3、継承争い
カレンは頭の中で、ロウラントたちの話を整理する。
ここは皇子皇女が次の皇帝となるため競い合う国で、カレンディア皇女ことディアは、権利は持っているが皇太子になれる可能性は低い。
有力な後ろ盾も人脈もなく、本人はひきこもりでぱっとしない少女。容姿に関してはやや不健康そうなのが気になるが、造作はいいので、こちらは化粧次第でどうにかなるだろう。……ただし、それが何かの役に立つとも思えなかった。
ディアに仕える、ロウラントとフレイのことも何となくわかってきた。
ロウラントは有能そうだが、上からは嫌われるタイプの人間だ。フレイは優しそうではあるが、ディアを矯正できていない辺り、教育者としての手腕は少々どうだろうなと思う。
確実な味方は、この不安のある二人だけ。ディアは彼ら以外の人間を側に置くことを――厳密にはロウラントも嫌がっていたらしく、信頼できる人間は他にはいない。
何よりも最大の問題は、カレンディア皇女の中身がこの世界の常識などまったく知らない、カレンということだ。
思わず乾いた笑いが零れた。
(悪いけど、コレどうしようもないなぁ……)
状況が不安しかなかった。カレン自体元の世界に戻れるかもわからないし、戻った先が死体で、即死亡の可能性もある。この体の本来の主、ディアの精神が今どうなっているかも疑問だ。
とはいえ、自分がこのまま皇女として生きるにしろ、いつかディア本人の精神がこの体に戻ってくるにしろ、無難に生活をこなしていくしか選択肢はないだろう。ディアの将来を心配できる余裕はないが、体を乗っ取ってしまった罪悪感はある。いざというとき、彼女の生活まで滅茶苦茶にしては可哀想だ。
「とにかく、ディア様の評判をこれ以上下げないよう、何とかしないとね。選帝会議とやらが終わるまで、無難にやり過ごせるよう三人でがんばろうよ」
両手を広げてあっけらかんと言うカレンに、二人の表情が曇る。
「……もしかして、まだ何かあるの?」
「ありません。何もかも終わりですよ、選帝会議の後は」
また不穏な言葉にカレンは凍り付く。
「終わりって……皇太子になれなかったら、まさか殺されるとか!?」
「かつてはそういう時代もありました。さすがに現代では命まで取られはしません」
「そ、そっかあ」
(……昔はホントに殺されてたんだ)
来る時代を間違えなかったが、せめてもの救いだ。
「皇太子になれなかった皇族は身分を剥奪された上、人里離れた修道院で生涯幽閉生活です」
「……は?」
安堵したのも束の間、カレンは笑みを張り付かせたまま固まった。
こちらの修道院とやらがどんなものかはわからないが、映画やドラマで知る限り、朝晩祈りを捧げ質素な生活を送るイメージだ。幽閉の場所に選ばれるくらいなのだから、きっと似たような所だろう。
さすがに最低限の衣食住は保証されているだろうが、それだけではあんまりだ。異世界に飛ばされて命の危険がないだけましだが、犯罪者のように一生閉じ込められたままなど、絶対にイヤだ。
「……何でそんなことするの?」
「皇族の血を引く人間を厳格に管理するためです。皇太子になれずとも、謀反の旗印に掲げられ可能性があります。それから皇族の血は他者にとって猛毒になり危険だからです」
「毒?」
「権威欲を煽るとかの比喩ではありませんよ。皇族の血液は一族以外の人間には事実毒物なのです」
カレンはまじまじと薄く血管が透ける両手を見る。今こうして脈打ち体をめぐる血が毒と言われても、ピンと来ない。
「致死量としてはそれなりの量が必要です。――ちょうど、それくらいでしょうか」
示されたカレンのティーカップには、一口か二口分の紅茶が残っている。
「結構多くない? これだけの量をこっそり仕込まれても、飲む人はいないでしょう」
唇の内側を噛んで出血しても不快なのに、これだけの量を飲み込むなど意識してやろうとしても無理だ。絶対に吐く。
「皇族以外が血を口に含むと、甘い香りと味がするそうです。酒や果実水などに混ぜれば、知らぬ者なら気づかないでしょうね」
フレイも厳しい面持ちで言う。
「涙や汗など、他の体液には毒はありません。血液も口から摂取しなければ、肌に触れても問題はないとされています。とはいえ、血液のついたハンカチや衣服を紛失しないように気を付けてください。もし管理に本人の落ち度ありと見なされれば、その時点で皇太子候補から外される可能性もあります」
「……厳しいね。脱落の規定はそれだけ?」
ロウラントが少し考えてから言う。
「皇女に相応しくない言動は、すべて控えていただきたいですが、歴代で一番多い継承権剥奪の理由は、やはり異性関係ですね」
(まあ、そうだよね……)
アイドルもよくある不祥事と言えば、それだ。
「先ほども言いましたが、血の管理は一番厳しい規則です。宮廷としては、管理下にない人間が現れるは一番やっかいなんです」
回りくどい言い方に、カレンは少し考えてから、「ああ!」と理解する。
「子供が出来るようなことするなってことね!」
「……皇女らしくない言動も控えるように、と言いました」
「だったら、どう言えばいいか教えてよ」
真っ向から問われ、ロウラントは言い詰まる。
「と、とにかく異性とは、絶対に二人きりにならないでください」
「ロウはどうなの?」
「従者は別格です。添え物みたいなものですから。そもそも品行方正な人間かは、宮廷から厳密に審査されています」
「品行方正、ねえ……」
自分で言うのかと、カレンはうろんげに見やる。
「だいたい、従者が皇女に手を出してどうするんです。あなたはともかく、本来なら従者にとって主は出世の命綱なんです。利益の見込める品物をつまみ食いする商人がいますか?」
「……ロウラント様。あなたもお言葉には気をつけてください」
フレイに据わった目つきで言われ、ロウラントははっとした顔で沈黙する。
やり込められたロウラントを見て、フフンと笑ってから、カレンは真面目に考える。問題を起こしても起こさなくても、このままでは間違いなく幽閉生活だ。
「皇太子になる以外で、幽閉にならない方法はないの?」
「それならば知性なり武勇なり、国益となる何らかの才覚を、周囲に認めさせるしかありません」
「そしたらお城に残れるの?」
「幽閉するよりも有益と見なされれば、宮廷に残れる可能性はあります。皇帝陛下と、皇太子になった兄弟姉妹からの許しがあればですが。ただし、特例として宮廷に残れたとしても、生涯結婚も家族を持つことも許されません」
「うーん……それでも幽閉よりは大分マシかなあ?」
「おそらくですが、グリスウェン殿下は実力で宮廷に残ることも見越して、騎士団に入られたのだと思います」
話によれば、兄グリスウェンも皇帝になれる可能性は低そうだ。別の方法を考えておくのは当然だろう。しかしカレンには、この国で役立てそうな才覚などありそうにない。
「せめて元の世界で歴史とか政治経済とか、もうちょっと勉強しとけばよかったなぁ……」
文明の度合いではあちらの方が完全に進んでいるのだから、役立つ知識はあったはずだ。勉強は大事だ、と大人にさんざん言われてきたが、異世界トリップするかもしれないから、備えておこうとはさすがに思わなかった。
「学問から学べる知識だけが才覚ではありませんよ」
投げやりな態度になってきたカレンに、フレイが先生らしい口調で言う。
「社交能力や交渉術なども、皇族の務めには大切なことです」
「なるほどね、社交力か……」
その方面なら、カレンにとってはむしろ得意分野だ。アイドルとしてファンへの対応はもちろん、仕事関係者に気に入られるかどうかは、重要なことだった。
相手がどんな仕事を求め、自分がどんな役割を演じるか。わずかな時間と会話から、それを引き出す秘訣ならなくもない。この辺りは意外とこの世界でも通じるのではないだろうか。
気持ちが少し前向きになってくる。とはいえ、この世界の常識がわからない以上、うかつに動けば地雷を踏みかねない。学ばなければいけないことは、たくさんありそうだ。
「そもそも基本的なこと聞くけど、皇帝って何するの? 別に一人で何もかも決めるわけじゃないでしょ。全部のことに専門知識がないとダメってことはないよね?」
「おっしゃる通りです。簡単に言いますと、枢密院と呼ばれる有力者たちとの相談の末、最終的な判断を下すのが皇帝の役目です。政の筋道を理解する程度の知識は必要ですが、実際に考案し実行をするのは、大臣や役人の役目です」
「じゃあ、皇帝に必要な資質って何?」
「それは――」
カレンの素朴な質問に、今まですらすらと答えていたロウラントが初めて言葉に詰まった。
「難しい質問ですね……。あまり考えたことがありませんでした」
「そうなの? 一応皇太子候補の従者なのに?」
あえて口にする機会はなかったが、カレンの中にアイドルとは何かという答えは、いつも心にあった。
しばらく眉を寄せていたロウラントが、ようやく口を開く。
「あくまで個人の考えで、万人が納得する回答ではないかもしれませんが……」
「いいよ。聞かせて」
カレンは手を差し伸べて、ロウラントに先を促す。
「皇帝になる人物は、自身に様々な才覚あることよりも、才覚ある人々を束ね、その力を集約できることの方が重要だと思います。逆にどんなに頭脳や武勇が優れていようと、他人の信頼を得られない、為政者の運命は古今東西同じです。皇帝に必要な資質とは――民や臣下から権威と親愛を得られることではないでしょうか」
ロウラントの台詞にカレンは目を大きく見開く。頭の中に流れ込むように記憶がよみがえる。
――陽炎の立ち上る坂道、すっと立ち上がる入道雲、踊るように揺れる木漏れ日。自分は昨日までとは違う存在になる、と確信したあの日のことを。