63、姉への疑念
2023/04/09 誤字訂正
強く風が吹いて、ざわざわと頭上の木の枝を揺らした。
ロウラントは、しばらく考え込むように口元に手を当てていたが、首を振る。
「……女性同士ならよくある話題でしょう。ただの偶然としか思えません」
「うん、私の考えすぎかもしれない。でもそうだとしたらすごく効果的だよね。ミリーが私を疑って、私は姉上を疑って……香水のせいで、お互いの存在を匂わされてる。ヘタしたら、手紙一つで姉妹の仲がバラバラになるところだったよ」
「イヴがそんなことをする理由はありませんよ」
「私もそう思ったけど、姉上が急に姿を見せなくなったのは、やっぱり不自然だよ」
イヴリーズは儚げな容姿とは裏腹に、体力も行動力もある。急な病などと言って姿を見せないのは、いかにも言い訳じみている。
「姿を見せなくなったというなら、俺はスウェンの態度の方が気にかかりますが……。あいつは妹に生意気な口を叩かれた程度を、いつまでも引きずるような性分ではありません」
「うーん、確かにあの時の兄上はちょっと変な感じだったけど……」
「あいつは子供の頃、いつも俺やイヴと一緒にいたせいで、よくとばっちりを食っていました。兄弟姉妹のせいで、理不尽な目に合うのは慣れてるはずなんですが」
「……ロウは本当に一度謝るべきだと思うよ」
ふとロウラントの言葉に思いつくことがあった。
(いつも一緒……そうだ、香水の話題になった時――)
「そうだ、スウェン兄上……」
「はい?」
「香水の話になったきっかけ! 姉上がいつもの自分の好みじゃなくて、スウェン兄上と似たような香りの使い方をしてるなって思ったの」
「……他には何を話したんですか?」
「香水の選び方って、つい馴染みがある匂いに影響を受けることがあるの。直近であった人の香りとか。だから『最近スウェン兄上に会った?』って、私は姉上に聞いたの」
「あの二人は昔から気が合うし、妹たちには話せない相談もするでしょう。頻繁に会うのも不自然ではありません」
だがスウェンに会ったことを指摘したとき、イヴリーズはかすかに動揺していなかったろうか。あの時は、カレンが唐突に行動を当てた驚きだと思っていたが、何か都合が悪いことを言ったせいではないだろうか。
「仮に――仮にですよ? イヴとスウェンがあなた方を抹殺する計画でも練っていたとしても、あなたがミリーの離宮へ遊びに行くように、二人が会うこと自体ごく当たり前のことです。後ろ暗いことでもなんでもありません。イヴはその程度で動揺するような、可愛らしい性格ではありませんよ」
遠慮のない物言いだが、さすがに赤子の頃から知っている仲だからだろうか、ロウラントの言葉からは、イヴリーズへの信頼が伝わって来る。
「じゃあ、姉上は何の指摘が引っかかったんだろう……」
「――殿下」
強い口調で呼ばれ、思考に沈む意識を引き戻される。
「考え過ぎでは? だいたいイヴにとって香水の件でやましいことがあるのなら、あえてそれを連想されるのは悪手でしょう。腹の内を探られて困るのは自分なのだから」
「そうだけど……」
「殿下の勘が鋭いのは認めますが、一つの考えに固執し過ぎるのは危険です。視界を狭めますよ」
「……似たようなこと、バルゼルト殿下にも言われた」
「こんなことがあった後です。自分で思われているより、疲れているはずですよ。二、三日ゆっくり休んでください。お茶会などの誘いは断っても構いませんから」
「でも――」
カレンは言いかけた言葉を飲み込んで、素直にうなずく。
「うん、正直ちょっと混乱して疲れてるかも。しばらく休ませてもらおうかな」
ロウラントの目から見たら、今の自分は妹の乱心に動揺し、神経を尖らせているようにしか見えないだろう。ロウラントのことは誰よりも信頼している。ただイヴリーズへの疑いに関しては、これ以上語っても彼を困らせるだけだ。
「算術の解のように、何にでも美しい筋道があるわけではありません。すべてに意味を求めていては、本当に精神を病みますよ」
「そうだね……気をつけるよ」
カレンが大人しく引き下がったせいか、ロウラントは少しほっとしたような表情になる。
「……さすが姉妹というか、変なところであなたとイヴは似ていますね」
「え?」
「イヴも勘がいいんですよ。細かい所をよく見て覚えていて、違和感なんかにすぐ気づく。――昔、俺が彼女の本を破ってこっそり返したら、すぐにバレて引っ叩かれました」
その言い草にカレンはくすりと笑う。ロウラントの年上の女性が苦手な原因がわかった気がする。
「でも俺やスウェンの体調が悪い時は、不思議なことに本人よりも早く気づくんです。小さい頃三人で一緒に庭で遊んでたら、イヴが急に『ランは具合が悪いから部屋に連れて行って』って周りの女官たちに言い出したことがありました。でも俺は自覚がないから、『ゲームで負けたからってズルい』って反発したら、泥団子をぶつけられたんです。イヴは乳母から大目玉を食らって、俺は着替えのために部屋に戻ったら、あっという間に熱が上がってきて、大人たちもびっくりしていました」
ロウラントが珍しく穏やかな表情で語る。
「さすがだね。イヴ姉上は、昔からいいお姉さんだったんだね」
「散々イタズラに付き合わされて、迷惑もしましたけどね」
「それちょっと聞いたことある。陛下の馬に色を塗ったりしたんでしょ?」
「……あの時は三人そろって泣くまで父上に叱られた上に、罰として一週間おやつを抜きにされました」
「ウソ!? 今の三人から想像つかない!」
その後も、幼い頃のロウラントたちの話を聞きながら離邸に戻った。笑ったり、ときどき突っ込みを入れたりしながら、カレンはぼんやりと思っていた。
多分イヴリーズと自分が最も似ているところは、勘の良さではない。いざとなれば危険を承知でも我を貫き通す、意地っ張りなところだ。




