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元地下アイドルは異世界で皇帝を目指す!  作者: 烏川トオ
第1部 3章 バック・ステージ
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80、番狂わせ




2023/02/14、2/19 誤字訂正








「わたくし、イゼルダ様は少し苦手です」


 カレンたちと会うまで、ずっとイゼルダの相手をしていたのだろう。ミリエルがぐったりとした様子で言った。


「何ていうか……独特の人だよね。ロウ――ランディス兄上とはあんまり似てないね……」


「あの方は、騒々しい女性に振り回される巡り合わせなのでしょうね」


「ん?」と小首をかしげてミリエルを見たが、ふいと顔をそらされた。




「それよりもミリー、大丈夫なの?」


「何がですか?」


 ミリエルはいつもの調子で、つんと顎をそらして言う。


「くだらない噂話を、スズメみたいに騒ぎ立てる声のことなら、いちいち聞いていられません。わたくしにやましいところなど微塵もないのだから、気に掛けるだけ無駄でしょう」

 

 声も落とさず言い放つその言葉に、周囲の婦人たちが気まずそうに顔を伏せた。


「……さすが」


「当たり前のことです」


 虚勢ではなく堂々たる態度で笑う妹の姿に、カレンまで誇らしくなる。




 ドッと、大きな歓声と拍手が闘技場から響き渡る。また面白い試合運びでもあったらしい。


「ミリー、試合は見に行かないの?」


 ミリエルが先ほどの勝気な笑みを引っ込め、不貞腐れた表情になる。


「……わたくしの騎士は一回戦で、スウェンお兄様に負けてしまいました」


「あらら……」


「どうせ今年もお兄様の優勝でしょう」


 つまらなそうに言うミリエルに、カレンは「どうかなあ?」と首をかしげる。


「わかんないよ。今年はバルセルト殿下もいるし」


「確かにバルゼルト殿下の武勇は聞き及んでいますが、スウェンお兄様は帝国一の槍の使い手と言われているんですよ。馬上槍試合トーナメントに関しては、お兄様の方が絶対優位です!」


(結局スウェン兄上に勝って欲しいんじゃない……素直じゃないなあ)


 そこがカワイイんだけどと、相貌を崩していると、また頭を撫でられる気配を察したのか、ミリエルがカレンから距離を取る。


「その気持ち悪い笑い方、やめていただけます?」


 カレンは心の中で舌打ちしながら、出しかけた手をこっそり止めた。




「そういえば、私の騎士はどうなったんだろう?」


「あら? お姉様の元にも、試合に出せる程度の人材がいたのですね」


(借り物だけどね……)


 さすがに名目上の主とはいえ、労いの言葉の一つもかけないわけにはいかない。そろそろ闘技場へ向かおうかと考えていると、「あっ……」とミリエルの顔が強張った。






「姫! こんなところで何をしている!?」


 びりびりと辺りをつんざくような声だが、彼にとってもこれが通常だ。さすがにこの声にも、もう馴染みが深い。


「バルゼルト殿下!」


 振り向いたカレンは、すぐに笑顔を凍りつかせる。


 ガチャガチャと音を立てながら、重装姿プレートアーマーのバルゼルトが兜を脇に抱えてやって来る。相変わらずの厳つい顔だが、今日はその恐怖感が一段と増していた。こめかみの周辺が真新しい傷で、赤黒く変色している。




 後を追って来た医官らしき者が、慌てて氷の入った革袋を差し出そうとするが、バルゼルトは「そんな物はいらん」と、虫をいなすように片手を振る。


「――わたくしが」


 医官からそっと革袋を受け取ったのは、バルゼルトの後ろにいた小柄な女性だった。


「シレナ様、いらしていたんですね」


 カレンの呼びかけに、フィンシャー男爵夫人シレナが丁寧に礼を取る。


「はい、バルゼルト殿下のお誘いで」


「あの……シレナ様はこういう荒事は苦手かと思っていました……」




 シレナは落馬事故で夫を亡くしている。落馬が付き物の馬上試合は、さすがに刺激が強いのではないか思った。


「わたくしはサンタリアの出身なので、馬には親しみがございます」


 その名は良馬の名産地として知られる土地だ。


「故郷でも馬上試合や競馬をよく観戦したものです。懐かしいですわ」


 カレンの言わんとしたことを察したのか、シレナは穏やかに笑う。やはりこの女性は、控えめだがとても聡明だ。少しずつではあるが、バルゼルトとシレナの距離が縮まりつつあることにカレンは安堵する。




(……今日はいい所を見せられる、絶好の機会だもんね)


 そう思ってバルゼルトの方をうかがうと、なぜか最初に会った時かそれ以上に、不機嫌そうな威圧感をまとっていた。「――ひっ」とミリエルが小さく息を飲んで、カレンの後ろに隠れるように回り込む。


「あのバルゼルト殿下……?」


「そなたは相変わらず、人の想定外を行く姫だ」


 苦々しい表情で言われ、カレンはきょとんとする。何の話かまるで心当たりがない。


「あれほどの騎士を抱えているとは、さっき会った時は一言も言わなかったではないか。まったく人が悪い!」


「私の、騎士ですか……?」


「まさか決勝を前に負けるとは……口惜しいがこれも実力だな」


 鼻を鳴らすバルゼルトを前に、ようやくカレンは事態を理解する。


「私の騎士が殿下に勝ったのですか!?」


「見ていなかったのか?」


 呆れたような目で見下ろされ、カレンは誤魔化すように笑う。


「そなたの臣下の気苦労が知れるわ」




「――あ、そのお怪我はじゃあ……」


 青ざめ謝罪の言葉を口にしかけたカレンを、小うるさそうに「よいよい」とバルゼルトは制する。


「男の正々堂々の勝負だ。文句なぞ言わん。だいたいこれしきのかすり傷で、この国の人間は大げさすぎる」


 額の半分近くの色が変わる怪我は、おそらくルスキエではかすり傷とは言わない。


「申し訳ありません、隠すつもりはなかったんです。私は武芸のことに不勉強で……自分の騎士がどの程度の実力なのかよく知りませんでした」


「確かにあの騎士、俺も見た目からして、当たりはそれほど強くないだろうと油断していた」


「……うちの者がどうやって殿下に勝ったのですか?」




 カレンも事前に近衛騎士達の練習試合を見学したことがあるので、大まかな試合運びわかる。


 馬上槍試合は合図とともに突撃し、すれ違い様に互いに槍を繰り出す、一瞬の勝負だ。馬の加速力を自身の槍に乗せ、相手の盾を狙って突く。先に落馬した方が負けとなり、決着がつくまで何度も突撃を繰り返す。


 槍先が盾の中央を捉えられなければ、相手へのダメージが減り、自分がバランスを崩して落馬する可能性がある。フィジカルが物を言う世界かと思いきや、一瞬の駆け引きも要求される。緻密な試合運びを可能にするには、相当な馬術の技量も必要だ。馬上槍試合はまさに、騎士としての総合力が試される花型競技だ。


 その上で、やはり体重や筋力がある方が有利だ。バルゼルト自身も彼が駆る馬も、ルスキエ騎士よりも一回り以上大きい。


(だって、ほぼ戦車じゃんこの人……)


 借り物の騎士が――いや、人間が勝てる絵面を想像できない。




「一撃目は互いに盾の中心を捉えられなかった。二撃目はこちらの突きはかわされ、あちらは均衡を崩し攻めの機を失した――ように見えた。そして三撃目は、先を取った俺の突きを向こうが盾で受け流し、二撃目と同じような状況になると思った。……が、俺の視界が相手の掲げた盾で塞がれ、その一瞬の隙を突かれた。――で、このザマというわけだ」


「えーと……すみません。想像がつかないんですが……」


 カレンは練習試合と今日の冒頭の試合を、いくつか見たことがあるだけだ。騎手の視点でしかわからぬこともあるだろう。


「簡単に言うと、そなたの騎士は技巧に長け、計算高いということだ。……ついでに相当の自信家と見える。馬上槍はとにかく相手より先手を取ることが基本で、あえて後の先を取りに行くなど普通はやらない。あのような危険な駆け引き、失敗をすれば命を落としかねんぞ。さすがにこの主の臣下だけある」


「な、なるほど……」


 感心しているとも、呆れているともつかぬ口調で言われ、カレンは視線をそらす。


 よくロウラントは、そんな高い技量を持った逸材を見つけてきたものだ。


(大会が終わってからも、その人私に仕えてくれないかな……)


 皇女の身分抜きにしても、強い騎士に守ってもらうのは女子としては憧れだ。




「呑気に感心してる暇があるなら、試合を見てきたらどうだ? そなたは上っ面を取り繕うのは得意のようだが、そもそもまず皇族としての勉強が足らん」


 図星を突かれカレンは口ごもる。その後ろに隠れたまま、ミリエルが「……おっしゃる通りだわ」とつぶやいた。


「……そういたします。バルゼルト殿下、どうぞお怪我の方ご自愛ください」

 

 こうしてバルゼルトと別れると、カレンはミリエルと共に闘技場へ向かった。









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