62、残り香
「ロウって子供が苦手みたいだけど、年上の女の人も苦手でしょ?」
「得意とは言い難いですね。……というか女性全般が、何考えているのかわかりません」
「えー、恋人とかいたことないの?」
さすがにカレンのせいで私生活などないに等しい現在、彼に女性の影は微塵もない。
皇子皇女は皇太子にならなければ恋人は持てない規則だ。しかし継承権どころか、元の身分をほぼ放棄しているロウラントがそれを守る義理もないだろう。実年齢から考えれば、過去にそういう人がいてもおかしくないはずだ。
あまり目立つ雰囲気ではないが、ロウラントは顔立ちだけは整っている。ただそれを差し引いて釣りがくるほど、性格が面倒くさいのが難点だが。
ロウラントは心底嫌そうに顔を歪めていう。
「……一応言っておきますが、大人に向かって、そういう明け透けな物言いは感心しませんよ」
カレンはふむと考える。
(そういえば事務所でも、コンプラ教育で立ち入ったこと聞いちゃいけないって言われたなあ……)
そしてロウラントは年上だが、カレンの臣下でもある。立場が上の自分がそれを言うと、『元の世界』ではパワハラだのセクハラに該当してしまう。
「……はい。ごめんなさい」
素直に頭を下げたカレンを見やってから、ロウラントはぽつりと言う。
「別に面白い話なんかないですよ。……最初の恋人ができたのは、今の殿下くらいの年の時で――」
「え? う、うん……」
投げやりな口調だったが、まさかロウラントが、まともにそんな話をしてくれるとは思わなかったので、どきりとする。
「……四か月で振られました」
ぶっ、と噴き出すと、ロウラントに思い切り睨まれた。
「省略し過ぎ! しかも振られるの早っ!!」
四か月というやたら現実味のある数字に、カレンは腹を抱えて笑う。
「これといって特に話すことがないんだから、仕方ないじゃないですか」
「絶対そういうとこだよ! どうせ元カノに『何考えてるかわかんない』とか、『私のことわかってくれない』って言われたでしょ?」
ぐっと言い詰まるロウラントの様子を見て、カレンはふっと息を吐く。
「……うん。意外性なさ過ぎてホント面白くない」
ロウラントが顔を赤くする。
「大きなお世話です。だから言いたくなかったんですよ。だいたい人のこと、偉そうに笑えるんですか?」
「ん、私?」
カレンは小首をかしげて考える。
「もちろん、お付き合いした人はたくさんいたよ」
「……え?」
すっと真顔になるロウラントを、カレンはとっておきの営業スマイルで覗き込む。
「アイドルだもん。私に会いに来てくれた人と向き合ってる瞬間は、全力でお付き合いしているつもり。――もちろん老若男女問わずね」
「……意外性がなくて、全然面白くないです」
「いや、ウソだ。絶対ちょっとドキッとしたでしょ!?」
「はいはい」
犬でも追い払うように片手を振られた。
カレンは再び大きなくしゃみをする。
「ミリー……香水かけすぎ。私は袖がちょっと血で汚れただけなのに……なんか目まで沁みてきた」
「袖で目を擦らないでください」
ロウラントも皇族なのだから、当然その血は猛毒だ。ただし皇家の血を持たぬ他人に限り。
「口から摂取しなければ問題ないんでしょ? だいたい私には効かないし」
「誰であろうと、今後は他人の血液を気軽に触らないでください。場合によっては病気をもらいますよ」
「心当たりあるの、ロウ? もしかして元カノから――」
「……今のは、あなたが弟だったら頭を引っ叩いていました」
剣呑な眼差しで平手を掲げるロウラントから、カレンは少し距離を取って歩く
「弟っていえば、ユール兄上は元気なの?」
「元気ですよ。あれもなかなか図太い男です」
第三皇子ユイルヴェルトは、活発な上の兄姉と違い大人しく、外で遊ぶより読書や芸術を好む、おとなしい性格だったと聞いている。少なくともロウラントから、頭を叩かれるような性格とは結び付かない。
ロウラントがふいに口調を改めて、真面目な顔で言う。
「そういえば、ユールが妙なことを言っていました。――イヴを襲った犯人は、自分の知っている人間かもしれないと。確証はないようなので、裏付けを取れてから殿下に話を通そう思っていたのですが」
「……そっちの犯人捜しはロウとユール兄上に任せるよ」
「はい。イヴを襲撃したばかりか、ミリーに罪を被せ、殿下にまで疑いを向けさせたんです。敵意がはっきりしている以上、捨て置くことはできません」
カレンは意を決めてロウラントに言う。
「……あのね、ロウ。怒らないで聞いてね。イヴ姉上を襲わせた首謀者と、ミリーに罪を被せた人は違うと思う」
「どういうことですか?」
「ミリーが陛下から見せてもらった、手紙のことなんだけど……」
ロウラントには部屋を片付けている間に、ミリーが我を忘れて凶行に及んだ理由を話してある。
「白檀でしたか、手紙の残り香をあなたの物と勘違いしたと……」
「ミリーはあれをわざと自分を挑発するために、香りを残したって言ってたの。やったのは私じゃないけど、その予想は当たってると思う。――私ね、少し前にある人と香水の話をしたことがあるの」
「誰とですか?」
「イヴ姉上」
その名前は想定していなかったのだろう。ロウラントが信じられないという面持ちでカレンを見る。




