55、離ればなれ
「本人の口から直接話を聞きたい」
朝一番に顔を合わせると同時にカレンが言うと、ロウラントが盛大に顔をしかめた。まあ、想定通りだ。
「気持ちはわかりますが、深入りしないことをお勧めします。陛下のお言葉をもう忘れたのですか?」
「それは……わかってるけど……」
ロウラントの言葉に、カレンは唇を尖らせる。
カレンは一週間ほど前、バルゼルトと対面中に、ミリエルが襲撃事件の嫌疑で皇帝直々の呼び出しを受けたと聞いた。急いで宮殿に戻ったが、その日は父である皇帝ともミリエルとも会えなかった。
次の日にようやく事の成り行きを知ることができた。ミリエルの従者が主を想うばかりイヴリーズの暗殺を企て、ミリエルがその監督不行き届きの責任を負わされ、蟄居を命じられたと聞いた。
ミリエルが事件の首謀者と断じられなかったことには、胸を撫で下ろしつつも、経緯には納得がいかなかった。あの潔癖で気位の高いミリエルが、従者を勘違させるような振る舞いをしたとは思えない。まして自らそそのかし、犯行を仕向けたなど、絶対にありえないことだ。
さらに翌日、ようやく父との謁見が許可されたが、その返答は素っ気ないものだった。「この問題はお前が口を挟むことではない」と、ぴしゃりと言われてしまった。それ以上の口頭は許されず、すごすごと父の執務室を後にするしかなかった。
そして数日後には、危惧してことが現実となる。ミリエルのことを彼女の母になぞらえ、揶揄する噂を耳にするようになった。「さすがはあの男好きな妃の娘だ」と。孫娘の名誉失墜に、さすがのトランドン伯爵も意気消沈していると聞いた。
頼りになるはずの姉と兄とも連絡がつかない。イヴリーズは体調が悪化したため、自分の離宮でふせっていると聞いた。グリスウェンに至っては、面会はおろか手紙の返事一つ返ってこない。
なぜあれほど仲の良かった兄弟姉妹が、こんな風にバラバラになってしまったのか。不安と悲しさで、胸が苦しくてしかたなかった。
「ミリエル殿下は蟄居中なのですから、お会いになれないと思いますが……」
フレイがおずおずと口を挟む。
「家から出られないってことでしょ? じゃあ、私が行く分にはいいじゃん。こっそり裏口からとか……何とかならないかな?」
「なるわけないでしょう。蟄居中に勝手にあなたに会ったとなれば、ミリエル殿下にも迷惑がかかります」
ロウラントが呆れたように言う。
「そっか……。じゃあ、正面から堂々と行こう。私が勝手に押し入ったことにすれば、ミリーのせいにはならないでしょう?」
「またそういう屁理屈を……」
ロウラントが苦い表情を浮かべる。
「バルゼルト殿下から何を教わったんですか!? 慎重に先のことを考えるように言われたのでしょう?」
「最後は心に従えとも言われたよ」
バルゼルトは先の長くない兄に常に自分の気持ちを伝えているから、いつか終わりの時が来ても後悔はないと言った。
「今、ミリーが困っているときに何もしなかったら、あの子はこの先ずっと私を信頼してくれないよ。陛下からお叱りを受けたとしても、私は今行くべきだと思う」
ロウラントをじっと見据えて言う。先に視線をそらしたのはロウラントだった。
「……どうせ止めても行くのでしょう」
「うん、ごめんね。相談してるわけじゃないんだ」
ロウラントはぐったりとうなだれるが、やがて意を決したように顔を上げて言った。
「……お供します。フレイ先生は殿下の御仕度をお願いします。このままだと、寝間着のままで突入しかねない」
「はい、ロウラント様」
結局カレンの言い分を呑むロウラントの姿に、フレイがそっと目配せし小さく微笑んだ。
カレンはロウラントを伴い、ミリエルの離宮にたどり着くと、取次ぎの侍女を押しのけ、玄関広間から続く階段へ向かう。
「お待ちください、カレンディア皇女殿下!」
「わたくし共が叱られてしまいます!」
カレンの奇行に、血相を変えてミリエルの侍女たちが追いすがる。しかし、主の姉であるカレンを止めようにも触れることはできず、ただ哀れに泣き叫ぶだけだ。
半年前であったら、彼女たちの対応は違っていただろう。かつては侍女たちにすら《ひきこもり姫》と侮られていたものだが、もはやカレンを力ずくで止められる者など、この離宮にはいなかった。
すでにこの離宮には何度か足を運んでいた。ミリエルの自室がある場所はわかっていた。スカートを持ち上げながら階段を早足で登っていると、階上から声がかかった。
「あなたたち、おやめなさい」
それはカレンの後を追ってきた、侍女たちへの言葉だった。
「お姫さまが、カレンディア殿下ならお通ししてもよいとおっしゃっています。妨げてはなりません」
階段の上から現れたのは、以前庭園でミリエルと喧嘩になった時に会った、侍女メイベルだった。
「カレンディア皇女殿下。ご案内いたします」
メイベルがカレンを誘うように歩き始める。
後から着いてきたロウラントと思わず顔を見合わせる。カレンが無理やり妹の住まいに押し入ったという筋書きだったが、ミリエル本人から誘われてしまった。ミリエルの責任になりはしないかと不安がよぎるが、今更帰るわけにもいかなかった。
メイベルに促され、ミリエルの部屋に入ったカレンは早々に言葉を失う。
「……ごきげんよう、カレンお姉様」
現れたミリエルの頬は数日の内に痩せこけ、目の下には濃い隈、かさかさにひび割れた唇も化粧で隠し切れていなかった。一片の乱れなく整えられたドレスも髪型も、彼女らしく気品のある物であるのに、今の妹は別人にしか見えなかった。




