81、一騎打ち
闘技場に着くと、ちょうど試合の合間だったようで、興奮冷めやらぬ人々の声で賑わっていた。今日は不礼講であり、闘技場の観覧席は出入りも自由だ。見晴らしのよい中央の一番高い座席に着いた皇帝以外は、皇女であるカレンたちにも決まった席はない。
目ざとく皇女の姿を見つけた人々が、騎士が勝ち残っていることに祝いの言葉を述べ、場所を譲ってくれた。カレンは礼を言い、ミリエルと共に最前席に着席する。
ざわめきの中に、ときおり自分とグリスウェンの名が聞こえてくる。
「よもやカレンディア殿下の騎士が勝ち上がるとは――」
「もしこのまま行けば、決勝は《暁》と《黄昏》……継承争いの象徴のようではなくて?」
漏れ聞こえてくる声にはっとして周囲を見渡す。
最近宮廷内でよく聞く言葉だ。カレンとグリスウェン、それぞれの瞳の色になぞらえ《暁の皇女》と《黄昏の皇子》と呼ばれている。
「――カレンお姉様」
ミリエルが視線を闘技場に固定したまま、さりげなくカレンに言う。
「今朝から会場中が噂になっていましたよ。お気づきでなかったのですか?」
「何の話?」
「今の状況ですよ。『イヴリーズ皇女は病に倒れ、ミリエル皇女は失脚。最終局は同母の兄妹による、一対一の勝負か』――そう言われているのですよ」
思いがけぬ話に、カレンは一瞬言葉を失う。
「私と兄上? 待ってよ、ミリーだってまだ――」
「諦めてはいませんよ。でも、現実的には厳しい状況でしょう? わたくしの嫌疑はまだ完全に晴れたわけではありませんから」
他人事のように冷めた口調でミリエルは言う。
「今日はイヴお姉様に気遣っていただきましたが、当の被害者が疑っていなくとも、それとこれとは別の話です。真犯人が見つからない限り、わたくしの不利は覆せません」
「ミリー……」
「実際に、わたくしやおじい様を見限り始めた者たちも少なくありません。――あとはどれほどの支持を保ったまま、選帝会議まで逃げ切れるか――口惜しいですが、それがわたくしの今の現状です。このまま行けば、噂通りにカレンお姉様とスウェンお兄様の一騎打ちになるでしょうね」
カレンは半笑いで首を振る。
「待って待って。兄上を支持する人が急に増えたのは知ってるよ? 軍部関係者がほとんど兄上に付いたって聞いているし。今の私じゃあ、まだ兄上の足元にも及ばないんだけど」
ミリエルは深くため息をついた。
「だからお姉様は呑気だと言っているのですよ。……もしくはお姉様の過保護な『従者』が、無用な負担を与えないために、あえて情報を絞っているのかもしれませんね」
「……どういうこと?」
ロウラントが何かを隠しているということだろうか。カレンの心内に不安がよぎる。
「言っておきますが、わたくしはあの方ほどカレンお姉様を気遣うつもりはありませんので。――まずバルゼルト王子です。宮廷の人間がお姉様とあのやっかい――……気難しい御仁が、対等に交流を深め合う様子を見て、何も考えないと思いましたか?」
「どうしてバルゼルト王子がルスキエの継承争いと関係あるの?」
「あの方はドーレキアの次代の王と言われているのですよ」
「それは、もちろん知ってるけど……」
今のドーレキアの王太子は病弱で先が長くない――バルゼルトから直接聞いた話だ。つまり次男である、バルゼルトに王位が巡ってくる可能性が高い。
「ドーレキア王国は友好国であると同時に、絶対に敵に回してはならない存在です。そんな国の次代の王と皇太子候補の一人が対等な関係を築いている――この事実がどれほど重要視されるか、わからないのが不思議です」
「バルゼルト王子は一見取っつきにくいけど、話のわからない人じゃないよ。こっちが心を開けばきちんと対応してくれるし、そこまで気難しいってわけじゃ……」
「そう思っているルスキエ人は、カレンお姉様くらいです」
ぴしゃりと言われ、カレンは愕然と言葉を失う。
そういえば以前、ロウラントが他国の重要人物と親交を深めるのも、支持を得るための方法だと言っていた。バルゼルトとは相変わらず、シレナ親子と共に屋敷を訪ね、シャスランを指したり、彼の犬と遊んだりと気さくな交流がある。
完全な息抜きの割には、どおりでロウラントが快く送り出してくれはずだ。バルゼルトは思慮深く理知的な人間だ。打算のある付き合いなどすぐに見破られるだろう。ミリエルの指摘通り、おそらくカレンが自然体でいられるように、ロウラントはあえて何も言わなかったのだ。
バルゼルトは歳上ではあるし、師のように仰いでいる、そして同時に、王族同士の完全に対等な友人でもあると思っていた。ロウラントに悪気がないのは承知だか、そこに権力争いのための思惑が介入していたと知り、一気に心が重くなった。
「それから……これはおじい様からの情報なので、まだご存じなくても当然ですが、イクス教団の大司教を始めとする指導者たちの大半が、近々カレンお姉様への支持を表明するはずです」
「……えっ?」
想定外の言葉にカレンの思考が止まった。




