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元地下アイドルは異世界で皇帝を目指す!  作者: 烏川トオ
第1部 2章 クロス・フェード
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67、この闇から仰げば1




 それは遡ること、三か月前。

 グリスウェンが任務中に大怪我をした日から、しばらく後のことだった。




『祝福』の使い過ぎで気怠さの残る体を押して、イヴリーズはグリスウェンの元に通い続けて来た。


 普段グリスウェンの離邸に人はいない。彼が騎士団の宿舎暮らしのため、使用人も常駐しておらず、時々掃除をしにやってくる程度だ。厨房もかまどが破損したまま放置されていた。休養中のグリスウェンの食事は、ここから近いイヴリーズの離宮から運ばせている。




 今日は誰も共に付けず、イヴリーズ一人でグリスウェンの離邸にやって来た。


 来訪を告げると、正宮殿から送られてきた女官たちが出迎えた。イヴリーズは「スウェンのことはしばらく私が見張るから、あなたたちは気分転換に外で休憩でもしてきて」と伝える。


 もともとグリスウェンは、身の周りのことなど一人で行ってしまう。退屈な日々に飽き飽きしていた女官たちは、皇女のねぎらいの言葉にいそいそと出かけて行った




 部屋に入ると、グリスウェンは窓辺で椅子に座り本を読んでいた。その顔色は普段と変わりない。すでに簡単な鍛錬まで始めているらしい。十日前に生死の境をさ迷っていたとは思えない、呆れるほど丈夫な体の持ち主だ。


『祝福』による治癒の原理は、実はイヴリーズもよくわからない。個人的な予想では、人間が本来持つ再生能力の急速な前借りだろうと考えている。つまり傷の治りと引き換えに、膨大な体力を消費することになる。


 摂取量が少なかったとはいえ、猛毒である皇家の血ですら、自力で回復するほどグリスウェンは頑丈だ。その体力がなければ『祝福』を以てしても、おそらく命は助からなかった。そのくらい酷い怪我だった。




 グリスウェンは読んでいた本から、イヴリーズへちらりと視線を上げる。


「イヴ、頼むからノックくらいしろ。着替えていたらどうするんだ?」


「内臓まで見たのよ。裸くらい気にしないわ」


「俺が気にするんだ」


 いつもと変らぬやり取りだったが、イヴリーズはある覚悟を決めここに来た。どうしてもグリスウェンの口から聞かなければいけないことがあった。




「騎士団への復帰はいつになりそう?」

 イヴリーズは手土産の果物籠をテーブルの上に置く。


「三か月後だ」

 思いの他、先の話でほっとする。


「よかったわね。ゆっくり休めるわ」


「表向きは命令違反による謹慎処分だが、おそらく総長が選帝会議を考慮してくれたんだろう。今後は、宴や夜会に顔を出す機会が増えるだろうから助かるよ」


「選帝会議が終われば、どうせあなたは転属になるでしょうしね」


「どうして?」


「皇太子が決定すれば、専属の親衛隊が新設されるわ。あなた以上にふさわしい人なんていないでしょう」


「イヴ……」

 グリスウェンが困惑したような表情を浮かべる。




「私ね、今日はあなたに聞きたいことがあるの」

 

 イヴリーズは部屋を見渡す。皇子が使っているとは思えぬほど狭く質素だ。宿舎暮らしに慣れ切っていて、広い部屋だと落ち着かないとグリスウェンは言う。この部屋は主寝室ではなく、一番小さい客間だ。イヴリーズはその無頓着さに呆れつつ、部屋の奥のベッドに腰をかけて陣取る。

 

 イヴリーズが長居しそうな気配を察し、グリスウェンがため息をつく。


「いったい何だ? 改まって」


「あなたの怪我のことだけど」


「イヴには感謝してもし切れない。本当に世話になった」


「——自害のつもりだった?」




 率直な問いに、グリスウェンはかすかに目を見開いた。そして静かに微笑んだ。

 彼が出生にまつわる秘密を知った日と同じ、混じり気のない悲しいほど澄んだ笑み。


 イヴリーズは思わずうなだれる。どうして気づかなかったのか。


(……あの時にもう、スウェンは決めていたんだわ)











 あの日の出来事はイヴリーズも把握している。


 十日前。帝都守衛騎士団は人身売買に関わる組織関係者を捕縛するため、帝都レギアの北側の貧民街、通称『蟻の巣』にいた。王国時代よりもさらに古い時代の、地下遺跡を利用し住まう、日の元で暮らせない後ろ暗い者たちが集まる場所だ。


 名前の通り、地下へ向かって通路が蟻の巣のように複雑に入り組んでいる。住人でもその全貌を把握している者は少ないだろう。イヴリーズが先日足を踏み入れた西の貧民街とは違い、余所者が簡単には足を踏み入れられない排他的な場所だ。




 人身売買組織はある商会を隠れ蓑に、貧民街からさらった女子供を、海を隔てた南方諸国へと売りさばいていた。ルスキエに奴隷制度は残っていないが、南方や東方にはその風習が今も根強く定着している。奴隷商人の間では、帝都より北方に多い肌の白い奴隷が好まれる。


 敵の大半は南方から来た傭兵崩れで、たかがならず者とはいえ個々の腕も立ち、統率の取れたやっかいな相手だった。




 当初、グリスウェンが率いる隊は後方支援に回されるはずだったが、自ら前線を志願したらしい。皇子でありながら、功績がなければ宮廷に残ることができない。そういう不遇な彼の立場は上官たちも知っていた。その熱意と同情心ゆえに、騎士団総長はグリスウェンの訴えを飲んだ。


 グリスウェンらが最初に配されたのは、隠れ家の周辺だった。突入部隊が打ち漏らした敵を捕縛する、実戦に参加しながらも、比較的身の安全が確保しやすい位置だ。それは上官であると同時に皇族に忠誠を誓う、騎士団総長の最大の譲歩だった。

 



 しかし敵は騎士団の予想以上に強く、突入部隊が押し返えされる有様だった。隠し通路を使った不意打ちに火責め、さらに捕らえられていた女子供が想定以上に多く、現場はひどく混乱した。グリスウェンは孤立した味方を救援するため、自らも地下に突入した。


 怪我をした味方や、捕らえられていた人々を救助し、幾度となく敵と切り結びながら、グリスウェンらは再び地上を目指した。そして仲間の退路を確保するために、上官の命令に背いて数名の団員と共に殿しんがりに残った。




 現場にいた者たちの話では、グリスウェンは戦鬼の如くその身を赤く染めながら、迫りくる敵を屠り、時間を稼いだという。その壮絶な姿に敵も怯みかけていたが、ふいに横道から逃げ遅れた幼子が現れた。グリスウェンはとっさに子供の元へ駆け寄り、抱え上げて別の団員に託したところで、敵に囲まれ背後から致命傷を受けた。


 最後の気力を振り絞り、グリスウェンは味方に支えられながら地下を脱出することはできたが、そこで力尽きて昏倒した。









しばらく数か月前から現在までの裏話になります。

時系列がわかりにくいかも……。




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