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元地下アイドルは異世界で皇帝を目指す!  作者: 烏川トオ
第1部 2章 クロス・フェード
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56、向けられた刃




「ミリー……?」

 痛々しくやつれた姿にカレンは言葉を失った。身に覚えのない罪を着せられ、名誉まで失ったのだから無理もない。


「……来てくださってよかった」

 安堵したように微笑を浮かべる姿に、カレンは少し胸を撫で下ろす。


「どうしても、お姉様と二人きりでお話がしたかったのです」


「……うん」

 カレンは傍らに立つ従者に目配せをする。ロウラントは一瞬不安そうな表情を浮かべたが、何も言わず一礼して、すぐに侍女たちが待機する続きの間へと去って行く。




「メイベル、あなたはお茶を淹れてきて」


「今、他の者に準備させていますよ」


「いいから、あなたがやって」

 ミリエルの凄むような眼差しに、豊満な体を縮こまらせてメイベルも部屋を出ていく。


「――さあどうぞ、お姉様」


 ミリエルに椅子を勧められ、小さなティーテーブルを挟み、合い向かいに座る。テーブルの上には果物が入った籠が置いてあった。


「リンゴでも剥こうか?」


「いいえ、お姉さまは客人なのですから。わたくしでもこのくらいできます」

 そう言ってミリエルはリンゴを一つ手に取り、意外にも器用にナイフを操り皮を剥いていく。




 ミリエルはリンゴの皮をリボン状に剥きながら、単刀直入に話し始めた。

「――経緯は聞いていますね?」


「手紙が見つかったんでしょう? ……ミリーの従者が書いたっていう。もちろんミリーが関わっているなんて、私は信じてない」

 

 ミリエルは綺麗に剥かれたリンゴを、一切れ皿に乗せてカレンへ勧める。再びナイフを操る手を動かしながら、会話を続ける。




「わたくしも何でこんな事態になったのか、わからないのです。拘束された従者は真面目で優秀な者でした。あんな恐ろしいことを企てるはずがありません」


「心当たりはないの? あなたに濡れ衣を着せた人間の」


「……一つだけ、気にかかることがあります」

 リンゴを切る手を一度止め、ミリエルはカレンを見据える。




「陛下が見せてくださった手紙です」


「筆跡は間違いなく、その従者の物だったの?」


「少なくとも、わたくしにはそう見えました。彼の癖字はわかりやすいので。でも問題はそこではありません。――残り香です。かすかでしたが、あれは『白檀』の香りで間違いないでしょう」


「白檀ねえ……」

 香木が原料となるそれは、香料としてはごく一般的な物で珍しくはない。そこから犯人が割り出せるとは思えなかった。




「カレンお姉さまは、よく柑橘系と薔薇の香りを組み合わせて使いますね?」


「うん。柑橘系は万人受けするから最初に香るようにして、歓談や舞踏会が始まる時間には、薔薇とか水仙とか華やかな香りが広がるように、計算して調香してもらってるよ」


「もし誰かが、お姉様に罪を擦り付けるとしたら、それらの香りを使うでしょうね」


「……まあ、そうかもね」

 不穏な物言いに、カレンは少し眉をしかめる。


「そして揮発性の低い香料は、香水を付けてすぐはほんの少ししか香らない。香水にこだわりのあるお姉様ならよくご存じですね?」


「ミリー、ちょっと待って――」


「誰もが、カレンお姉様には柑橘と薔薇の香りの印象を持っています。宴の後になってから香りが際立ってくる『白檀』を、あなたが好んでいると知る人は少ないでしょうね」




 ミリエルが何を言わんとしているのか、気づいてカレンは慌てる。

「私じゃない! それに白檀なんて珍しいものじゃないでしょ!?」


「それくらいわかっています。わたくしを嵌めるほどの手管に長けた者が、手紙に香りを残すなんて、初歩的な失態を犯すはずもない。でも、あえて自分の身を堂々と前面に晒すことで相手の心を揺さぶり、思う通りに操る手口が得意な人間を私は知っています」


 ミリエルは悠然と笑って告げるが、その暗紫色の瞳は暗く陰っていた。


「そんな真似、誰が――」

 カレンははっとして、口元を抑える。


 ミリエルはある意味、宮廷の誰よりもカレンをよく見てきた。初めての舞踏会で歌を披露した時も、庭園で令嬢たちをやり込めた時も、夜会でバルゼルト王子に無謀な賭けを挑んだ時も。そのやり口を全部すぐ側で見ていた。




 ミリエルの頬を一筋の涙が伝う。唇をわななかせ、笑いながら彼女は言う。


「これで満足ですか……カレンお姉様。あなたに絆され、陥れられ、そして動揺しているわたくしは、その美しい瞳にさぞ滑稽に映っているのでしょうね」


「違う! 待って、私そんなことしてない!」

 何とかミリエルを落ち着かせようとするが、まるで説得力のない言葉しか出てこない。


「……あなたのせいで、わたくしは未来も名誉も何もかも失いました」

 

 ミリエルがすっと立ち上がる。感情のない空虚な闇のような瞳を向けられ、カレンはぞっとする。




「ミリー……私を信じてくれないの……?」


「お姉様がそれを言うのですか?」


 嘲笑するミリエルの袖口から光る物がのぞき、はっとする。テーブルの上にあったはずのそれが、いつの間にか消えていることに今更気づいた。


「――守りたかっただけなのに……」


「え?」


「あなたなんて、永遠に部屋から出てこなければよかったのよっ!!」


 すっとナイフが高く振り上げられるのと同時に、カレンは叫んだ。

「ロウ!!」





 胸元をナイフが掠める。ドレスを飾っていた小さなビーズが、パラパラとテーブルの上を飛び跳ねるのを、茫然とカレンは見ていた。


「殿下!」

 

 続きの間から、飛び出してきたロウラントの声に弾かれるように、カレンは逃げようとしたが、もつれた足が椅子にぶつかり、そのまま床に倒れ込む。痛みに堪えながら肩越しに振り返ると、再び頭上にナイフが掲げられていた。


 ――逃げられない。

 カレンはとっさに目をつぶった。






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