64、馬上槍試合大会
冴えた秋晴れの空の下、宮殿の一画が美しく着飾った人々で賑わっていた。
柵で囲まれた闘技場の中では、頭から爪先まで鈍色の鎧で覆われた、二人の重装騎士が騎乗している。大きな槍を手に、その姿を誇示するように闘技場の中を馬で一周する。家紋や騎士団の紋章が刺繍された、豪奢な馬着に飾られた馬が興奮したようにいななく
やがて二人の騎士は相対するように、闘技場の端と端に距離を取り、所定の位置につく。馬たちは主を急かすように頭を振り、蹄で土を掻いている。合図と共に二人の騎士が互いへ向かって突撃する。
すれ違い様のわずかな一瞬、互いの槍が鋭く繰り出される。片方の騎士の盾が爆ぜるように砕け、その身が馬から放り出され地面に落下する。観戦席が一際大きな歓声で沸き立った。
勝者への賞賛と敗者への労いの拍手の中、カレンはそっと観戦席から抜け出した。
今日は宮殿内で、一年に一度の馬上槍試合が開催されている。騎士団員や貴族に仕える騎士たちが、腕を振るう絶好の機会だ。騎士の闘技大会はいくつかあるが、その中でも勝ち抜き方式の馬上槍試合は大変な人気があるらしく、今日は宮殿も人の出入りが多い。
闘技場の周囲にも軽食や飲み物が用意され、多くの人が歓談を楽しんでいる。試合に興味のなさそうな婦人たちが、闘技場から離れた芝生の上で、優雅にお茶会をする様子も見られた。
「フレイ先生、大丈夫? 人込み苦手でしょ」
今日は珍しくフレイを侍女として同伴させていた。ロウラントは所用があるといって、今は側にいない。
「私は大丈夫です。野外ですし、それほど気になりません。もう試合はご覧にならないのですか?」
「うーん……後でちょっと応援できればいいかな」
大会には各騎士団の代表者や、皇族や貴族たちが、それぞれお抱えの騎士を参加させている。強い騎士を輩出できるということは、組織や家門に相応の力があるということだ。これはそれぞれ名を懸けた代理戦でもある。
皇子皇女たちも、それぞれに仕えている臣下を出す習わしだが、当然カレンの陣営から出せる人材などいない。その辺りはロウラントに一任していたが、どうやらうまく手配してくれたようだ。とはいえ、急ごしらえの代役だ。勝ち残ることにあまり期待はできない。
特に大会に参加している、平民出身の騎士団員は実力者ぞろいだ。彼らは普段の鬱憤を晴らす好機とばかりに、皇族や貴族の名を背負う相手には特に容赦がない。皇女のお抱え騎士ともなれば格好の餌食だ。代役となってくれた気の毒な騎士が、怪我をしないことを祈るばかりだ。
そんな不利な状況でありながら、昨年優勝を果たしたグリスウェンは今年も自らが出場をしている。それに加え、今回はドーレキアのバルゼルト王子まで参加するという。今日の異様な盛り上がりにも納得だ。
先程バルゼルトの元へ挨拶に行ったが、素直な感想は『対戦相手が可哀想』だ。岩山のような体格のバルゼルトが重装備をまとっているだけでも、威圧感で回れ右したくなる。深い雪中をものともせず突撃できる、巨大なドーレキア馬に彼が乗ると、まさしく戦車だ。
「カレン様はご自分がなすべきことに集中してくださいと、ロウラント様もおっしゃっていました。ミリエル殿下も蟄居が解けたのでしょう? 今日はお会いになれるといいですね」
フレイが励ますように言う。
ミリエルの離宮であった件はフレイにも話してある。そもそもロウラント二人して、血と香水まみれの服で帰宅すれば、誤魔化しようもなかった。
「うん、そうだね。ミリーも……それに姉上も今日だけは必ず来ると思う」
カレンの姿を見つけ、挨拶にやってくる貴族たちを適当に交わし、闘技場から離れた場所までやって来る。そこはゆるい丘陵になっていて、会場全体が見渡せた。周囲を探すと、いつも連れている女騎士と共に彼女はいた。
馬上槍試合は危険な競技だ。重装備で身を守っているとはいえ、加速が乗った突きの衝撃は凄まじく、命に係わる怪我を負う者もいると聞いた。だから他の催しに一切顔を出さなくなったイヴリーズも、今日だけは必ずこの場に来ると踏んでいた。
カレンはその様子をじっと観察する。木陰に佇んでいたイヴリーズは、闘技場に行く様子はない。侍女たちが軽食か飲み物でも勧めているのだろうか、何か話しかけられても小さく首を振り、どこかぼんやりと遠くを見つめている。やはり積極的に、今日の催しに参加するつもりはないようだ。
やがてイヴリーズは侍女に声をかけ、椅子を運ばせるとその場に座った。遠目からでも疲れているようで、少しうつむき加減だ。カレンの中である疑念が深まり始める。
しばらくイヴリーズの様子を眺め続ける。ときおり通りかかる貴婦人たちと挨拶や会話を交わすが、やはりいつも堂々たる優雅な仕草とは少し違って見えた。
カレンは自分の想像に冷たい汗を流す。もしこれが当たっているとすれば、イヴリーズはとんでもなく無謀な賭けに臨むことになる。
「……カレン様?」
あまりにも食い入るように見つめ過ぎていたせいか、フレイが気遣わしそうな表情を向ける。カレンはぱっと笑顔を作り、何事もなかったかのようにフレイに言う。
「私、イヴ姉上と話してくるね。フレイ先生は闘技場を見てきてもいいよ。後で試合の結果を教えてね」
明らかに試合に興味がないフレイは、少し怪訝そうな顔をしたが、人払いがしたかった意図は伝わったようだ。
「では、少し失礼させていただきます」
「あっ、ちょっと待って!」
歩きかけたフレイを呼び止める。
「お茶だけ運んでもらっていい? ――私と姉上の分も」
カレンがお茶の銘柄を伝えると、フレイは眉尻を下げる。
「カレン様、お体が辛いようでしたら――」
「ああ、ごめんね。違うの! ちょっとそういう気分なだけ」
慌てて手を振るカレンに、フレイは疑問を抱いたようだが、「かしこまりました」とだけ言って、去って行った。
本日はあと一話更新予定です。
この辺りからドロドロ劇場が続きそうです。
そのうち活動報告にでも、作中で描写し切れなかったことをちょこちょこ書くかもしれません。
時系列とか。




