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元地下アイドルは異世界で皇帝を目指す!  作者: 烏川トオ
第1部 1章 セカンド・デビュー
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2-2、帝国のひきこもり姫2




「カレンディア殿下の腹違いの兄君である、第三皇子はすでに亡くなられています。同じく兄君に当たる、第一皇子との諍いの末に火事に巻き込まれたのです」


「なんでそんなことに……」


「くわしい理由は不明です。第一皇子の方は命こそ助かりましたが、全身に二目と見られない火傷を負いました。今は継承権を放棄し宮廷から退いています。選帝期間の前から、候補者同士の蹴落とし合いは始まっているのです」


 青ざめるカレンの前で、ロウラントは恐ろしい事実を淡々と語る。


「はっきり申し上げて、カレンディア殿下が今まで無事だったのは、候補者の中で最も危惧するに値しない存在、と思われていたからです。これは本人の資質のせいだけではありません。残念ながら生まれた瞬間から決まっていたことです」




「……カレン様」


 フレイがどこか寂し気な表情を浮かべた。


「カレン様の亡き母君である、ルテア皇妃は私の親友でした。その縁で教育係を拝命したのです。ルテアは伯爵家の遠縁ではありますが、自身は下級貴族の娘に過ぎません。他のご兄弟姉妹きょうだい方が大臣や要人を親族に持つのに比べ、カレン様には後ろ盾がないのです」


「なるほど。……あるよね、そういうこと」


 『元の世界』にも、その手の理不尽はありふれていた。カレンも経験したことがあるからわかる。努力した者や才能を持つ者ではなく、人脈によるコネがある者が選ばれるなど、珍しい話ではなかった。こればかりは、国や文化が違っても変わらないらしい。




「じゃあ、他の皇太子候補ってどんな人たちなの?」


「まず筆頭は腹違いの姉上に当たる、長子の第一皇女イヴリーズ殿下です。皇家の古い遠縁であり、大臣職を世襲する七家門の一つ、デ・ヴェクスタ家出身の母君を持ち、大司教や宗教大臣の姪御に当たります。慈悲深く心映えも美しいと評判です。『祝福』を受けていることもあり、聖女との呼び声も高く、実績出自共に最も帝位に近い方でしょう」


「祝福?」


 ああ、とロウラントがはっとしたように言う。


「……そうでしたね。余所の方には馴染みがないでしょう。ルスキエの皇家には、ときおり不思議な力や体質を持って生まれる方がいるのです。例えばイヴリーズ殿下は他人の傷を癒す力をお持ちです」


「それって魔法!?」


 そういえば異世界といえば、剣と魔法は付き物だ。状況も忘れてカレンはワクワクしながら問う。


「古代には魔術を生業にする者たちが存在しましたが、現代でその力を継ぐ者はごく稀です。『祝福』もそういった類の物かもしれません。皇家は女神イクスの末裔と言われていて、時々不思議な力を宿した子供が生まれるのです」


「へえー、カレンディア皇女には?」


「残念ながら」


「なーんだ」


 あっさりと言われて、カレンはがっかりする。




「……とはいえ、可能性がないわけではありません。歴代の皇族の中には晩年になり、ようやくご自分の『祝福』に気づいた方もいたそうです」


「そういうものなの?」


「例えば炎に焼かれぬ体や、水中で呼吸できる体であったとして、それを知る機会はあまりないでしょう。『祝福』に気づかぬまま、亡くなった方もいたかもしれませんね」


「そりゃそっか。普通に生きてたら、火に焼かれてみようとか、水の中で息してみようとか思わないもんね」


「イヴリーズ殿下のように他者に干渉できる力は、『祝福』の中でも特に希少な物です。大抵は少し変わった体質程度と聞いています。とはいえ、『祝福』があるか否かは、選帝に大きく影響を与える要因にはなりません。そこはさほど気にする必要はないでしょう」


「やっぱりコネが最優先なんだね……」


 不思議な力でチートとか、そんな面白そうな話はないようだ。異世界トリップのクセに、妙なところが『元の世界(げんじつ)』と同じで、カレンは肩を落とす。




 ロウラントは話を戻す。


「それからイヴリーズ殿下に次ぐ候補が、一番末の妹君、第三皇女ミリエル殿下です」


「末の、ってことは少し前に十四歳になったっていう子だよね? 一番手も二番手もお姫様なんだ」


「次代の跡継ぎを多く残せる、という意味では男子の方がいささか優位ですが、これもまた、地位を決定付けるほどの要因にはなりません」


 皇帝候補に男女の差がないのは、少し意外だった。




「ミリエル殿下幼いながら学業に秀でていて、皇族らしい品格と矜持を携えた皇女と聞いています。そして母方の祖父君が財務大臣であり、七家門の当主であるトランドン伯爵という人物です。伯爵は貴族の顧客を多く抱える、クランクト銀行頭取の親族でもあります。この銀行は高利貸しとしても有名でして、トランドン伯爵の意向に逆らえない貴族は少なくありません」


「借金してるから、言いなりってこと?」


 カレンの遠慮のない物言いに、少し面食らいつつもロウラントはうなずいた。


「まあ、早い話がそういうことです。ただし貴族の中には、トランドン伯爵のやり口を『卑賎の手口』と嫌う人々も多いです」

 

「味方も多いけど、敵も多いってことね」




「それから最後に、第三子である第二皇子グリスウェン皇子殿下。カレンディア殿下とお母上を同じくする兄君です」


「他の人はお母さんが違うの?」


「はい。お二方のみが同母兄妹で、後はそれぞれ腹違いになります。グリスウェン殿下は先ほどフレイ先生の話にあった、母君の遠縁であるアーシェント伯爵家が後見役になっています。デ・ヴェクスタ家やトランドン家の熱の入れようと比べれば、体裁を整える程度の物ですが……」


「どうして、こっちの皇女様の後見はしてくれなかったの?」


「後見役となった家門が支援できるのは、一人と決まっています。カレンディア殿下には他に有力な親類がいないので、コレル男爵という方が、宮廷より後見役を任命されています。ただ、あくまで形式的な立場ですので、積極的な支援は期待できないかと……」


 ――生まれた瞬間から順位は決まっている。


 ここにきて先ほどの、ロウラントの言葉の意味が分かってきた。同じ父を持つ兄弟姉妹でも例外ではないのだ。




「グリスウェン殿下は皇子でありながら、練度の高さで有名な帝都守衛騎士団の隊長格に、実力で登り詰めた方です。気さくで明るい方ですから、落ち着いたら一度お会いになってみてはいかがでしょうか」


 そう言ったフレイがどこかうれしそうだ。彼女からすれば親友の子であるのは、カレンディアもグリスウェンも同じのこと。他の皇子皇女より親しみがあるのだろう。


「会ってみたいけど、さすがにお兄さんなら、いつもの妹と違うって気づくでしょ?」


「それは何とかなるかと思います。ディア様はここ四年ほど、兄上方ともほとんど顔も合わせていませんから」


「え、四年も? どういうこと?」

 

 フレイは表情を曇らせる。


「ディア様は、他の方との格差に引け目を感じられていたようです。元々人前に出ることはお好きではありませんでしたが、ここ数年は特に。グリスウェン殿下もディア様を気にかけて、この離邸までよく足を運ばれていたのですが、顔を合わせることすら拒まれてしまいまして……」


(ディア様……おつむがよろしくない上に、ひきこもりかぁ……) 


 これは確かに、皇太子になるならない以前の問題だ。




「ねえ、お兄さんは良い人なら、いっそのこと事情を話して協力してもらえないかな?」


「……それはどうでしょう」


 ロウラントが険しい表情でつぶやく。


「二親が同じ兄君とはいえ、この状況を打ち明けるのはやめた方がいいと思います。グリスウェン殿下はともかく、その周囲の者にあなたのことを知られれば、『カレンディア殿下は気狂いだ』と噂されかねません」


「そっか……他の兄弟姉妹にも、ロウとかフレイ先生みたいな立場の人がお仕えしてるんだよね」


「むしろ本人より配下の方が、他の候補者の粗探しに必死かもしれません。仕える主が皇太子になるか否かで、将来が変わりますから」




 その言葉にカレンはまじまじとロウラントを見る。ロウラントはおそらく二十歳は過ぎているだろう。頭の回転も良さそうだし、容姿も悪くない。彼ならもっと将来を見込める、割のいい仕事があるのではないだろうか。


(何でだろう……性格かなあ? ……性格だろうな)

 

 この一見礼儀正しそうだが、遠慮のない偉そうな態度では、プライドの高い高貴な方々とはやっていけそうにない。




 カレンの考えに気づいたのか、ロウラントが気まずそうに視線をそらす。


「俺のことはいいんです。元より出世に興味はありませんから」


「負け惜しみ……」


 ぼそりとつぶやいた言葉は、ロウラントの耳に入っていたようで、少し苛立ったように睨まれる。


「違います」


「あ、もしかしてロウは偉い人に失礼なこと言って左遷(とば)されたとか?」


「ですから――!」


「カレン様……それではご自分を貧乏クジと言ったも同然です。当て擦りになりません」

 

 フレイにたしなめられ、二人はふいと横を向いて不毛な話を打ち切った。






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