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元地下アイドルは異世界で皇帝を目指す!  作者: 烏川トオ
第1部 2章 クロス・フェード
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51、敗北の代償




2023/02/14 誤字訂正







 声をかけると、シレナは固い表情のままロウラントに付いてくる。シレナの姿にバルゼルトは表情を緩める。


「シレナ殿。勝負は俺の勝ちだ」


「……ありがとうございます」

 

 さすがにシャスランの名手であるバルゼルトの勝利は疑っていなかったようだが、シレナはほっとしたように息をついた。


 そしてシレナは意を決したように、カレンに向き直る。

「お約束を果たしていただけますか、皇女殿下」




 カレンは無言のまますっと立ち上がる。まじろぎもせぬ皇女の佇まいに、シレナは気圧され一歩下がる。


 ふいにカレンが膝を屈めた。そして流れるような動作でシレナの足元に跪き、その両手を取ると、額を押し当てるように頭を垂れる。


「で、殿下……?」


「――フィンシャー男爵夫人。わたくしは愚かにも身の程をわきまえず、年上の貴婦人への礼を欠いた振る舞いをいたしました。バルゼルト殿下のおいさめにより、己がいかに恥ずべきことをしたか思い至りました。先代男爵と夫人への失言を心よりお詫び申し上げます」


 ドレスに土がつくことも厭わず、跪き一心に謝罪する皇女の姿に、成り行きを見ていた人々は驚愕した。




「おやめください、殿下!」

 シレナが自身もドレスの裾を汚しながら、カレンと視線を合わせるように座り込む。


「帝国の皇女たるお方がそのように跪いてはいけません。……わたくしはただ一言、先ほどの言葉を取り消すと言っていただければ、それでよかったのです」 


「では、許していただけますか?」


「許すなどとはおこがましいですが、殿下がこれ以上お心を曇らせる必要はございません。どうぞお立ちください」


「――姫、それ以上シレナ殿を困らせるな」

 バルゼルトの言葉にカレンはシレナから手を放し、ようやく立ち上がる。




「シレナ殿……」


「は、はい」


 生真面目な表情のせいで、余計に怖い顔になっているバルゼルトが言う。

「その……何だ、ご子息は犬は好きか?」


「犬……ですか?」

 意図の分からぬ質問に、シレナは不安げに視線をさ迷わせる。


「息子は……動物は好きです。……ふわふわとした小さな生き物が」


「そ、そうか」

 バルゼルトの表情が明るくなる。


「俺は犬が好きだ。猟犬を何頭も所有している。今回の訪問にも連れて来ている。この春に生まれた仔犬たちも一緒だ。……その、よければだが、今度ご子息と私の逗留している屋敷に遊びに来ないか? 仔犬を見に来るといい」


「あの……それは――」

 シレナは突然の誘いに戸惑っているが、その表情に嫌悪はない。




「まあ、素敵ですね。私も犬は大好きです」

 カレンが二人に笑いかける。


「では、姫。そなたも来るがいい」


「私もお誘いいただけるのですか?」

 

 バルゼルトはシレナに向ける顔とは一転、渋い表情をカレンに向ける。


「姫にはシャスランの手ほどきをいたそう。そなたの腕はいくらなんでも酷すぎる。七歳の小姓の方が遥かにましだ。私が逗留している間に少し勉強されるといい」


「……お心遣い痛み入ります」

 遠慮のない言葉に、カレンは引きつった笑いを浮かべた。




「――それでシレナ殿いかがかな?」


「あの……それは……」


「男爵夫人、私とご一緒していただけませんか?」

 カレンは眉尻を下げて、シレナに向けてそっと耳打ちする。


「王子殿下は厳しくてご容赦がありません。私を助けていただけませんか?」


「お、お役に立てるかわかりませんが、そういうことでしたら……」


 シレナがおずおずと頷くと、カレンは満面の笑みをバルゼルトに向ける。バルゼルトはわざとらしく咳払いした。




「ねえシレナ様、私とお友達になっていただけませんか?」

 カレンはシレナへと向き直る。


「私は向こう見ずな性格なので、シレナ様のように落ち着いたお姉様に、仲良くしていただきたいのです」


「殿下……? もしや――」

 その聡明そうな瞳が大きく見張られる。カレンの真意に気づいたのかもしれない。


 シレナが初めて笑みを浮かべ、うなずく。

「……喜んで、カレンディア皇女殿下。今日より、わたくしの敬愛と忠誠は殿下の物です」




 皇女と男爵夫人が手を取り合い和解したことで、大事にならず揉め事は解決した。周囲では再び歓談が始まり、何事もなかったかのように夜会は進んでいく。

 

 ただカレンに関して、これで何もかも問題なしとはいかなった。






「――カレン、一緒に来い。話がある」

 バルゼルトに改めて謝罪と礼を述べていたグリスウェンが、険しい顔つきでカレンを呼ぶ。


「はい……兄上」

 カレンはしょんぼりと返事すると、ロウラントに向かって軽く肩をすくめる。


「見ていて肝が冷えましたよ。グリスウェン殿下にも心配をかけてしまいましたね」


 正直を言えば、カレンが己を顧みない危なっかしい手段を使ったことに、ロウラントも腹を立てている。だがわざと怒らせて人を奮起させる手法には、嫌というほど身に覚えがあった。誰に影響かは明らかなので、この件に関しての説教はグリスウェンに任せようと決めた。


「うん……。大人しく怒られてくる」

 グリスウェンの後を追い、カレンは去っていった。




 



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