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元地下アイドルは異世界で皇帝を目指す!  作者: 烏川トオ
第1部 2章 クロス・フェード
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78、イヴリーズの約束




 妹の顔をまじまじと見つめてから、イヴリーズは表情を引き締めて言った。


「……カレン、お願い。こんなこと言える義理ではないけれど、やはり皇太子の座は諦めて」


「姉上……それは――」


「今の状況なら、スウェンが皇太子なるのが一番いい。……これは私情抜きの話よ。スウェンなら軍部を味方にして、必ずトランドン伯爵や大司教にも対抗できる。それに残念だけど人の上に立つなら、女より男の方が無駄な苦労が少ないのが現実よ」


「それは……わかってる」


 世間が求める国家の守護者とは、比肩する者のない圧倒的な存在だ。帝国の頂点に立つ者には、やはり男子こそがふさわしいと考える人々は少なくない。


 それに加え、相手が女や子供と見ると、急に強気に出て無理を通そうとする輩は少なくない。つまらない侮りすら、やがて権威の失墜に繋がるのが宮廷の恐ろしさだ。




「スウェンなら、監視付きの生活ではなく、あなたたちのために本当の自由を勝ち取ってくれるわ」


「それは私やミリーではできないの?」


「あなたたちにはまだ身を守る術がないわ。トランドン伯爵はミリーにとって、本当の意味での味方とは言い難いし、カレンにはそもそも有力な後ろ盾がない。老獪な連中はあなたたちが成長しきる前に、必ず矜持や理想をへし折りに来るわ。自分たちへの恐怖を叩き込み、いずれ思う通りに操るためにね。そんなもののために、あなたたちの心を歪ませたくない」




 妹を見つめながらイヴリーズは思う。彼女の虹彩は上部が瑠璃色で、少しずつ色調が変わり下部は茜色だ。グリスウェンが苛烈な閃光を放つ落日なら、カレンディアはまだ淡く真新しい朝日を想起させる。この瞳に宿る希望を曇らせたくはない。


 カレンディアは機転が利き、運を引き寄せる行動力もある。だがこの先に待っているのは、そういう小手先の技だけではやっていけない世界だ。自らの意志を押し通すなら、もっと確実な『力』がいる。そしてその地盤を固めている時間は残されていない。


 選帝制度はすべての皇子皇女に等しく機会が与えられるが、与えられた時間だけはそうもいかない。準備期間を考えれば、年少者は明らかに不利だ。それは歴史が物語ることでもあり、年少者が皇太子なった例は少ない。




 カレンディアが瞼を閉ざす。その寸前に初めて彼女の瞳に宿る光が、かすかに揺らいだのがわかった。


「……時間をちょうだい。今ここで結論は出せないから」

 しばらくしてから、カレンディアは絞り出そう様な声で言った。


「ええ、わかってる。考えてくれるならそれでいいわ」


「でも姉上――」


 再び強い口調でカレンディアは言う。

「その代わり約束して。兄上に全部話すって」

 



 イヴリーズが当惑し、視線を落とす。


「……何もかも手にすることはできないわ。あなたが言った通り、私がすべてを覚悟して選んだ道よ。この上みんなの安全を脅かしてまで――」


「そういう理屈じゃないの!」

 ぴしゃりとカレンディアに言われ、イヴリーズは目を丸くする。


「バルゼルト殿下が言ってたよ。もう先が長くないお兄さんがいるけど、会うたびに親愛を伝えているから、いつかその日が来ても後悔はないって。辛いことがいつか必ず来るなら、『せめてあの時行動していれば』って後悔するような生き方を、私は姉上や兄上にしてほしくない!」




 イヴリーズはカレンディアの勢いにぽかんとしていたが、やがて小さく嘆息する。


「……若いくせに、あなた時々すごく老成したようなこと言うわよね」


「茶化さないでよ!」


「茶化してないわ」


 カレンディアは本当に不思議な子だ。イヴリーズたちと会わない間、本当に部屋にこもっていただけなのか疑問に思う時がある。様々な知識を持っていることもそうだが、年相応に幼い所も備えながら、妙に成熟している部分がある。こっそり宮殿を抜け出して、イヴリーズたちの見知らぬ世界を旅していたと言われても納得しそうなくらいだ。




 イヴリーズはやがて観念したようにうなずく。

「……いいわ。私にも時間をちょうだい。今結論は出せないから」


「それさっきの私の真似!」


「大事なことだもの。後悔しないためにきちんと選びたいわ」


 にっこりと微笑むと、有無を言わさぬ雰囲気を察したのか、カレンディアは押し黙る。




「……さてと、そろそろ試合の様子を見に行きましょうか?」


「体調は大丈夫なの?」


「あなたと話していたらびっくりし過ぎて、気持ち悪いのが治ってきたわ」

 

 その言葉に嘘はない。何かに集中しているときの方が、具合の悪さに向き合わなくて済む。


 イヴリーズはすっと立ち上がり、空を仰ぎ見る。雲一つない空は、どこまでも高く深い。




「姉上……もうひとつ約束して」


「何?」


 カレンディアは真剣な面持ちで言った。

「絶対に……絶対に、姉上も赤ちゃんも元気にお産の日を迎えるって――」

 

 震える言葉の裏に、かすかな不安と恐怖が垣間見られた。ふいにある想像が浮かぶ。カレンディアが先ほど語った、妊娠していたという知人の話。どこで知り合い、いつそんな時期があったのか疑問はあるが、おそらく――。


(きっと、その人は幸せな結末を迎えられなかったのね……)

 それなら、カレンディアの観察眼や必死な様子にも納得がいく。




 イヴリーズは妹に向かって力強くうなずく。


「わかったわ。今ここで約束する。――私は必ずこの子を産んで、ずっと先まで一緒に生きる」


 腹に手を当て宣言すると、カレンディアはようやく安堵したように微笑んだ。








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