは仰け反りながらも堪え、自身も渾身の一撃を放つ。


 その勢いは黒い騎士の手から盾を弾き飛ばすだけに留まらず、穂先が甲冑の肩口にまで到達する。疾走する馬から引き剥がされるように、黒い騎士の体が宙に浮いた。


 グリスウェンもまた大きく均衡を崩し、ついに鐙から片足が離れる。もう片方の足を鐙に残し、半ば落馬した、危険な体勢のまま馬に引きずられる。観客席の女性たちから悲鳴が上がった。


 手綱を掴んだまま、グリスウェンは走り続ける馬をなだめるように声をかけ、どうにか歩みを緩めさせた。馬が止まった時、グリスウェンの足は完全に地に着いていた。




 しかし、黒い騎士の体が地面に投げ出される方が早かった。長い死闘の末の劇的な決着に、地面が揺れるような歓声がどっと沸く。


 しばらくの間、賞賛と拍手に闘技場が包まれていたが、やがて周囲が異変に気付き始める。受け身も取れず、地面に叩きつけられた黒い騎士は微動もしなかった。歓声が徐々に不穏なざわめきへと変る。




 カレンは立ち上がり、観客席を隔てる柵にすがりつく。


「ロウ!!」


 スカートたくし上げ、柵に足をかける皇女の姿に周囲が目を剥く。


「え……ええ!? お姉様!?」


 カレンが叫んだ名前とその奇行に、ミリエルが慌てたように叫ぶが構う余裕はなかった。カレンは柵の上から飛び降り、闘技場に降り立つ。


 空を仰ぐように倒れたまま、身動きしない黒い騎士の元に駆け寄る。落下の瞬間は土煙でよく見えなかったが、頭部から受け身も取れぬまま落ちたように見えた。


「――ロウ、ロウ! 聞こえる!?」


 兜の目元から虚ろな濃紺の瞳がのぞいている。くぐもった呼吸音は聞こえるが、呼びかけにまるで反応しない。顔を覆う面具バイザーの留め金に手をかけるが、指先が震えてなかなか外せない。不安と焦りに、カレンの視界が涙で揺らいでいく。




 動揺するカレンの肩に、大きな手がかかった。


「――カレン、離れてろ」

 そこには甲冑の面具を上げ、顔をあらわにしたグリスウェンがいた。


 カレンが場を譲るとグリスウェンは跪いて、ロウラントの面具を外しにかかる。


「兄上……」


「大丈夫だ。落ち着け」


 グリスウェンは淡々と言ったが、その声の優しさは以前と変わっていなかった。




 面具が上げられ、ようやくその顔を見えた。ロウラントの目が日の光を疎むように、細められる。


「ロウ!」


 カレンがもう一度呼びかけると、かすかなうめき声が漏れた。濃紺の瞳がゆっくりとカレンの姿を捉える。


「……でん、か……」


 かすれた声に、カレンは涙ぐみながら何度も何度もうなずく。


 ロウラントはぼんやりとした瞳で、ただひたすらにカレンを見つめ続けていた、やはり頭を打ったせいか、意識がまだ朦朧としているようだ。




 やがて兵士たちが担架を運んできた。ロウラントを揺らさぬように、丁寧に兜や篭手を外してゆく。ふと視線を感じ目を向けると、グリスウェンがじっとロウラント見つめていた。


 そういえばグリスウェンは、以前庭園でもロウラントに話しかけていた。年の近い皇子同士、共に武術指南を受けたこともあっただろう。試合の中で何か感づいたかもしれない。


「ああ、まだ動かれない方が……」


 気づけば、兵士たちの制止を無視し、ロウラントがよろめきながら半身を起そうとしている。カレンは慌ててその背を支える。


「ロウ、ダメだよ! 無理しないで……」


「……大丈夫です」


 地面に座り込んだロウラントは、気分が悪そうに片手で顔を覆ったままうつむく。そして指の隙間から、ちらりとカレンに目配せした。いつもの知性を取り戻した瞳に、カレンは安堵しつつその意図を察する。




「――兄上、お手数をおかけしました。ここはもう大丈夫ですから行ってください。皆さんが勝利者をお待ちです」

 

 少し心が痛んだが、グリスウェンに早くこの場から離れてもらうため、あえて素っ気なく言う。


「……ああ、わかってる」


 グリスウェンは短く返答し、うつむいたロウラントの前にすっと右手を差し出した。


「良い試合だったな、礼を言う。よく養生するといい」


「……もったいないお言葉です、グリスウェン殿下」


 ロウラントは視線を伏せたまま述べる。のろのろと差し出された手を、グリスウェンがしっかりと握った。




 勝者を歓迎する、群衆の輪の中に入っていくグリスウェンを見届けると、兵士に支えられたロウラントに付き添い、カレンはその場を後にした。







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