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元地下アイドルは異世界で皇帝を目指す!  作者: 烏川トオ
第1部 2章 クロス・フェード
54/228

50、あと一手




 再びカレンの先行で始まる。

 

 しばし二人は黙ったまま駒を進めていく。明らかに前の二局とバルゼルトの指し方が変わった。最初から遠慮のない攻めの姿勢だ。


「それと殿下。女性はふいに距離を詰められたり、殿方の大きなお声や笑い声を怖く感じる時があります。……例え悪気がなくともです」


「今後は気を付けよう」

 バルゼルトの淀みのない指し手に対し、カレンは長考する時間が増えた。




「姫、シレナ殿に謝罪されよ。そなたの意図はどうあれ、侮辱は侮辱だ」


「ええ、わかっております。許していただけるかわかりませんが」


「それでも誠心誠意謝罪すべきだ。一度口をついたものは取り消せない。だからせめて心を尽くすべきだ」


「はい。そういたします。もちろん殿下にも」


「いらん。私に謝罪は不要だ」


 そっけない言葉だが、そこに怒りは感じられなかった。カレンは王子に向けて小さく笑いうなずく。




「――ところで、シレナ様には男のお子様がいるのでしょう?」


「ああ。二歳になるそうだ」


「何かの折に親子でお誘いしてみては? お子様が喜びそうな場所に連れて行かれるとか」


「子供か……苦手だな」


「私が知っている国の言葉に、将を射んとする者は……欲すれば、だったかな? とにかく、先ず馬を射よ、という言葉があります。お子様の攻略は肝要かと」


「なるほどな。ところでそなたは『騎馬』も『将軍』も失ったぞ。また王手だが……さて、どうするべきだと思う?」




 カレンディアは首をひねってしばらく考え込んでから、自信なさそうに言う。

「投了……で、合ってます?」


 出来の悪い生徒が、ようやく答えにたどり着いたかのような――そんな顔でバルゼルトは腕を組んでうなずいた。


「その通り。もうどのように動かしても『王』の逃げ道はない。そなたの詰みだ」

 

 カレンが両手を広げて肩をすくめる。

「参りました。私の完敗です」


「参ったのはこちらの方だ。……これだから子供相手は苦手なのだ」

 ひどく疲れたように、バルゼルトは肩を回した。

 



 沈黙したまま成り行きを見守っていたグリスウェンが、緊張感から解かれたように深く息をついた。バルゼルトがすでに怒っていないことは明らかだったとはいえ、さぞ肝が冷えただろう。


 グリスウェンはロウラントに向かって声をかける。

「――フィンシャー男爵夫人を呼んでくれ」


「かしこまりました」

 

 どこか楽しそうに盤上を指さし、バルゼルトにあれこれ質問しているカレンを見やりながら、ロウラントはその場を離れる。






 シレナは少し離れた場所で椅子に座っていた。精も根も尽き果てたように、真っ青な顔でうつむいている。もともと気丈には見えないこの女性が、一世一代の勢いで皇女を怒鳴りつけたのだ。無理はない。その周りを幾人かの婦人たちが、気遣わしそうに取り囲んでいた。


「本当にご立派でしたわ、男爵夫人。毅然と皇女殿下をお諫めになるなんて」


「貞女の鑑ですわ」


「亡くなったご主人を本当に愛してらしたのね」


 女性たちは口々に、シレナの勇気ある行動を褒めたたえている。シレナの背をさするのは、先ほどまで彼女を悪く言っていた婦人だった。状況がうまく動いたことに胸を撫で下ろす。カレンが自分の株を下げてまでしたことに、価値はあったようだ。

 



 泣き崩れ他人に庇われるだけの人間には、いずれ誰も同情しなくなる。自らの意志で立ち上がろうとする意思がなければ、周囲からは認めてもらえない。ロウラントの忠告をすぐにカレンは解した。


 施しを与えるだけでは、君主の務めにはならない。民が自らの力で生きられるよう促すのが、人の上に立つ人間がすべきことだ。


 


 誇らしくあると同時に、ロウラントの胸中にやるせなさが込み上げる。間違いなく素質はある。あともう少し時間さえあればと。


(せめてあと一手、何か兄弟姉妹きょうだいたちに届きうる物さえあれば……)


 かつての取るに足らない《ひきこもり姫》は、『成る』可能性を確実に秘めていた。




(……もう潮時だな)


 ロウラントは諦観じみた想いで、静かに覚悟を決めていた。もう手段を選んでいる時間はない。生涯秘匿し続けようと思っていた、正体をさらけ出すことになっても、二度と戻ることはないと思っていた表舞台に、引き戻されるはめになっても、カレンの後押しになるのなら、それでいいと思えた。










おかげさまで本編50話まで到達しました。いつもお読みいただき、ありがとうございます。


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