2-1、帝国のひきこもり姫1
2022年9月23日
サブタイトルの変更、文章を二話分に分割、一部文章変更しました。
『春宮カレン』の心が宿った、異世界の少女の名前が『カレンディア』。偶然で済ますには確かに出来過ぎた話だ。
「……えーっと、皇帝の子供ってことは、ディア様はこの国のお姫様だったの?」
ロウラントが呆れたように言う。
「私は何度も『殿下』とお呼びしましたが」
「あー……うん、なんか言ってたね」
海外の王族スキャンダルを報じるワイドショーでよく聞く言葉だ。王子様やお姫様につける敬称ということくらい、カレンも知っている。
ロウラントが額を押さえ、長いため息をつく。
「あなたは本当にカレンディア殿下ではないんですね……」
「……私も何度も言いましたが」
ロウラントの台詞を真似して言うと、聞こえるか聞こえないかの音で、小さく舌打ちされた。この青年、見た目ほど中身は優等生ではないようだ。
「それで……フレイ、先生?」
「はい、ディア様からもそう呼ばれていました。改めまして、私は礼儀作法の指南役を仰せつかっているフレイ・ニースと申します。ディア様の身の回りのお世話も私の仕事なので、何かあれば遠慮なくおっしゃってください」
「ありがとう、フレイ先生。――えっと、それからロウラントさん」
「……ロウラント・バスティスです。カレンディア殿下の後見役からの推薦で、半年前から従者を務めています。一応あなたは主ですので、俺に敬称を使う必要はありません」
「うん、わかった。ロウって呼ぶね」
「……え?」
勝手に名前を省略され、一瞬ロウラントが目を剥いたが、反論する気力はなかったようだ。
ロウラントは先ほどまでの慇懃な態度と打って変わって、すっかり投げやりになったのか、椅子の上で足を組んでいる。最初から言葉の内容は辛辣だったが、もはや形ばかりの礼節も放り投げたらく、口調も少し砕けていた。
神経質そうな見た目に似合わず、意外と図太い性格なのかもしれないと、自分のことを棚に上げてカレンは思う。
「従者ってことは、付き人みたいな感じ?」
「はい。本来は身分の高い女性の側仕えは侍女がするものですが、殿下は皇族なので、公務として表舞台に立つ必要があります。それをお支えるすために従者も傍で仕えます」
「それだけど、私これからどうしたらいいと思う? 皇女様の役をちゃんとやらないとまずいよね?」
状況からして『元の世界』に戻れるかはわからない。帰れたとしても、その先が死体では困る。死ぬよりは、他人の人生を生きる方がまだマシだ。……ただし、カレンにその辺りの選択肢があるとは思えない。いつまで続くかわからないが、とりあえず皇女としての生活を送るしかなさそうだ。
「でも、いきなりお姫様として生活しろって言われてもなあ……あ、病気になったことにして、人前に出ないとかどう?」
「駄目です」
「難しいですね」
ロウラントとフレイは同時に否定した。
「今のカレンディア殿下は難しい立場にあります。秋に――あと七ヶ月後に選帝会議を控えています」
「選帝会議?」
「次期皇帝にふさわしい皇太子を選ぶため、七か月後に枢密院が招集されます。その閣議のことです。そしてその結果を元に、皇帝陛下が最終的な決断をされます」
小難しい話に、カレンがぽかんと呆けていると、ロウラントは丁寧に説明してくれた。その内容はこうだ。
ここルスキエ帝国には、次の皇帝を選ぶための選帝制度がある。この国では、皇子皇女は生まれた順や性別に関わらず皇位継承権を持っている。
そして皇帝の最年少の子供が十四歳に達した翌月から、選帝会議までの七つの月を選帝期間と呼ぶ。皇子皇女はそこで初めて、公の行事に参加することを許される。社交界へ本格的な目通りを果たし、宮廷の人々から、将来の皇帝に相応しい人格や才覚を見極められるということだ。
皇太子を決定する選帝会議の当日は、まず男爵や伯爵といった、爵位持ちの貴族や聖職者らによって、各々が最も皇太子にふさわしいと思う人物の名を文書で表明する。その後枢密院と呼ばれる、皇帝の相談役のような集団が、貴族達の意見を参考に意見を交換し、最終的には、皇帝が誰を皇太子をするかを決定するというわけだ。
「――そして先月、最年少の皇女殿下が十四歳に達しました。宮廷は今まさに選帝期間に入ったばかりなのです」
「はあ……なるほど」
ロウラントの長い話にぽかんと呆けつつも、何とか内容を把握する。
「つまりカレンディア皇女が将来皇帝になれるかどうかは、この半年ちょっとにかかっているってことね」
「いいえ。失礼ながら殿下にはその可能性はありません」
きっぱりと言い切るロウラントに、カレンは眉を寄せる。
「私がこの体に入っちゃったから? でもまだ時間はあるんだし――」
「残念ながらそういう問題ではありません。皇太子候補はカレンディア殿下だけではないのです。……皇帝陛下には、本来なら六人の御子がおられるはずでした」
本来なら、という言葉に不穏な響きが含まれていた。