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元地下アイドルは異世界で皇帝を目指す!  作者: 烏川トオ
第1部 2章 クロス・フェード
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65、カミツレ茶




 木の影に佇むイヴリーズは、カレンが声をかける前にこちらの姿に気づいた。


「カレン……」


「ご機嫌よう、イヴ姉上」

 

 イヴリーズにいつもの優しい笑みがこぼれる。

「ええ、ご機嫌よう。ひさしぶりね。――ジュゼ、椅子をもう一脚お願い」


 イヴリーズに声をかけられた女騎士は、一瞬その場から離れるのを躊躇したように見えたが、黙って離れていく。


「姉上、体調は大丈夫なの? 心配したんだよ」


「ええ……『祝福』を使い過ぎてから、ちょっと疲れやすいのよ。病気ではないから心配しないで。周りの者たちが大げさに休ませようとするだけよ」


 カレンは椅子を運んできた女騎士に礼を言う。姉からジュゼと呼ばれている女騎士は、主の方を伺う。イヴリーズが小さくうなずくと、侍女たちを伴いこの場から去って行った。ひさしぶりの姉妹水入らずに、気遣ってくれたのだろう。




 椅子に座ったカレンは改めてイヴリーズと向き合う。


「姉上こそ、怪我人が出ないか心配してここに来たんでしょ? 今日だって休んでた方がよかったんじゃないの? もちろん顔が見られたのはうれしいけど……」


「いいのよ。私の取り柄が役立つなら」


「無理しないでね、だってほら――」

 

 カレンはさりげなく手を伸ばし、イヴリーズの顔にかかる後れ毛を除ける。姉妹の間の気さくな仕草。しかしイヴリーズがわずかに顔を強張らせ、体を引いたのをカレンは見落とさなかった。

 

 カレンは何事もなかったかのように、すっと手を下ろす。

「やっぱり顔色が悪いよ。それに少し瘦せたでしょ?」


「そう? 忙しくて食事を取れない時期があったからそのせいかしら。ドレスが合わなくなったら、侍女たちの仕事を増やしてしまうわね」


 冗談めかして笑うイヴリーズに、カレンも笑みを作ったまま言う。

「忙しかったのは、ミリーを襲撃事件の首謀者に仕立てあげるため?」

 



 二人の間に沈黙が落ちた。イヴリーズは穏やかな笑みを崩さぬまま、カレンを見つめ続けている。蒼穹の瞳の奥の瞳孔が狭まるのがわかった。それでも表面上は動揺を見せない辺りはさすがだ。


 やがてイヴリーズは吐息で笑う。


「あなたがミリーと仲違いして、ついでに私にも不信感を持ってくれれば……と思ったのよ。ミリーには可哀想なことになるけど、やっぱりトランドン伯爵の力は削いでおきたいもの」

 

 あまりにもあっさりした自供に、今度はカレンが動揺を出さぬよう堪える番だった。泣かれたり、怒鳴られたりすることは覚悟していたが、これはどうすればいいのか……。




 呆然としているカレンに、イヴリーズは口元を両手で押さえ、イタズラを成功させた少女のようにくすくすと笑い出す。


「ごめんなさい、カレン。私をびっくりさせようとしたんでしょ? 逆に驚かせちゃったわね」


「本当だよ。いきなり話を振ったら、少しは慌ててくれるかと思ったのに」


 頬を膨らまし、むくれるカレンの様子がよほど面白かったのか、イヴリーズは軽やかな声を立てて笑っている。




 フレイがお茶を持って、こちらに近づいてくるのがわかった。傍からは、姉妹が和やかに会話を交わしているように見えるだろう。カレンはお茶を受け取り、ソーサーに乗ったティーカップをイヴリーズに渡す。フレイはすぐにその場から去って行った。


「……理由は?」


 カレンの問いにイヴリーズは涼しい顔で答える。

「もちろん、私が皇太子になるためよ。当然じゃない」


「へえー……」


 やる気のない相槌を打って、カレンは淡い金色のお茶が注がれたティーカップに口を付ける。少し酸味のある、独特の華やかな香りに一息つく。緊張のせいか喉が渇いていた。少し熱かったが一気に飲み干す。




 同じくティーカップを口元に持って行ったイヴリーズが、ふいに動きを止めた。

 

 まじろぎもせず凍りつく姉の顔を、カレンはしばらく観察する。やがて確信に至ると、驚きと安堵が入り混じる大きなため息をついた。


「――とにかく、姉上が病気じゃなくて良かった」


 カチカチと、イヴリーズの手の中で小刻みに揺れるティーカップを、カレンはソーサーごとそっと取り上げる。


「気づいてくれてよかった。そうでなかったら、どうやって叩き落とそうか悩んでたんだ。……思ったより熱いんだもん、このカミツレ茶」

 

 カミツレ茶は体を温め痛みを癒す効能がある。カレンが生理痛で呻いていると、フレイがよく淹れてくれる。ただしこのお茶は、ある種の人間は避けた方がいいとされていた。

 



 イヴリーズはすっかり血の気の引いた顔で、先ほどまで自分の手元にあったお茶を飲み干すカレンに言う。


「カミツレ茶はあまり好きではないから助かったわ――って言ったら、どうするの?」


 カレンはうーんと首をひねる。

「……誤魔化すにはちょっと遅いかな。そういうことはすぐに言わないと」


「そうよね……」


 イヴリーズは深い溜息をついて、両手で顔を覆い前のめりになっている。さすがにカレンの意図に気づいたようだ。その様子を見て、恐る恐る問う。


「『おめでとう』……で、いいんだよね?」


 イヴリーズがカレンをにらみ、悔し気に唇を噛んだ。






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