68、この闇から仰げば2
グリスウェンが宮殿に運び込まれた後のことは、イヴリーズがこの目で見た。
伝令の知らせで、グリスウェンの到着を待ったいたイヴリーズは、運び込まれた『それ』がすぐに彼とはわからなかった。
全身が彼の物とも敵の物ともわからぬ血に塗れていた。酷い生臭さに包まれ、荒い呼吸を繰り返すその姿はまるで手負いの獣だった。イヴリーズのお付きの侍女が、その陰惨な光景に気を失うほどだ。
イヴリーズは『祝福』を使うためグリスウェンの傷に手をかざし続けた。『祝福』の扱い方は手をかざし、念じるだけのことだが、その効力はどれほど強く自分の力を信じ、集中できるかで変わってくる。助けられると確信できるときは一層癒しの力は強くなり、もう駄目かもしれないと思えば、目に見えて力は衰える。
いっそ赤の他人の方が冷静に集中できたかもしれない。だが目の前の怪我人はずっと共にあった最愛の家族だ。恐怖は自身の『祝福』への疑念ともなる。何度か弱く揺らぎかけた力に、自分を叱咤しながらイヴリーズもまた戦い続けた。
どのくらいの時間をかけていたのか、ある瞬間でイヴリーズの意識はぷつりと途絶えた。
気が付いた時には宮殿の一室に寝かされていた。そして父からグリスウェンが命の危機を脱出したことを聞き、労われた瞬間再び意識が落ちた。
丸一日こんこんと眠り続け、目覚めたイヴリーズは、ようやくグリスウェンと顔を合わせることができた。その時点でのグリスウェンはまだ意識が朦朧としていた。やがて虚ろな瞳がイヴリーズを捉えると、その口からかすかな声が漏れた。
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イヴリーズは椅子に腰かけたまま、静かな笑みを湛えるグリスウェンを睨む。あの時はよく聞き取れなかった言葉が、今でははっきりと確信できた。
「『どうして、死なせてくれなかった』――あなたはそう言ったのね?」
「怒らないでくれ。わざとやったわけじゃないんだ」
グリスウェンは悪戯が見つかった子供のように、軽く肩をすくめる。
「怪我をした味方や縄で繋がれた子供を見た時は、本気で怒りに駆られたんだ。そして正義を貫く騎士の端くれとして、この組織を今日この場で絶対に潰すと誓った。あれはそのために尽力した結果だ」
「だったらどうして――」
「でもあの時……」
あの澄んだ空気が再びグリスウェンを取り巻く。
「子供をかばい、敵にやられそうになった時……『今なら綺麗に終われる』と思ってしまったんだ。騎士として皇子として、弱きを助けるために命を落としたのなら、誇りを保ったまま逝けるんじゃないかって。そして気づいた時には、本当に背後から刺されていた。……正直驚いた。まあ要するに油断だな」
苦笑しながら他人事のように言うグリスウェンに、イヴリーズは激高する。
「ふざけないで! 私と約束したじゃない。カレンのためにも周囲を欺いてでも生きるって」
「いや、別に約束はしてない」
「どうでもいいわよ、そんなこと! 少なくとも私の話に納得はしたでしょう!?」
「したな。生き延びる道はそれしかないと。でもそんなことはしたくなかったんだ。――だから死を望んだ」
グリスウェンが『死』という言葉をはっきり口にしたことに、イヴリーズは愕然とする。
イヴリーズは唇を震わせる。
「カレンは……カレンはどうするの? 同じ苦しみを背負ったあなたの妹を残して、自分だけ逃げるつもり?」
「カレンのことは、イヴが守ってくれるだろう?」
「勝手なことを言わないで! それに私はスウェンも守ると言ったはずよ」
「――断る」
「え……?」
「お前に守られることに耐えられない。……わかるだろう? もう限界なんだ。頼むからこれ以上、俺を惨めな気持ちにさせないでくれ」
笑顔のままきっぱりと言われて、イヴリーズは言葉を失った。
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『あなたに夜伽を命じます ~女王は悪辣宰相を寝室に呼びつける~』
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こちらは女王と宰相の歳の差恋愛物です。異世界恋愛、R15になります。
『元地下アイドルは、皇帝を目指す!』の没案から別作品に仕上げたので、同じようなキーワードがあります。20000文字台くらいの中編になると思います。興味のある方はぜひご覧ください。




